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第75話 思いの残り火

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「ガハ……ッ!! あのガキ、土壇場で則獣の力を解放させおったか!!」



 ターゲットはディーノの則獣『アング』に殴り飛ばされ、地面を転がった後に素早く体勢を立て直してアングを観察した。

 その目は再び興味と驚きで埋まっている。

 そして頬は酷い内出血と骨折が発生し、一瞬で紫色に変色し始めた。



(速度といい一撃の重さといい、間違い無く自立攻撃型の則獣。しかも上物だ! この少年、鍛えれば化けるぞ!!)



 ターゲットはゆっくりと立ち上がり、アングと睨み合いながら右手を一本を前に出して構えを作る。

 その時、視界の端でディーノが倒れて白目を剥いているのが確認できた。





(気絶している!? だが、だとすれば何故則獣は未だに存在して……。まさか、まだ服従しきれていないのッ)



「グガアアアアアアッ!!」



 ターゲットは目の前で起きている異常事態について思考しようとしたが、アングがその隙を作る筈もなく、凄まじい叫び声を上げて空間を震わせた。

 そして次の瞬間、10メートル近く離れていた筈のアングが突然目の前に出現して拳を叩き付けられた。

 ターゲットは慌てて腕を十字に組み、防御の体勢を取るがそれを無視する爆発的なエネルギーで身体ごと吹飛ばされた。

 その瞬間痺れた様な痛みが走り、腕の尺骨が粉砕した事を悟る。



(則で重点的にガードをしても骨を砕くかッ! 生身でこの攻撃を受ければ腕越しでも心臓を止められる程のエネルギーだぞ。此れで服従が不十分の状態だと……面白い冗談をッ)



 今の攻撃で敵の危険度が文字通り骨身に染み、ターゲットは全力で目の前の怪物を叩きのめす事を決定した。

 其処で早速残しておいた手札を切る。



「プレディオーネッ!! その赤い則獣を止めろッ!!」



 その叫びが響いた瞬間、其れまでは唯ターゲットの横で棒立ちしているだけであったプレディオーネが、呪縛から解き放たれた様に巨大な雄叫びを上げる。

 ボスからの命令を受けたプレディオーネは地面を蹴ってアングに接近し、絶大な質量を誇る右腕を一切の温情もなく振り抜いた。



 しかし、アングはその動きを予測していたかの様にカウンターを合わせ、身体を反らせながら拳を避けてプレディオーネの頭部に拳を打ち込んだ。

 その瞬間金属と金属が衝突した様な、耳障りで周囲に響き渡る高音が発されプレディオーネが大きく後ろに蹌踉めいた。



「ガギギィィィッ!! アアアーッ!!」



 アングは意味の伴わない金切り声を上げて蹌踉めくプレディオーネとの距離を再び詰め、体勢が崩れてガラ空きとなった胴体に弾丸の様なラッシュを叩き込む。

 その一発一発が人一人を容易に殺せる威力を秘め、プレディオーネが纏っている白銀の鎧が一瞬で亀裂で埋まっていく・



「『ランブル・ガトリング』」



 一心不乱にプレディオーネに拳を放ち続けるアングの背後から、地の底から響くような重々しいターゲットの声が響いた。

 そして次の瞬間、小石大からボーリング玉大までの大小様々な瓦礫が宙に浮かび上がり、アングの背中目掛けて降り注ぐ。その様は正に瓦礫の一斉射撃を受けているようだった。



 瓦礫の弾丸を大量に浴びせられたアングは瞬く間に身体が切り裂かれ、破片が突き刺さり、至る所から赤色の液体が零れ出る。

 しかし左手を顔の前に掲げてガードする以外は一切防御や回避の素振りを見せず、それ所かゆっくりと右腕を振り上げ始めたのだ。



(何をしている? そうか、先程のッ……)



 ターゲットが先程顔面に一発貰った時の事を思い出し、慌てて攻撃から防御に移ろうとしたが再び後手に回って手遅れ。

 気が付いた時には既に拳が視界全てを覆っていて、ドゴッという打楽器でも打ち鳴らした様な音を発しながら宙をまった。



「グウッ……何というデタラメな力だッ。いや、其れよりも。今の感覚は一体……??」



 ターゲットは理不尽なまでのアングの力に、初めて愚痴を零す。

 しかしそれ以上に彼を困惑させたのはアングの拳から伝わって来た見覚えのある則の雰囲気。

 アングの拳から溢れ出ている則は三つの則が渦巻いているカオスな構造をしており、そのどれもが見覚えのある人物の則と酷似していた。

 一つは大昔に死んだボスの妻、一つは嘗て何度も酒を酌み交わした友、そして残る一つは今は無い彼の主人『ルチアーノ・バラキア』の則である。



(どう成っている……何故三人の内一人としてこの場に居ないというのに、あの則獣から同じ則を感じる)



 其処で初めて、ターゲットの中で一つの可能性が浮かんだ。

 それは三人が今正に数メートル先で白目を剥きながら気絶している白髪の少年、彼に則獣が発生する程の思いを託したという可能性。

 もしもその考えが正しいのなら、彼は遂に長年探し求めていた存在を発見した事になる。

 全身が震えて毛という毛が逆立つ程の歓喜と興奮が迸った。



 しかしその歓喜に身を委ねる事を許さず、目の前の地面に歪な人型の影が現われた。



「教えてくれ……あの子が、ディーノなのか? あの子こそ私達が長年探し求めた、ルチアーノの息子『ディーノ・バラキア』なのか??」



 ターゲットは地面に跪いたまま顔を上に向け、天からの啓示を待つかの様に言った。

 その声を聞いたアングは拳を振り上げて撲殺しようとする訳でもなく、ただ黙った荒い息を上げながら見下すのみ。

 表情筋など存在しないのか、全く何を考えているのか全く分からない。



「教えて下さいボス……私は何をすればッ」



 しかしアングは何も言わない。

 そして縋る様に話し掛けてくるターゲットを見ろしたまま、突如として指先から身体の消滅が始まり煙のように身体が崩れていく。

 その様子を見たターゲットは慌ててアングに飛びかかり消滅を止めようとするが、触れた箇所から砂の彫刻の様に崩壊が早まってしまい為す術がない。



「ボス……ボス待て下さいッ!! 教えて下さい、私は何を選択すれば良いのですか? 最も深い友情とッファミリーの未来、どちらを選択すればッ……」



 ターゲットは必死の形相でアングに縋り付き、消えていく身体を何とか残そうと靄を掴むが指の隙間から全て漏れ出てなにも残らなかった。

 一瞬のうちにアングの身体は崩壊し、跡形もなく消滅してしまったのだ。

 残ったのは悲しみに打ち拉がれ、身に余る選択を迫られて小さく蹲る大男の姿のみであった。
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