2 / 8
Not peace,Not love You.
01
しおりを挟む
昨日までの大雨は止んで、今はムカつくくらい晴れていた。
埃っぽい事務所のソファーから体を起こして、まず煙草に火を点ける。
朝は最悪だ。一日が始まる。
ここはセレファイス。悪徳と背徳の都。
警察は賄賂を受け取り、七十人の神官は私益を何よりも優先している。
街には麻薬が横行し、売れるなら武器だろうと、女だろうと、路上で販売されている。
ここは魔都セレファイス。外道の住まう、外道の街。
シャワーを浴び、背広を着込む。コートを羽織り憎々しい太陽から顔を隠すために、帽子をかぶった。
今日もくだらない仕事をはじめよう。
街は平常運転。今日も薬の密売人は露天を並べ、どこぞから奪われて来たであろう少女たちが裸も同然で街角に立たされている。
そしてそれに群がる、腐った目をした人間たち。
それを後目に、ボロ車を走らせて、依頼主のもとへちんたらと向かう。
さて、ここで一つ、自己紹介でもしておこう。
名前はない。探偵と呼ばれている。名前はこの街に来る前に捨ててきた。
名前の通り探偵だ。情報収集、武力衝突の仲裁、拉致、監禁、拷問、暗殺、人・ペット捜し、浮気や身辺の調査など。
およそ探偵らしい仕事は朝飯前だ。他にも何だかんだ、払いによってはできることも多いから、とりあえず悩みがあれば聞こう。事務所はセレファイス南7号通り68・1番1001の二階にある。迷わず来れたらだが、相談までは無料だ。
今日は、このセレファイスの市場を仕切るひとつ、教会へ出向く。
昨晩唐突に教会の大頭目、ナ・イ神父から依頼があった。
ナ・イ神父はなかなかに払いはいい。だが内容がどうにもいけ好かない。
とはいいつつも、生きるには金がいる。働かなければ、死ぬしかない。そして他に食い扶持がない。今の探偵を続けるしかない。
教会の駐車場に車を停め、胸くそ悪い太陽から逃げるため、さっさと建物の中に入り、礼拝堂を突っ切る。
「やぁ、探偵。相変わらずふてくされた顔してんな」
説法台で酒を飲んでいる修道士たちが、赤ら顔で話しかけてくる。こんなのでも、この街を仕切る七十人の神官庁の下位組織の役員なのだがら、この街は捨てたもんだ。
「ナ・イに会いに来た。どこだ」
「親父ナ・イなら執務室にいらっしゃる」
まぁ、聞くまでもなかったか。
酔っ払い共の横を抜けて、礼拝堂の奥にある隠し扉の中へ。
薄暗い隠し通路の階段を登り、ナ・イの執務室の前に立つ。そしてノックもせずドアを開けた。
「お前でなければ、この瞬間に殺している所だ」
部屋の奥、巨大な執務机に肘を置きながら、暗鬱な声色と共に男はじろりと俺を睨んできた。
五十がらみのこの男は、この街の三分の一を統べる組織「教会」の実質的なトップ、ナ・イ神父。
いつも通り白髪混じりの頭髪を撫でつけた、神経質そうな細面の顔。黒い僧衣は年の割に逞しい体つきを隠している。
「相変わらず、頭痛薬が必要そうな顔だな。今度持ってきてやろうか?」
「商会《アブソロッソ》と連合《プレマリア》の首が、朝の新聞と共に届けられれば必要ないだろうさ」
俺の軽口に、ナ・イは顔色ひとつ変えずにうそぶいた。その二人は教会の対抗勢力である組織のトップだ。この男はまた揉めているようだ。
「で、今日は何の用事だ? ペットの九官鳥でも居なくなったのか?」
今度は鼻で笑い、執務室机の引き出しから、数枚の紙切れを取り出した。
「似たようなものだ」
近付いて紙切れを受け取る。ナ・イはどことなく楽しげだ。
「誘拐か?」
「否」
「いくら出す?」
「前金に三割。事後に残り。全額で金貨五十枚」
額はデカい。およそひと月分の稼ぎに相当するが、どうにも臭いな。
俺は紙切れの中身を確認した。
「これだけで、五十枚だと?」
「ああ、そうだ」
さも当然という顔。
仕事の内容はこうだ。
ある飯屋の、ある時間、中にいる人間を、皆殺しにする。
簡単な仕事だ。こんな程度で大金なんて、考えにくい。
「やるか?」
「やろう」
リスクは大きいが、それ以上に金だ。
「詳細はこっちだ」
そしてナ・イは情報が入っているらしい、封筒を取り出した。
埃っぽい事務所のソファーから体を起こして、まず煙草に火を点ける。
朝は最悪だ。一日が始まる。
ここはセレファイス。悪徳と背徳の都。
警察は賄賂を受け取り、七十人の神官は私益を何よりも優先している。
街には麻薬が横行し、売れるなら武器だろうと、女だろうと、路上で販売されている。
ここは魔都セレファイス。外道の住まう、外道の街。
シャワーを浴び、背広を着込む。コートを羽織り憎々しい太陽から顔を隠すために、帽子をかぶった。
今日もくだらない仕事をはじめよう。
街は平常運転。今日も薬の密売人は露天を並べ、どこぞから奪われて来たであろう少女たちが裸も同然で街角に立たされている。
そしてそれに群がる、腐った目をした人間たち。
それを後目に、ボロ車を走らせて、依頼主のもとへちんたらと向かう。
さて、ここで一つ、自己紹介でもしておこう。
名前はない。探偵と呼ばれている。名前はこの街に来る前に捨ててきた。
名前の通り探偵だ。情報収集、武力衝突の仲裁、拉致、監禁、拷問、暗殺、人・ペット捜し、浮気や身辺の調査など。
およそ探偵らしい仕事は朝飯前だ。他にも何だかんだ、払いによってはできることも多いから、とりあえず悩みがあれば聞こう。事務所はセレファイス南7号通り68・1番1001の二階にある。迷わず来れたらだが、相談までは無料だ。
今日は、このセレファイスの市場を仕切るひとつ、教会へ出向く。
昨晩唐突に教会の大頭目、ナ・イ神父から依頼があった。
ナ・イ神父はなかなかに払いはいい。だが内容がどうにもいけ好かない。
とはいいつつも、生きるには金がいる。働かなければ、死ぬしかない。そして他に食い扶持がない。今の探偵を続けるしかない。
教会の駐車場に車を停め、胸くそ悪い太陽から逃げるため、さっさと建物の中に入り、礼拝堂を突っ切る。
「やぁ、探偵。相変わらずふてくされた顔してんな」
説法台で酒を飲んでいる修道士たちが、赤ら顔で話しかけてくる。こんなのでも、この街を仕切る七十人の神官庁の下位組織の役員なのだがら、この街は捨てたもんだ。
「ナ・イに会いに来た。どこだ」
「親父ナ・イなら執務室にいらっしゃる」
まぁ、聞くまでもなかったか。
酔っ払い共の横を抜けて、礼拝堂の奥にある隠し扉の中へ。
薄暗い隠し通路の階段を登り、ナ・イの執務室の前に立つ。そしてノックもせずドアを開けた。
「お前でなければ、この瞬間に殺している所だ」
部屋の奥、巨大な執務机に肘を置きながら、暗鬱な声色と共に男はじろりと俺を睨んできた。
五十がらみのこの男は、この街の三分の一を統べる組織「教会」の実質的なトップ、ナ・イ神父。
いつも通り白髪混じりの頭髪を撫でつけた、神経質そうな細面の顔。黒い僧衣は年の割に逞しい体つきを隠している。
「相変わらず、頭痛薬が必要そうな顔だな。今度持ってきてやろうか?」
「商会《アブソロッソ》と連合《プレマリア》の首が、朝の新聞と共に届けられれば必要ないだろうさ」
俺の軽口に、ナ・イは顔色ひとつ変えずにうそぶいた。その二人は教会の対抗勢力である組織のトップだ。この男はまた揉めているようだ。
「で、今日は何の用事だ? ペットの九官鳥でも居なくなったのか?」
今度は鼻で笑い、執務室机の引き出しから、数枚の紙切れを取り出した。
「似たようなものだ」
近付いて紙切れを受け取る。ナ・イはどことなく楽しげだ。
「誘拐か?」
「否」
「いくら出す?」
「前金に三割。事後に残り。全額で金貨五十枚」
額はデカい。およそひと月分の稼ぎに相当するが、どうにも臭いな。
俺は紙切れの中身を確認した。
「これだけで、五十枚だと?」
「ああ、そうだ」
さも当然という顔。
仕事の内容はこうだ。
ある飯屋の、ある時間、中にいる人間を、皆殺しにする。
簡単な仕事だ。こんな程度で大金なんて、考えにくい。
「やるか?」
「やろう」
リスクは大きいが、それ以上に金だ。
「詳細はこっちだ」
そしてナ・イは情報が入っているらしい、封筒を取り出した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる