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第73話 操作の怪物

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「なッ……何だアノ怪物ッ!!」



 突如出現し、ターゲットの横で荒い息を上げる怪物を見てマルクがそう呟く。

 一方のディーノはその存在を見た瞬間脳の奥深くが凄まじい激痛を放ち、身体がブルブルと震え始め硬直してしまった。血の気がみるみる内に消えていく。



 その光景を見たターゲットは興味深そうに口を開いた。



「ほう、もう片方もこの私の則獣を目視できるのか。コイツも才能が有る……だが、その危険性を一目見て理解出来ない時点で劣っているなッ」



 そう言って顔を青くしながら震えるディーノに視線を移した。

 望んでいた通りの反応を受けて非常に満足そうである。



「どうだ? こんな怪物に見覚えは無いか?? 何ならお前も出してくれて構わんぞ。いやッ出さなければ数秒後にお前達は地獄を見る事になる」



「知らない……俺はこんな怪物知らないッ!!」



 ディーノは本当に何も知らない。

 だが、この存在について知っている事は無いかと脳内ライブラリを確認しようとすると、脳が拒絶しているかの様に激痛が発生するのは確かだった。

 脳が自分に対して隠し事をしている、何故かそんな気がした。



「よ~く考えろ。私は別にお前を脅したい訳では無い、天気予報と同じだ。この『則獣』をお前も出現させられなければ死ぬ、此れは確定した未来の話だよ」



「うるせえなッ!! どうせさっきのパンチが効いてて、回復する時間を稼ぐ為のマジックだろ? その手には乗らねえ、今すぐお前をぶっ飛ばして終わりだッ!!」



 凄まじい頭痛と身体の震えに苛立ちを覚え、ディーノは一秒でも早くこの戦いを終わらせる為に前へ出た。

 今回は演技でも何でも無い、本物の怒りと本物の苛立ちである。

 全身全ての細胞が今目の前にいる男と、その男の隣に立っている怪物をこの世から消せと大音量で泣き叫んでいるのだ。



「おい待てッ!! アレは流石にヤバい、偽物には見えないから少し様子見をッ……」



 愕然として唯怪物を眺めていたマルクが、ターゲットに向かっているディーノを慌てて止めようとする。

 しかしディーノの身体を動かしているエネルギーは凄まじく、止めようとして伸ばした手を舌打ちと共に軽く振り払われてしまう。



「良いぞ、気兼ねなく私を殺しに来い!!」



 ターゲットは炎が吹き出ても驚かない程怒りが籠もった目をして今正に飛びかかって八つ裂きにしようと迫る男を前にしても、堂々としていた。

 寧ろ早く飛びかかってくれと請願している様でもある。



 そして、ディーノが何の前口上も無く拳を振り上げて殴り掛った。

 そのエネルギーは先程カウンターを叩き込んだ時の比では無く、踏み込んだ衝撃で地面が揺れて近くの窓ガラスがガタガタと音を立てたレベルである。

 砲弾が如く一瞬で間合いを詰め、ターゲットの目前で飛び上がり位置エネルギーを破壊力に変えて拳を振り下ろす。



 しかし拳が命中する瞬間、ターゲットは右手を突き出してディーノの拳を撫で上げた。

 すると重力に従って加速しながら落下していた筈のディーノの身体が、突然重力が裏返ったかの様に空中へと打ち上げられたのである。



(何が…起きて……)



 パニックを起こしたディーノの脳内はクエスチョンマークを出す事しか出来なかった。

 そして自分の身体に何が起きているのかを理解する事も出来ないまま、突如自分の身体を空中へ打ち上げた謎の力から解放されて地面へ向かい落下したのである。



「5分間の地獄体験だ。食った物と胃液の全てが逆流してくる感覚を楽しむが良いッ!!」



 そう言ってターゲットはディーノの落下地点で待ち構え、為す術もなく落下してきた無防備な腹に一切妥協のない突き上げる様な膝蹴りを叩き込んだ。

 落下のエネルギーと膝蹴りのエネルギーが合わさって、膝が埋まる程に抉り込む。



「グエェェェッ! グゲッアアアッガアッ!! オエェェッ……」



 比喩でも何でもなく腹に大穴が開いたと感じた。

 内臓を悪魔に直接握り潰されているかの様な、今までの人生で体験したことが無い程の激痛と苦しみに襲われたのである。

 常人には想像出来ないだろう、内臓が押し潰されて腹が破裂しそうになる感覚というのは。

 そして腹が激痛を発しているにも関わらず、凄まじい吐き気を催し止めどなく血の混じった嘔吐を繰り返す。

 その苦しみは脳が精神の崩壊を防ぐためにシャットダウンしようとするレベルで、徐々に身体から力が抜けて視界がぼやけていく。



(ダメだッ…未だッ戦わねえと……ッ)



 ディーノの腹は依然として激痛を発し、止まる事無く血の混じったゲロを吹き出し続け、いっそ死んだ方がマシなのではと疑いたくなる様な苦しみを味わっている。

 しかし、自分が倒れれば仲間や子供達が冬を越えられなくなるという責任感と意地だけで意識を保ち続けた。

 だが責めてもの抵抗として意識を保ってはいるが、間違い無く身体は重体な様で指先を少し動かす事しかできない。



「アレを受けて意識を保つか……面白いッ。何処まで精神と根性が保つか試してみようか」



 ゲロの水たまりに顔の半分を埋めながらも、一切揺らぎを見せない殺意で自分を睨み続けるディーノをターゲットは嬉しそうに見下ろした。

 そして更なる追撃を放つ為にゆっくりと近づいてくる。



 その時、一つの影が二人の間に割り込んだ。



「逃げろディーノッ!! コイツは俺達の手に負える様なレベルの相手じゃねえ! お前だけでも逃げて皆を守れッ!!」



 そう言いながらターゲットに殴り掛ったのは、マルクであった。

 火事場の馬鹿力が出ているのか、普段戦闘の練習として何度も相手をしているディーノでも見たことが無い程のスピードと破壊力を誇る拳を打ち込んでいる。

 しかし其れでもターゲットには及ばなかった。

 先程ディーノに掛けた不思議な力と同じ様に、今度は横方向にマルクの拳を撫でてその方向に跳ね飛ばされた様な速度で衝突させたのだ。

 爆発音と勘違いする程の衝突音が発され、ぶつかったコンクリート壁一面に蜘蛛の巣状の亀裂走り、マルクの上に崩れ落ちてきた。



「マル……グッ! マル…クッ……」



 ディーノは息をするだけで悲鳴を上げる腹部を無理矢理酷使し、瓦礫に呑み込まれた仲間の名前を呼んだ。

 しかし腹をナイフで突き刺されているかの様な激痛を押し殺して名を呼んでも、大切な相棒は瓦礫の中から何の反応も返してはくれない。



 そんなディーノを横目に、ターゲットは落ち着いた表情と散歩でもしているかの様な足取りでマルクが埋まった瓦礫の山に近づく。

 そして手をその隙間に突っ込み、荒い手付きでマルクの首を掴んで引っ張り出した。

 マルクは額に痣と出血があり、どうやら頭部を打ち付けて気絶してしまった様だ。



「さて、そろそろ私が此処へ来た本当の目的を果たすとしよう」



 そう言ってターゲットは地面に横たわるディーノへ向けて、温もりも優しさも人間的な感情が何一つ感じられない目線を送った。

 その瞬間ディーノの背後に死神がおぶさり、ゾゾゾッという全身の毛が逆立ち震えが止まらなくなる様な悪寒に襲われたである。

 ディーノは死刑執行を待つ囚人の気持ちで、ターゲットの口から発される次の言葉を待った。



「此れから私がする質問に正直に答えろ。答えなければ、お前の友人は一生後ろ向きな人生を送る事になる」



 そう言ってターゲットはマルクの首を左手で持ち上げ、右手で頭頂を掴み捻った。

 マルクの口から呻き声が発されるのを感じ取り、ディーノは慌てて首を縦に振って従順の意を表す。



「そうか、では問おう。お前の着ているその虎柄のパーカー、其れを何処で手に入れた? そして誰から手に入れた? 十秒以内に答えろ」
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