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Not peace,Not love You.
05
しおりを挟む翌日、本来ならふらふらと外を出歩いて、金になりそうな事でも探すところだが、今日はそれどころじゃない。
まず寝起きの瞬間、ナイフで刺されかけた。
久しぶりだったが、押し返せた。見た目の割に力が強い。ナイフは折り畳んで返しておく。人を刺殺したいなら、折り畳み式じゃなくて、一体型の方が安全だし、確実だから次からはそうするといいと少しだけ助言もした。
そのまま立ち上がって、加害者を抱える。意外と抵抗はしなかった。
応接間に向かう。
「飯は、食ってないな」
テーブルの上の袋は、手付かずで放置だ。食欲はなくて当然か。
ため息を吐いて、衣類を置いてない方のソファに彼女を下ろし、その対面に座った。
「さて、っと」
元の育ちの差か、行儀良くちょこんと座って、こっちを睨んでいる。
改めて見て、ずいぶんと育ちの良さそうな娘だ。
適当にあしらわれ続けたせいで、髪も服も乱れているが、かなり上物だ。
銀を溶かして伸ばしたような髪と、目鼻立ち整った綺麗な顔。首から下は、だいたいこじんまりした感じ、でもないか。歳の割には、って気はしないでもない。
歳は、十代半ばだな。
「探偵だ」
睨んでいた彼女は、そこで少しだけ首を傾げた。どうやら聞く耳はすこしだけ持ってくれているようだ。
「たん、てい?」
「そうだ。捜し物だとか、浮気調査とか、そういう事が、本来の仕事だ」
残念だがこの街に来てからそんな躰の良い依頼なんて、一度も受けたことがないがな。
「昨日のも、仕事、なの……?」
少女の声。いきなりだな。
「ああ」
あれも仕事だ。
「人を、殺してまで、お金が欲しい?」
「ああ。欲しいね。ここじゃ、金が全てだ」
「ッ!」
キッと人の良さそうなどんくり目をつり上げて、射殺さんばかりに睨んでくる。
まぁ、どうであれ、彼女の言うとおりだ。人殺し。しかも小銭目当てのみ小悪党だ。
「この……」
彼女が顔を真っ赤にさせて、罵詈雑言を吐こうとした瞬間、突然部屋の電話が鳴った。
「悪いな。ちょっと静かにしてくれ」
じりりと耳障りな音を立てる電話の受話器を取り、耳に当て、自己紹介を開口一番にやっておく。
「やあ、名探偵くん」
「あんたの声は、朝っぱらから聞きたくねぇな」
ナ・イだ。
陰鬱で、嫌味な響きの野郎の声。朝っぱらからはとても聞きたくない。
「私も朝から人を不愉快にはさせたくないのだがね。どうにも、この街には、私を不愉快にさせる者ばかりいる」
困ったものだと言いながらも、どこか楽しそうな声色だ。こいつ、企んでるな。
「それで、世間話しの相手が欲しいわけじゃないんだろう。要件はなんだよ」
「昨日、君に仕事を依頼したな」
「覚えていない」
「ホテルで乱射事件が起きたのだが、そこから死体がひとつ、なくなったらしい」
「残念だな。きっと今頃死体偏愛者のおもちゃになってるだろうよ」
「要人の娘だ。何としてでも、確認したい。今すぐ見つけ出してくれ。探し物は得意だろう?」
「わかった、探してやろう。代金は」
「代金は後払いと行こう。額は、君の命でどうだ。悪くないだろう?」
「ナ・イ。なんの冗談だ? 朝っぱらからあんたの古代歌劇よりつまらん冗談なんぞにつきあいたくない」
「昼までだ。昼までに死体を見たい。できるな、名探偵くん。じゃあ頼むぞ」
そこで通話終了。
受話器を置いて、めんどくさくてたまらない気持ちを全部ため息として吐き出す。
「また、人を殺しにいくの?」
「まあな」
「どうして?」
「どうして、だろうな」
自分でも、本当に不思議だよ。
部屋の入り口横の隠し扉を開ける。後は構えもクソもない。グリップをつかんで、装填して、安全装置を外して、廊下の向こうに向けて、引き金を引き絞るだけ。
薄い合板のドアを木端に変え、大口径弾丸はドアの向こうの誰かさんをハチの巣に変える。
「きゃああああ!」
ソファに座っているであろう少女は悲鳴を上げる。構わず廊下の向こうに猛射を加え続ける。
「逃げるぞ」
弾倉一本を撃ちきって、隠し場所から新しい弾倉を取り出して交換。それと鞄をひとつひっつかんで振り向いた。
「え、え?」
三歩歩いてテーブルへ。ソファとテーブルの隙間に挟まっていた彼女を立たせてやり、コートを羽織って、カバンを背負う。まだ怒声が聞こえたので、玄関へ向けて牽制を加えておく。
「死にたくはないだろう? ここにいても死ぬだけだ」
軽く放心状態の彼女の腕を掴んで隠し通路へ。
さて逃げるか。
いや、逃げられないか。
とりあえず、車に乗るか。
細く暗い通路を抜け、尖塔の裏へ出る。
ラッキーだな。ナ・イの手下はまだ来ていない。
「いたぞ! こっちだ!」
薄暗い、霧のかかった裏路地。どこか先から怒声チックな誰かの叫び声が聞こえた。
そこに向けて点射を加えつつさっさと駐車場へ向かう。
「やっぱり! 殺すんだ!」
「殺すさ。でなけりゃ殺されちまうからな!」
「なんで」
言葉を遮って申し訳ないが、すぐそこに殺し屋がいた。短機関銃の連射を浴びせてから、全力で走った。
「なんでだろうな」
こっちも聞きたいさ。
彼女を車に押し込め、自分も運転席へ。エンジンをかけるとそのまますっ飛ぶように車を出した。
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