セレファイスの探偵

夜桜月霞

文字の大きさ
上 下
6 / 8
Not peace,Not love You.

05

しおりを挟む

 翌日、本来ならふらふらと外を出歩いて、金になりそうな事でも探すところだが、今日はそれどころじゃない。

 まず寝起きの瞬間、ナイフで刺されかけた。

 久しぶりだったが、押し返せた。見た目の割に力が強い。ナイフは折り畳んで返しておく。人を刺殺したいなら、折り畳み式じゃなくて、一体型の方が安全だし、確実だから次からはそうするといいと少しだけ助言もした。

 そのまま立ち上がって、加害者を抱える。意外と抵抗はしなかった。

 応接間に向かう。

「飯は、食ってないな」

 テーブルの上の袋は、手付かずで放置だ。食欲はなくて当然か。

 ため息を吐いて、衣類を置いてない方のソファに彼女を下ろし、その対面に座った。

「さて、っと」

 元の育ちの差か、行儀良くちょこんと座って、こっちを睨んでいる。

 改めて見て、ずいぶんと育ちの良さそうな娘だ。

 適当にあしらわれ続けたせいで、髪も服も乱れているが、かなり上物だ。

 銀を溶かして伸ばしたような髪と、目鼻立ち整った綺麗な顔。首から下は、だいたいこじんまりした感じ、でもないか。歳の割には、って気はしないでもない。

 歳は、十代半ばだな。

「探偵だ」

 睨んでいた彼女は、そこで少しだけ首を傾げた。どうやら聞く耳はすこしだけ持ってくれているようだ。

「たん、てい?」

「そうだ。捜し物だとか、浮気調査とか、そういう事が、本来の仕事だ」

 残念だがこの街に来てからそんな躰の良い依頼なんて、一度も受けたことがないがな。

「昨日のも、仕事、なの……?」

 少女の声。いきなりだな。

「ああ」

 あれも仕事だ。

「人を、殺してまで、お金が欲しい?」

「ああ。欲しいね。ここじゃ、金が全てだ」

「ッ!」

 キッと人の良さそうなどんくり目をつり上げて、射殺さんばかりに睨んでくる。

 まぁ、どうであれ、彼女の言うとおりだ。人殺し。しかも小銭目当てのみ小悪党だ。

「この……」

 彼女が顔を真っ赤にさせて、罵詈雑言を吐こうとした瞬間、突然部屋の電話が鳴った。

「悪いな。ちょっと静かにしてくれ」

 じりりと耳障りな音を立てる電話の受話器を取り、耳に当て、自己紹介を開口一番にやっておく。

「やあ、名探偵くん」

「あんたの声は、朝っぱらから聞きたくねぇな」

 ナ・イだ。

 陰鬱で、嫌味な響きの野郎の声。朝っぱらからはとても聞きたくない。

「私も朝から人を不愉快にはさせたくないのだがね。どうにも、この街には、私を不愉快にさせる者ばかりいる」

 困ったものだと言いながらも、どこか楽しそうな声色だ。こいつ、企んでるな。

「それで、世間話しの相手が欲しいわけじゃないんだろう。要件はなんだよ」

「昨日、君に仕事を依頼したな」

「覚えていない」

「ホテルで乱射事件が起きたのだが、そこから死体がひとつ、なくなったらしい」

「残念だな。きっと今頃死体偏愛者のおもちゃになってるだろうよ」

「要人の娘だ。何としてでも、確認したい。今すぐ見つけ出してくれ。探し物は得意だろう?」

「わかった、探してやろう。代金は」

「代金は後払いと行こう。額は、君の命でどうだ。悪くないだろう?」

「ナ・イ。なんの冗談だ? 朝っぱらからあんたの古代歌劇よりつまらん冗談なんぞにつきあいたくない」

「昼までだ。昼までに死体を見たい。できるな、名探偵くん。じゃあ頼むぞ」

 そこで通話終了。

 受話器を置いて、めんどくさくてたまらない気持ちを全部ため息として吐き出す。

「また、人を殺しにいくの?」

「まあな」

「どうして?」

「どうして、だろうな」

 自分でも、本当に不思議だよ。

 部屋の入り口横の隠し扉を開ける。後は構えもクソもない。グリップをつかんで、装填して、安全装置を外して、廊下の向こうに向けて、引き金を引き絞るだけ。

 薄い合板のドアを木端に変え、大口径弾丸はドアの向こうの誰かさんをハチの巣に変える。

「きゃああああ!」

 ソファに座っているであろう少女は悲鳴を上げる。構わず廊下の向こうに猛射を加え続ける。

「逃げるぞ」

 弾倉一本を撃ちきって、隠し場所から新しい弾倉を取り出して交換。それと鞄をひとつひっつかんで振り向いた。

「え、え?」

 三歩歩いてテーブルへ。ソファとテーブルの隙間に挟まっていた彼女を立たせてやり、コートを羽織って、カバンを背負う。まだ怒声が聞こえたので、玄関へ向けて牽制を加えておく。

「死にたくはないだろう? ここにいても死ぬだけだ」

 軽く放心状態の彼女の腕を掴んで隠し通路へ。

 さて逃げるか。

 いや、逃げられないか。

 とりあえず、車に乗るか。

 細く暗い通路を抜け、尖塔の裏へ出る。

 ラッキーだな。ナ・イの手下はまだ来ていない。

「いたぞ! こっちだ!」

 薄暗い、霧のかかった裏路地。どこか先から怒声チックな誰かの叫び声が聞こえた。

 そこに向けて点射を加えつつさっさと駐車場へ向かう。

「やっぱり! 殺すんだ!」

「殺すさ。でなけりゃ殺されちまうからな!」

「なんで」

 言葉を遮って申し訳ないが、すぐそこに殺し屋がいた。短機関銃の連射を浴びせてから、全力で走った。

「なんでだろうな」

 こっちも聞きたいさ。

 彼女を車に押し込め、自分も運転席へ。エンジンをかけるとそのまますっ飛ぶように車を出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

処理中です...