セレファイスの探偵

夜桜月霞

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Not peace,Not love You.

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 昨日までの大雨は止んで、今はムカつくくらい晴れていた。

 埃っぽい事務所のソファーから体を起こして、まず煙草に火を点ける。

 朝は最悪だ。一日が始まる。

 ここはセレファイス。悪徳と背徳の都。

 警察は賄賂を受け取り、七十人の神官は私益を何よりも優先している。

 街には麻薬が横行し、売れるなら武器だろうと、女だろうと、路上で販売されている。

 ここは魔都セレファイス。外道の住まう、外道の街。

 シャワーを浴び、背広を着込む。コートを羽織り憎々しい太陽から顔を隠すために、帽子をかぶった。

 今日もくだらない仕事をはじめよう。

 街は平常運転。今日も薬の密売人は露天を並べ、どこぞから奪われて来たであろう少女たちが裸も同然で街角に立たされている。

 そしてそれに群がる、腐った目をした人間たち。

 それを後目に、ボロ車を走らせて、依頼主のもとへちんたらと向かう。

 さて、ここで一つ、自己紹介でもしておこう。

 名前はない。探偵と呼ばれている。名前はこの街に来る前に捨ててきた。

 名前の通り探偵だ。情報収集、武力衝突の仲裁、拉致、監禁、拷問、暗殺、人・ペット捜し、浮気や身辺の調査など。

 およそ探偵らしい仕事は朝飯前だ。他にも何だかんだ、払いによってはできることも多いから、とりあえず悩みがあれば聞こう。事務所はセレファイス南7号通り68・1番1001の二階にある。迷わず来れたらだが、相談までは無料だ。

 今日は、このセレファイスの市場を仕切るひとつ、教会へ出向く。

 昨晩唐突に教会の大頭目、ナ・イ神父から依頼があった。

 ナ・イ神父はなかなかに払いはいい。だが内容がどうにもいけ好かない。

 とはいいつつも、生きるには金がいる。働かなければ、死ぬしかない。そして他に食い扶持がない。今の探偵を続けるしかない。

 教会の駐車場に車を停め、胸くそ悪い太陽から逃げるため、さっさと建物の中に入り、礼拝堂を突っ切る。

「やぁ、探偵。相変わらずふてくされた顔してんな」

 説法台で酒を飲んでいる修道士たちが、赤ら顔で話しかけてくる。こんなのでも、この街を仕切る七十人の神官庁の下位組織の役員なのだがら、この街は捨てたもんだ。

「ナ・イに会いに来た。どこだ」

「親父ナ・イなら執務室にいらっしゃる」

 まぁ、聞くまでもなかったか。

 酔っ払い共の横を抜けて、礼拝堂の奥にある隠し扉の中へ。

 薄暗い隠し通路の階段を登り、ナ・イの執務室の前に立つ。そしてノックもせずドアを開けた。

「お前でなければ、この瞬間に殺している所だ」

 部屋の奥、巨大な執務机に肘を置きながら、暗鬱な声色と共に男はじろりと俺を睨んできた。

 五十がらみのこの男は、この街の三分の一を統べる組織「教会」の実質的なトップ、ナ・イ神父。

 いつも通り白髪混じりの頭髪を撫でつけた、神経質そうな細面の顔。黒い僧衣は年の割に逞しい体つきを隠している。

「相変わらず、頭痛薬が必要そうな顔だな。今度持ってきてやろうか?」

「商会《アブソロッソ》と連合《プレマリア》の首が、朝の新聞と共に届けられれば必要ないだろうさ」

 俺の軽口に、ナ・イは顔色ひとつ変えずにうそぶいた。その二人は教会の対抗勢力である組織のトップだ。この男はまた揉めているようだ。

「で、今日は何の用事だ? ペットの九官鳥でも居なくなったのか?」

 今度は鼻で笑い、執務室机の引き出しから、数枚の紙切れを取り出した。

「似たようなものだ」

 近付いて紙切れを受け取る。ナ・イはどことなく楽しげだ。

「誘拐か?」

「否」

「いくら出す?」

「前金に三割。事後に残り。全額で金貨五十枚」

 額はデカい。およそひと月分の稼ぎに相当するが、どうにも臭いな。

 俺は紙切れの中身を確認した。

「これだけで、五十枚だと?」

「ああ、そうだ」

 さも当然という顔。

 仕事の内容はこうだ。

 ある飯屋の、ある時間、中にいる人間を、皆殺しにする。

 簡単な仕事だ。こんな程度で大金なんて、考えにくい。

「やるか?」

「やろう」

 リスクは大きいが、それ以上に金だ。

「詳細はこっちだ」

 そしてナ・イは情報が入っているらしい、封筒を取り出した。
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