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第85話 大怪我

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(クソ、如何成ってんだ……何で身体が動かねえッ!!)



 突如身体が動かなくなったディーノは正真正銘のパニック状態に陥る。

 しかし数秒後、自分を包んでいる世界全てがおかしく成っているという事に気が付いた。

 目の前で迫ってきているゴンザレスの身体はスローモーション映像の様にゆっくりと動いており、そしてよくよく観察すれば彼自身の身体もゆっくりと左側に上半身が移動しているのだ。

 止まった訳ではない、時間の流れがゆっくりになっている。



(そうか、身体がおかしく成った訳でも世界がおかしく成った訳でも無い……俺の脳味噌がおかしくなったんだ!! 脳の信号に身体が付いて来ていないからこんな事にッ)



 ディーノはこの光景に見覚えがあった。

 仲間達とアンベルトを襲撃した際、マルクの首がへし折られそうに成った事を切っ掛けにして昔の記憶を思い出し、一時的に今の様な状況が発生したのだ。

 その時も今の様に思考だけが時間の流れから飛び出し、身体を動かせないまま思考を回し続けていた。

 恐らくその経験を切っ掛けとして頭の何かが壊れてしまったのだろう。

 普段の生活では無意識に感じている身体の輪郭が分からなくなり、重力によって発生する本来身体が持っている質量も感じられない気色の悪い感覚。

 戦術的な行動が必要になる場面で発動してくれれば非常に助かる力であるが、今の拳が迫ってくる場面で発動するとパンチが命中する前に回避が間に合う事を祈る事しか出来ない



(頼むぞ俺の身体ッ! 間に合ってくれ!!)



 上半身を左側へ傾ける事に全神経を注ぎ込み、ディーノの身体は少しずつその指示に従ってパンチの軌道から逸れていく。

 そしてパンチが命中する直前で何とかクリーンヒットは免れる場所まで身体を逃がした。

 しかし回転しながら迫ってくるゴンザレスの拳が頬骨の辺りを掠めていき、まるでヤスリを押し当てて削られている様な鈍い痛みが走り血液が吹き出る。

 尋常成らざるエネルギーが拳に込められていると気が付き、ディーノの顔から血の気が消えていった。人間の力じゃない。



(何て威力のパンチだ……ッ!? 掠っただけで面の皮を削り飛ばしていきやがった。直撃すれば冗談抜きで殺されちまうぞ!!)



 ディーノはこのパンチだけは絶対に喰らってはいけないと気を引き締める。

 しかし此処で再び彼の身体に異変が起こり、突然脳の奥で激痛が発生し視界は壊れたテレビのようにノイズが走った。

 身体が急に重くなり、思考と身体のズレが消えて流れる時間が元に戻ったのである。

 ずっと身体を包んでいた違和感が無くなり歓喜したのも束の間、ディーノはある重大な事に気が付き絶叫しそうになった。



(不味いッ、今の状態が切れたらパンチが見えなく成る!!)



 そして気が付くとつい先程ゴンザレスの肩付近から撃ち放たれた筈の拳が、もう既に元の場所に戻って必殺の破壊力を貯めるために引き絞られていた。

 慌ててディーノはその拳を凝視し、全力の集中でもって対処しようと意識を傾ける。

 だが、その直後に放たれたゴンザレスの拳は常人の身体能力で回避出来る領域を遙かに逸脱していた。



 気が付くと視界の8割が浅黒い拳で埋め尽くされ、其れがディーノが見た最後の光景となった。

 次の瞬間拳で殴られた時特有のズーンッという命にヒビが入る様な衝撃を受けて身体の力が一気に抜ける。

 一瞬で視界がブラックアウトして自分が立っているのかダウンしているのかも分からない。



(あぁ、しくじった……多分死んだわ)



 其処からはもう記憶に無いが、全身を包み込む様にパンチの乱舞を受けた衝撃だけは覚えていた。



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