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第68話 迫る冬

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 その日はディーノとマルクが持ってきた大量の食糧のお蔭で全員が腹一杯に食べることができ、食事の後はすぐに年少組は全員寝てしまった。
 そして残った年長組はディーノとマルクを中心として今後の方針を決める会議を開いていた。
 此れは月に数度開かれる会議で、何か問題が起きた時や此れから問題の発生が予想される時に開かれる。

「皆眠い中集まってくれて感謝する。明日も早いから直ぐにでも床に着きたいがそうも行かない、重要な時期が迫っている……冬が来るぞッ」

 マルクが仕切り、今回の議題が発表された。
 場に集まった年長者達は皆静かにその声を聴いている。
 眠いからかも知れないが、心なしかその表情は強張っている様に見えた。

「皆も覚えているだろうが、去年はこの冬を乗り越えられず三人が死んだ。凍死と病死と餓死、全て幼い子供達が犠牲になった。今年は何としてでもあの悲劇を阻止しなくては成らない」

 奥で寝ている子供達を起こさない様に小さな声だが、真剣さと悲しみの籠った声が響く。
 その場に集まった者たちは一年前の地獄を思い出し、顔に影が落ちて顔をゆがめた。
 そんな中、ディーノが口を開く。

「今年は何としてでも屋根と壁と暖炉が有る家を借りなきゃ成らない。このマンホール内で生活できるのは精々あと2カ月、其れまでに大きな一軒家を数カ月借りられる金を集める。当然手段はいとわない」

 ディーノの発言に大多数が首を縦に振ったが、何人かは横に振った。
 そして横に振ったメンバーの代表としてマルクが口を開く。

「数カ月間もこれだけの人間が住める家を借りるのは不可能だ。もしその金を調達するとなると、何十回も窃盗と強盗を繰り返す事になる、其れも金持ちにだ。確実に自警団が動くぞッ」

 ディーノ達が住処にしているこの第126区は、マフィア勢力と政府勢力の間に存在する緩衝地帯。
 政府の軍事力であるVCFや警察はマフィアを刺激しない為に存在しないが、金持ち達が有り余る金で作った自警団が存在する。
 この町で一般庶民から物を盗んだとしても盗まれた方の自己責任と成るのだが、金持ちから奪った場合はその自警団が動くのだ。
 法律も何もない様な場所なので向こうも一切容赦しない、犯行を行ったのが自分達だと分かり金を払われれば手段を選ばず自分達を潰しに来るだろう。

「だが、其れでもやるしかねえ。この一年間その事だけを考え続けたが結局これ以外の方法は存在しないんだよ」

 ディーノも数年間この町で生きてきたのだ、金持ちを敵に回すとどう成るのかは身にしみて分かっている。
 しかし、それ以外の選択肢が無いのなら選ぶしかない。
 リスクを取らずに笑って生きていける程この世界は甘くないのだ、仲間が全員生きて冬を越えられるのなら自分の心臓を天秤に乗せても構わない覚悟である。

「だが極力回数は減らす。可能な限り少ない回数で巨大な金額を手に入れるんだ……200万ドラクマ、其れだけ稼げれば仲間全員で冬を越せる」

「200万ドラクマだと!? 其れを二、三回で手に入れるとなると宝石店や銀行を襲撃する事になる。俺達みたいなガキの集まりじゃ到底無理だ!!」

 ディーノが出した金額にマルクは目玉が飛び出そうな程驚く。
 200万ドラクマとはこの町の一般的な成人男性の年収3年分だ、適当な店を襲って簡単に手に入る様な額ではない。金の有る場所を故意に狙う必要が有る。
 そしてそいう場所は当然警備が厳重で、子供の集団がいくら暴れても突破できない。

 しかしディーノは目の奥に冷たい光を放ち、重々しく口を開いた。

「金持ちを誘拐する。それ以外に道は無い……」

「誘拐だとッ!! 其れはやらない決まりだった筈だ!!」

 ディーノの発現に再びマルクは驚愕の表情を浮かべる。
 そして今度は驚愕以外にも『怒り』の感情の籠った大声を発して、ディーノを睨み付ける。

「殺しと脅迫はやらないと決めていた筈だ……俺とお前で立てた契りを忘れたのか? 金の問題じゃ済まされねえ、相手の心に一生消えない傷を負わせるんだぞ!! 其処まで俺達は堕ちるのか!!」

「だが人は死なない」

 顔を赤く染めたマルクをディーノは感情を殺した冷たい目で見つめ返した。

「このまま冬を越せば確実に死人が出る。命までは奪わない、200万ドラクマを払って貰えば何も危害を加えずに帰すさ。去年みたいに3人死ぬか、金持ち一人が多少心に傷を負うか……引き算は大昔に教えたよな? マルク??」

 マルクは何か言おうとしたが、言葉が出ず頭を抱える。
 彼もこの方法が最善で唯一の解決策であるという事は理解しているのだが、心の奥深くの部分が拒絶反応を示す。

「頼むよマルク、俺だって本当はこんな事したくない。出来る事なら誰も傷つけず愛する仲間たちと平和に暮らしていたいさ……だが世界はそう出来ていない。俺達の行動に十数人のガキの命が掛かってるんだ、お前はあの子達に来世で裕福な家庭に生まれる様祈りながら死ねと言うつもりか?」

 反論など出来る筈が無かった。
 しかし其れでも簡単に首を縦に振ることは出来ない、一度誓いを破れば済し崩し的に手段を選ばない無法者集団に成り下がる気がした。
 しかし、だからと言って代案が思い付くわけでも無い。
 マルクは大きく重い溜息を付き、それから重い口を開いた。

「……分かった。その作戦で行こう」

 ディーノも自分の案が通ったものの両手を上げて喜ぶ気分には成らず、苦い表情をしながらため息を付いて前を向く。

「実は今日、ディルク達に前もって目星い金持ちを探してもらっていたんだ」

「なるほど、帰りが俺達よりも早かったのはその為か……」

 ディーノの話にマルクは腑に落ちた様子で苦笑いを浮かべる。
 そしてディーノが手でディルクに発言を促し、其れに従ってディルクが口を開く。

「実はですね……運よく絶好のカモを見つけました!! 確実に200万デルクを支払える金持ちですよッ!!」
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