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第76話 最後の希望

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 アングが消滅し音が消えた空間で、ターゲットは静かに蹲りながら自問自答を繰り返していた。

 そして数分後、ようやく顔を上げ身体を起こして立ち上り、口を開いた。



「決めましたよ、ボス。私は決断を下さないという決断をします……この世界や嘗ての仲間がどうなるべきなのかは、ディーノとオーウェンが決める。私はその時ディーノに不利が無いよう、少しだけ手助けしてやろうと思います」



 そう言ってターゲットは立ち上がり、地面に残ったアングの足跡を見下ろす。

 その目は悲しみと迷いに満ちていたが、数秒で視線を足下から離して数メートル先で白目を剥きながら気絶している青年に映した。

 ディーノはアングを呼び出すのに全ての力を使ってしまったのかピクリとも動かない。



「まあ其れも、コイツが運命を受けいれる覚悟があればですけどね……」



 ターゲットはゆっくりとした足取りでディーノに近づき、瞼を摘まんでこじ開けた。その下からは美しい茶色の瞳が覗いている。

 母親譲りの美しい瞳だ。



「言われてみれば、確かにルーナに瓜二つの瞳だ」



 ディーノの眼球をまじまじと眺めてターゲットは満足そうに頷きながらそう言った。

 それから懐に手を入れて小型の携帯電話を取り出すと、何処かに電話を掛けて仲間に迎えを寄こすように告げる。

 漏れ出ている言葉から察するに、どうやらディーノを連れ去るための足と人手を手配している様だ。



 電話は数秒で終わり、携帯を懐にしまってディーノを運びだそうと手を伸ばしたしたその時、突如地面から伸びてきた腕に足を掴まれた。



「ディーノにッ、何する気だ……ッ!! 手、を……はなッせぇ!!」



 それは血と痣に塗れたマルクの腕で、人生の半分近くを一緒に過ごしてきた戦友であり親友の身を守るために目を覚ましたのである。

 そして上手く力が入らない身体を必死に動かし、必死の抵抗を見せているのだ。



 しかし足を掴まれた当の本人であるターゲットは一切動揺を見せず、まるで子猫にじゃれられただけの様な困り顔をするだけであった。

 この程度障害でも何でも無いと言った様子である。



「手を話すのはお前の方だ、ガキ。安心しろ、我々はこの男に野暮な真似をするつもりは無い」



「信頼ッ出来ない……!!」



「お前に信頼して貰いたいなど、コッチは1ミリも思って無いんだよ」



 ターゲットは全く話をする気が無い様で、自分の右足を掴んでいるマルクの手を一切の遠慮無しに左足で蹴り付けた。

 すると元々力が入っていなかったマルクの手は簡単に外れ、何事も無かったかの様に平然とディーノを引き摺って歩き始める。



「まで、よッ! ディーノ……を、返せッ。 たの……むぅッ!!」



 徐々に遠ざかっていくターゲットの背中を力なく眺める事しか出来ず、マルクは涙を流しながら隙間風の様な声を発した。

 大切な仲間を連れ去られてしまう恐怖と、その緊急事態で何も出来ず地べたに寝転がっている自分が情けなさ過ぎて涙が溢れ出る。



 そしてマルクから10メートル程離れた時、その悲痛な叫びが通じたのかターゲットが突然足を止めて振り返った。

 その奇跡にマルクの顔に歓喜の笑みが浮かぶ。



「……仲間思いな君の言葉に恥ずかしながら心を打たれたよ。一つ条件を出そう、今から私が出す質問に君が答えられれば、この青年は解放しよう。どうだい?」



「本当、か!? 何でもッいう、ぞッ」



 今更何をどう足掻こうともディーノを奪い返す事は不可能であると半ば諦めていたところへ、天からの贈り物のように降ってきたチャンスにマルクは迷わず飛び付く。

 ディーノさえ返してくれるのなら、自分のいかなる情報を開示する事も厭わない。



「其れは有り難いな。では質問だ、私が今引き摺っているこの男の名前をフルネームで答えろ」



 聞かれた質問は余りにも簡単な内容であった。

 一切失う物がなく、寝呆けていても答えられるレベルの質問である。



「そいつッの、名前はディーノ、バラキア。八年ッ前の病気、と発熱、で記憶は無くしてるッけど、名前や読み書きの、知識は覚えてたんだ。だからッ名前は、間違いないッ!!」



「そうか、この青年の名前はディーノ・バラキア。間違い無いな?」



「ああ、間違い無いッ!!」



 マルクは力強く地面に転がったまま首を振る。

 この返答によってディーノを救えたと確信し、その喜びは身体を覆い尽くしていた激痛も一時的に忘れる程であった。



 そしてターゲットはその言葉を聞いて口端を吊り上げ、笑顔を作りながら口を開いた。



「ありがとう、君のお陰で一人の人間に安心感を与える事が出来た。君はきっと善人だ、天国に行けるだろうね……」



 そう言いながらターゲットはディーノから手を離し、開いた左手をマルクの右脇にある瓦礫の山に向けた。

 其れから更に口端を吊り上げ、再度こう言う。



「本当に、ありがとうッ」



 その含みがある感謝の言葉が耳に届いた瞬間、突如として右脇の瓦礫が崩れて土砂崩れの様にマルクを呑み込んだ。

 そして漸くマルクは自分は騙されて、良いように利用されたという事に気が付く。

 始めからターゲットは極限状況のマルクを利用して一切の対価も支払わず情報を手に入れるつもりで、ディーノを解放する気など欠片も無かったのだ。

 しかし今更その事に気が付いても手遅れ、マルクは怨嗟の声を吐き付ける事もできず瓦礫の波に呑まれて意識が途絶えた。



「フッ、一つ大人に成ったな少年。交渉の余地が有るのは対等な立場に立っている人間同士だけだ、弱者と強者の間に話し合いの余地はない」



 マルクを呑み込んだ瓦礫の山を見て、ターゲットは悪どい笑みを浮かべながら呟いた。

 そして再びディーノの首根っこを掴み、部下が車を乗り付けている場所へ向かって歩き出したのである。

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