貴女のBARで酔いましょう

夜桜月霞

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 そして須崎はキッチンから出て、部屋を横切るとベランダへ出て行ってしまった。

 なんでと思っていたら、すぐに戻ってきた。ただし手には草が一束あった。

「草?」

「自家栽培のミントです」

 そう言うと彼女はそのミントをさっと水で流すと、茎をぽきぽきと折った。それを空のグラスに放り込み、次に見た事ない銘柄の酒をジガーで計って2本指で挟みグラスに注ぐ。その所作があまりにも綺麗だ。

 ピンと伸びた背筋。直角に折られた腕が、精密機械のように滑らかに動く。ため息が出るほど様になった動き。微笑みとも無表情ともいえない表情でてきぱきと動く姿は、普段の陰キャ然とした雰囲気は欠片もない。

 そしてグラスに注がれた液体と葉っぱをおしゃれな棒でごりごり押しつぶした。

 まるで薬師だが、そうしている間にもカウンター越しでもわかるミントのさわやかな香りが広がってきた。

 続いて大量のかき氷を投入し、柄の長いバースプーンでくるくるとかき混ぜる。不思議とかちかち音がしないのが気になって覗き込むと、スプーンの玉の部分の中心を起点にして回っている。だからグラスに当たらないので音が鳴らない。

 熟練のバーテンの手つきに小さく手を叩いていると、彼女は照れたようにはにかみ、スプーンを抜いてカウンターのグラスに差した。水が張られていた大きなグラスの中でスプーンがらせんを描いて沈んでいく。

 ひとつひとつの動作がいちいち気障でカッコいい。

 生意気なぁとなぜか湧き上がってきた負けん気なんて露ほども知らない彼女は、ジガーでぴったり80cc炭酸水を計って入れると、コースターを私の前に置いてグラスを置いた。

「最後におまけです」

 ぱんと軽く手を打ち鳴らし、グラスの上に手をかざして離した。

「モヒートです」

 グラスにはキレイに開いたミントの葉と2本のストローが飾られていた。

「ミントのさわやかさで、嫌な事きれいさっぱり忘れちゃってください」

 にっこりと愛らしい笑みと、小さく傾げられた首。

 頭の中で危険信号が鳴った。

「あ、ありがと……」

 直視は危険と判断して、すぐに視線を外した。ストローを加えて一口。

「うはっ! わあ!」

 一口で広がる清涼感。

 クラッシュアイスと混ざった炭酸水の、弾けるような冷たさとパンチ力。

 それから飲み込んでから気付くラムのコクとねっとりとした甘さが尾を引いて流れ込む。

「おいし! え、美味しい!? モヒートってこんなおいしいの!?」

 続けて飲むとさっきまでの陰鬱さなんてどこにも残っていない。

 目の前の彼女が入れてくれた一杯以外、きれいさっぱり忘れ去っていた。
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