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第32話 残る二つの影

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「おーおー、、、マダムとルチアーノの直接対決か。チャムラップの野郎も完全にくたばった訳でも無いだろうし、旧時代の怪物達の同窓会って感じだな」



「ふむ、怪物達の同窓会か、、、中々良い例えだ。所で、新時代の怪物筆頭である君は参戦しないのかな?」



 ルチアーノとマダムベアトリーチェが衝突している屋敷から数百メートル離れた高い台より、サングラスとオールバックは氷と炎の衝突を眺めていた。

 夜中で周囲を闇が覆い尽くしている事もあり、常人には僅かな光が煌めいている様にしか見えないが二人の両目にはハッキリと熾烈な戦いの様子が映っている。



「冗談キツいぜ、ネイサン。あの世代と肩を並べる何て今の俺じゃまだ無理だ、参戦するとしてももう少しルチアーノが疲弊してからだな、、、ルチアーノを直接削るのは不死身のピエロと氷の女王に任せるよ」



「其れでは君は何の労力も払わず甘い汁だけ啜りに来た、という事か?」



「フアァ~、、、そうは言ってねえだろ? 俺の本領発揮は戦いの混乱が最高潮に達し、不確定要素が出現し始めてからッ」



 オールバックの質問にサングラスは脱力した様子であくびをし、それから頭に被っていたハットを被り直しながら返答を返す。

 現在進行形で敵陣のど真ん中へ攻め込んでいるにも関わらず、自信に満ちあふれた余裕の態度である。



「一定以上のレベル、其れこそビッグネームクラスが複数人絡む様な戦いだと決着は単純な実力の差だけでは決まらない。風で巻き上げられた砂粒が目に入ったり、太陽の日差しが視覚を塞いだり、偶々瞬きのタイミングと敵の攻撃がジャストで被ったり、、、強さという努力で積み重ねられる要素を高めれば高める程、運という努力じゃどうにも成らない要素の占める割合が大きく成っていく」



「フッ、皮肉な話だな」



「全くだよ、、、だが逆に言えば世界最強であるルチアーノ・バラキア様に新米ビッグネームの俺が一矢報いれる可能性もゼロじゃない訳だ。其れこそ、運悪くルチアーノの頭上に雷が落ちてきたりッ」



 そう言いながらサングラスは、徐に懐から一枚のコインを取り出した。

 そのコインは純金で出来ていて、茨の冠を被った山羊の模様が付けられた美しさと醜さが同居している不思議な見た目をしている。



「ネイサン、今日の天気は如何だったかな? 夜中じゃ晴れてんのか曇ってんのか分からん」



「曇りの様だ。明け方から豪雨に成るらしく今上空は厚い雲に覆われている筈」



「そうか、つまり雷が落ちてくる可能性はゼロじゃないって事だな? そして雷が落ちてくる可能性がゼロじゃ無いって事は、ルチアーノの頭上に雷が落ちる可能性もゼロでは無いという事だ、、、」



 サングラスの男は口元に笑みを浮かべながら、暗闇に隠された空を覆う雲を見上げた。

 まるで空一面を自分の援軍が覆い尽くしているかの様に。



「まあゼロでは無いだろうが、雷が人間の上に落ちる可能性を知っているのか? その確立は1000万分の1であり、更に任意の人間に落ちる確立となると其れこそ天文学的な数値に成るッ」



 オールバックの男は堪えきれなかったかの様に、語尾を笑みで歪めた。



「でもゼロじゃないんだろ? と言うことはだ、この俺様が幸運なるその天文学的数値分の1に成っても何ら不思議じゃ無い? 違うか?」



「確かに、運はこの世で最も分け隔て無い恵みを与えてくれる存在だ。その存在が君を選んだとしても何ら不思議な事では無い」



「『デボル・イブリース』」



 サングラスはオールバックのリアクションが来るのを待ってから、自らの使役している則獣の名前を唱えて出現させた。

 その則獣はコインの模様に瓜二つな黒い山羊の顔をして、人間の胴体に六本の蠅の腕と羽を生やして腹に巨大な口が付いている。

 異形としか形容のしようが無い姿だ。



「ほらよ、端金だッ」



 サングラスは異形の怪物『デボル・イブリース』の腹に空いた巨大な口に金貨を投げ込み、口は美味しそうにその金貨をボリボリと噛み砕いていく。

 そして口の周りの皮膚が金貨を呑み込んいるかの様に上下した後、山羊の顔が突然けたたましい鳴き声を夜の街に響かせた。



「ンッ、メエエエエエエエエエーッ!!」



 空間が振動する様な絶叫にサングラスとオールバックは耳を塞いだ。

 次の瞬間町中の闇を払うような閃光が煌めいて、ルチアーノとマダム・ベアトリーチェが戦いを繰り広げている屋敷目掛け雷が降り注いだのである。



「ハハッ! いや~今日は運が良い!! 偶々、偶然に、運良く、ルチアーノ・バラキアに落雷が落下するという天文学的確立を引き当てちまった! やっぱり日頃の行いが良いからかね~」



 屋敷に落下した落雷を見たサングラスの男は嬉しそうに手を叩いて馬鹿笑いする。

 その行為からは天文学的数値の確立を掴んだことに対する驚愕を感じ取る事はできず、小さな悪戯が大成功した時の様な軽い笑いを吐き出していた。



「単純な個人武勇ではマダム・ベアトリーチェ、相手にした時の厄介さではチャムラップが頭一つ抜けているが、、、『則獣』の能力だけを見れば君が最強だよ、バカラ」



 オールバックの男は両手を軽く叩き、最も若いビッグネームである『賭博王』バカラに惜しみの無い賞賛を送る。

 他のビッグネームと比べても、其れこそルチアーノの『デルタ・カルト』『ボストレイム』の能力と比べても、バカラの能力は最強と言って間違い無いだろう。



「ありがとよ、此れで最強殿がくたばってくれれば良いんだけどね。だが粘ったとしても問題無い、今回はたんまりと軍資金を用意してきたからなッ!!」



 そう言ってバカラは懐から大量のコインを取り出した。



「ギャンブルってのは技術を持ってる奴が強いんじゃねえ、出資を回収しきるまでベットし続ける潤沢な軍資金を持ってる奴が強いんだよ」



「そのコインの量、、、どれだけの幼子を悪魔に引き渡したんだ?」



「さあね、7000人くらいだったかな? 多すぎて覚えてねえよ」



 バカラは興味無さそうに吐き捨てた。

 その回答にバカラが持っている大量のコインの正体を知っているオールバックの男は、流石に引いたという様子で肩をすくめる。

 しかし当のバカラはそのリアクションに興味を示さず、唯ひたすらにカジノのルーレットを見るような目線でルチアーノの戦いを眺めるのみ。



「さあルチアーノ、お前が死ぬまで幾らでも俺の幸運を打ち込んでやるからな、、、俺が勝利するまで終わらないイカサマギャンブルの始まりだッ!!」



 そう言ってバカラはケダモノの様に飢えた笑みを浮かべ、サングラスの下で悪意以外何も無い血走った目を見開いたのだった。





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