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Not peace,Not love You.
04
しおりを挟む悪徳の都、セレファイスは非常に巨大だ。
古代に建造された堅牢な城塞都市で、街全体に合計千の尖塔が並び、高架に支えられた高速道路が東西南北へと延びている。
街の西には偉大なるセレノリア内海へ繋がるナラクサ河が流れており、巨大な漁港と軍港、貿易港が連立している。
街の中央には永遠にこの土地を統治する役目を負う、最古にして最後の王、クラネス大王の神殿がある。その神殿の北西部には七十の歓喜の神殿という、腐敗政治の象徴である七十人の神官たちの屋敷が立ち並ぶ。
北部から西部にかけて上級市民の街があり、東へ向い城壁を跨いで伸びている高速道路の下を中級層下級層の住宅地がある。
都市の南側は大きく半分に分け一般市民用の市場があり、残りの半分にはスラム街と闇市場が広がっている。
我が家である千一棟目の尖塔は、誰からも忘れられた南7と8分の5号裏通り68・1番地、実数と虚数の狭間にある。
月面がセレファイスの尖塔の目前を通り過ぎる時だけ、外界からは肉眼で確認できるので、次はおそらく二千年後くらいだから楽しみにしておくといい。
薄暗い、昼か夜かも分からない南7と8分の5号裏通りを走り、車を石造りの廃屋の中に停める。尖塔からは少し離れているが、もしもの時には移動手段を失わないで済む。
およそ百数メートル通りをまっすぐ歩き、どこの誰とも知らん、ミイラ死体を蹴飛ばして我が愛しのホームへ。そう言えば、最近ミイラが増えたな。
もうずいぶんと掃除されていない、埃の積もったエントランスを抜けて、上の階へ伸びる階段を登る。
二階の階段の前は、差し渡し3メートル程度の広さの正方形をしたスペースがあり、階段の正面にドアがひとつ。
ドアには『セレファイス探偵社』と書いた札が取り付けられている。
ここが俺の自宅兼事務所。ちなみに直接来客した者はいない。
ドアの足元に置いたはずの22口径の薬莢がない。誰かがドアを開けたみたいだ。
ため息ひとつ吐き、手荷物をドアの脇に置く。そして左で拳銃を抜き、右手でゆっくりドアを開けた。
明かりはついていない。
淀みなく拳銃を構え、敵が出てきそうな所を狙っていく。
変化は、ない。三時間前に出てから、特に変化らしいモノはない。
玄関からは短い廊下がまっすぐ伸び、両サイドにそれぞれ二つずつドアがある。一番奥には居間兼ビジネスルームへ繋がるドア。
玄関から近い順に開けて、中を確認していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
異常はない。
なら、最後のドアだ。
ゆっくりと開けて、中を伺う。
二階の三分の一を使うこの部屋。中央に応接用の三人掛けの長椅子と、それ用の膝までの高さの机。向かって右側の壁を埋め尽くす、俺の背丈よりある本棚は、満載のままなにも変わっていない。
変わっているものがあるとすれば、
「おい……」
部屋の隅に、毛布の固まりがうずくまっている事。
声をかけると一度大きく揺れ、さらに小さく身を縮こまる。後退ろうとするが、それ以上は壁にめり込まない限り無理だ。
気持ちは、わからない訳ではない。
肩をすくめて、それを眺めるため、ソファの背もたれに腰掛ける。帽子をテーブルに投げた。
さて、どうしたものか。
背広のポケットからシガレットケースを取り出して、そこから一本抜く。くわえて火を灯す。
どうしたものかな。
目の前の固まりの正体。自分でやっておきながら、とんでもない頭痛の種を作ってしまった。
昨日のナ・イの依頼。
生き残りを探していて、見つけちまった。
撃ち殺された男が必死に隠すようにしていた、テーブルクロスの下のそれ。
いや、彼女。
自分で口を塞ぎ、必死に悲鳴を殺し、それでも泣きじゃくる少女。
引き金が引けなかった。そして気付いたら彼女をテーブルクロスでくるんで、ここまで連れてきてしまった。
どうして撃てなかったのか、検討も付かない。
子供を殺したことなんて、いくらでもあった。
それが今回に限って、何故だか撃てなかった。
くそったれだ。最悪すぎる。
状況から察するに、間違いなくどっちかの令嬢だ。しかも確実に火種になるレベルだ。
最悪すぎて、大笑いだ。ここに来た時以来の大惨事だ。
煙草が燃え尽き、灰皿に吸殻を押し付けた。
「ひと、ごろし……」
呻き声。のような声。
何事かとも思ったが、それは、毛布の中からだった。
「ひとごろし……ッ!」
純粋に殺意のこもった声。
ずいぶんと、こんな声は久しぶりに聞いた。
「そうだ」
「ッ!?」
毛布の奥、彼女の瞳が、見開かれて固まった。
「人殺しだ。何人も殺した。この街に来てからだけでも、三桁近くは殺ってる」
そう。人殺し。間違いない
殺しの仕事も、仕事上で殺した事もある。
いや、もっと単純に、殺されかけたから殺した事もある。
そういう人間だ。そういう人間になった。だからその絶叫を否定することはない。
「後悔も、懺悔もない。だから、殺したければ、いつでも殺せ」
人を殺す人間は、殺されても恨みっこ無しだと思っている。
かと言って殺されてやるつもりはない。殺されそうになれば、殺して生き残る。
生きている。この娘も、生きている。だから、死ぬ時は死ぬ。
一度外へ出て、置きっぱなしだった手荷物を取って来て、テーブルに置く。
コートを脱いでソファーに投げる。背広、ベスト、シャツと順に脱いで同じように投げる。
「腹が減ったら、勝手に食え。寝る」
あくびをひとつして、寝室へ。
種はあっても、まだ芽吹いていない。こいつが頭痛になるまでは、ゆっくり寝るとしよう。
背中に視線が刺さるが、気にせず寝室に向かった。
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