貴女のBARで酔いましょう

夜桜月霞

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 そのあまりの様相に、思わず声をかけてしまった。

 ゆっくりこちらを振り向いた彼女、須崎は、私の同僚で同期で、隣の席で、ほとんど接点はないし、会話だってろくにしたことが無い。

 そんな彼女が大量の酒やら何かを買いあさっている。

「えっと、牧田、さん?」

 表情は前髪で見えない。しかし以前と違って少し高くて嫌に澄んだ声が私の耳に溶け込んだ。

「こんな所で、どうしたの? っていうかなにそのお酒の量?」

 指さしてしまった、須崎が手に持つかご。

 私が指摘すると、彼女はさっと自分の後ろにそれを隠して半歩後ろに下がった。

「さ、さぁー? なんでしょうか。あ、ちょっと失礼しますねー」

 しどろもどろになりながら、この場を去ろうとする彼女。私はその腕を掴んで引き留めていた。

「まあ、そう逃げなさんな」

「ちょ、ちょっと、急用がー」

「少しくらい良いでしょ?」

 唯一見えている口がパクパクと鯉のように動いている。

「ねえ、これから暇? ちょっと、お酒好きなら付き合ってよ」

「あ、え? ええ?」

 困惑する彼女を無理やり引き連れ、というか彼女の家に案内させて、私はまんまとやけ酒に付き合わせる哀れなスケープゴートを手に入れた。

 ひどく動揺する彼女はしきりに自分の家は汚いだの、狭いだの、とても人をお招きできないゴミ屋敷だと言って私を追い返そうとしたが、すでに私は彼女の事が気になり始めていた。

 会社ではぼそぼそとと小声でしゃべり、猫背で縮こまっている姿は、卑屈で見ているだけでどうにもいらいらしていた。

 それが今はちゃんと聞こえる声でしゃべるし、なにより心地よいくらいの声を聞かせてくれている。

 姿勢だってしゃんと伸びているし、首から上以外は全然別人である。

「そんな事より、会社と雰囲気違い過ぎない?」

「え? そうですかぁ?」

 大量の酒瓶が入った重いエコバックを肩にかけた彼女は小首を傾げる。ひ弱そうに見えていたが、そんな事はないらしい。

 ふりふりと動く首と、揺れる髪の毛がよく目につく。こんなにひらひら動いていれば、会社でも印象がだいぶ違うだろうに。

「ええ。全然」

「そうですかねぇ?」

 んーと細い顎に指を充てながら考えるのは、少し演技っぽいが、まあ悪くない。声が可愛らしいので大概は許せる。

「あ、眠たかったからですかね? お仕事してる時って、いっつも眠たくてぼーとしちゃうんですよ」

「ちょ、最悪じゃない」

「ミスはしてないから大丈夫です」

「まあ、たしかに貴女がミスしてる所なんて見たことがないけど」

「チェックだけは何回もしてますから」

 そう。とつぶやいて、自信満々に胸の前で腕を上げる彼女。いちいちあざとい。
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