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魔性の生き物(2)
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「遅い」
「も、申し訳ありません……」
広間へ行くとカトルが仁王立ちになって待ち構えていた。
昨日はアルベールと口論をしていたから特別機嫌が悪いのだと思っていたが、どうやらこのしかめっ面が彼の平素らしい。
銀髪に金の瞳を携えたその顔は精巧に作られた硝子細工のように美しいが、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたその表情にはかなりの威圧感がある。
ギロリと頭上から睨まれ、レナは小さな体をいっそう縮こまらせて頭を下げた。
カトルはそんな彼女をじっと見下ろしていたが、突然、ふと何かに気付いた様子で腰を屈めて顔を近付けてきた。
「ん? お前……」
「は、はい……!?」
顔を上げると思っていた以上に彼の顔が近くにあって、レナは驚いて一歩後ずさった。するとカトルもレナに更に一歩近付き、彼女の首元の辺りですんと鼻を鳴らす。
においを嗅がれているのだと気付いて、レナはいっそう身体を小さくさせた。着替える時に身体は綺麗に拭いてきたが、ここまで走ってきたので汗臭いのかもしれない。
「あ、の……」
「なんだ、もう『食事係』の仕事をしたのか」
「!」
カトルの口から出た思わぬ指摘に、レナは驚いて顔を上げた。
「どっ、どうして……」
「俺は鼻が良いからな。お前の肌からアルベール様の匂いがする」
レナは羞恥で顔が熱くなった。
よく考えてみれば、食事係の本当の意味をカトルは知っているのだから、主人の食事の度にレナがしなくてはならないことも分かっていて当然だ。
しかし何だか、秘め事を知られてしまったようで恥ずかしい。
「ふん。それで、務めはちゃんと果たせたのか?」
「……え、えっと……おそらく……」
レナは小さな声で答えた。
昨夜アルベールは確かにレナの血を飲んだし、美味しいとも言っていた。けれども無我夢中だった彼女は、しっかり主人に奉仕できたかと問われれば、自信を持って「はい」とは答えられなかった。
食事中はされるがままであった上に、最後は気を失ってしまったのだ。
最終的にどんな評価を彼がレナに下したのかは、分からなかった。
俯く彼女に、カトルは尚もすんすんと鼻を近付けてきた。拒む事も出来ず、彼女は小動物のように震えながら目を瞑って羞恥に耐える。
その様子を見て、カトルはまた昨日と同じく小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「はっ! おそらく、か。……まぁ良い。『素質』は十分あるようだしな」
「……?」
レナが不思議そうにカトルを見返すと、彼はくるりと踵を返して歩き出した。
「これから屋敷の中を案内する。ついてこい」
「は、はい!」
彼女はハッキリと仕事が出来たと胸を張って言えなかった事について、カトルからお咎めが無かった事に安堵した。次からはちゃんと「はい」と答えられるようにしなくては、と生真面目に思う。
その間にも、カトルはスタスタと先へ歩いて行った。
広い屋敷の中は案内がなければすぐに迷子になってしまいそうだ。レナは黄色のドレスのスカートをひらめかせながら、小走りでカトルの背中を追いかけて行った。
最初に連れて来られたのは屋敷の地下であった。
棟の地下一帯が全てキッチンになっており、調理場の奥には洗い場、貯蔵庫、それから保存食を保管するスペースがある。食器棚には何百という数の様々な食器が種類ごとに並べられ、壁には用途に合わせた調理器具が掛けられていた。
街のレストランの厨房よりもずっと広くて立派な設備である。
「あの、カトル様……」
「なんだ」
それを見て、レナは昨日からずっと不思議に思っていたことを口にした。
「他の使用人の方たちは何処にいらっしゃるのでしょうか?」
これだけの量と種類の調理用具類を管理するには、かなりの人手が必要なはずである。それなのに、広いキッチンには人影一つも見当たらなかった。
否、キッチンどころか、レナはこの屋敷に入ってから一度もアルベールとカトル以外の人影を見ていなかったのだ。
レナの至極当然とも言える質問に、カトルは眉間の皺をますます深くして苦々しげに答えた。
「……いない」
「え?」
「お前が来る前に、何を思ったのかアルベール様が全員解雇したからな」
「えええ?」
レナは素っ頓狂な声を上げた。
確かに昨日、彼らは人手が無いとか言った風な話をしていた。使用人の誰かが辞めてしまったのだろうか、と呑気に他人事のように思っていたが、まさかこれだけ広い屋敷の使用人が全員解雇になってしまっていただなんて。
あまりに突拍子の無い事実に、レナは思考が追いつかない。
食器棚の食器の数を見れば、何十人もの使用人が居たことは容易に想像できた。穴埋めをするのは、当然ここに残っている者である。
「だから言っただろう。やることは山ほどあると」
彼女は昨日のカトルの呟きを思い出した。
「そ、そうは言いましても……本当に、他に誰もいらっしゃらないのですか?」
「いない。この屋敷には俺たち三人だけだ」
そうハッキリ断言され、レナは呆然と目の前に広がるキッチンを見渡した。
屋敷に三人と言っても、アルベールは雇い主なのだから、実質は二人でこの屋敷の仕事をこなさなくてはならないということである。この場所を管理するだけでも膨大な時間と労力がかかりそうだが、屋敷には部屋や設備がまだまだ沢山あるはずだ。本来なら数十人、いや、数百人で回す仕事である。いくらなんでも無謀すぎるのではないだろうか。
彼女の思考を読んで、カトルは更に付け加えた。
「アルベール様の突飛な行動は今に始まったことじゃないからな。あの方の考えることは全く分からん。……とは言え、流石にこのまま二人だけで全ての仕事をこなせるとは俺も思っていない。その内人員補充はするから、それまではオールワークスとして働け」
「は、はい……!」
「幸い……でもないが、元々アルベール様は交流嫌いでここには来客も晩餐会の類も殆ど無い。お前は必要最低限の家事と食事係の仕事だけこなせばそれで良い」
「わ、わかりました」
「食事」という単語を聞いて、レナはドキリとした。
脳内に昨夜の光景が過ぎって、反射的に子宮がきゅんと疼く。
彼女はまるでよく躾られた犬のように、既に身体が「食事」に反応する様になってしまっていた。カトルがキッチン用具の場所や使い方の説明を始めたが、尿意にも似た下腹部のもどかしさに襲われ、レナは気がそぞろになってしまった。
彼に気付かれないようにもじもじとスカートの中で股を擦り合わせると、下着の中で擦れた恥裂からくちゅんと音がする。
「…………ッ……、」
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
「ッ! は、い!」
「……ちっ。説明は一回しかしないからな。余計な考え事はするな」
「も、申し訳ありません……」
レナは熱っぽい瞳を潤ませながら懸命にカトルの説明を聞いた。しかし、どうしても言葉は耳を通り抜けてしまい頭に入ってこない。
代わりに脳内を支配するのは、食事中の乱れた自分とアルベールの姿であった。
(こんな時に私は何を……)
彼女は自身のふしだらな思考を頭を振って追い払った。今朝の自慰行為といい、昨夜から身体が変だ。ギュッとエプロンを握りしめ、カトルの言葉に集中する。
「ここの説明は以上だ」
「は、い……。あ、ありがとう……ございます」
一通りの説明が終わるとカトルはくるりとキッチンの出入口へ踵を返した。
「……次の場所に行くぞ」
「は、はい……!」
(だめ、ちゃんとお仕事に集中しなきゃ……)
パタパタと小走りでカトルの後を追いかけるレナの太腿からは、汗ではない一筋の透明な液体がたらりと垂れていた。
「も、申し訳ありません……」
広間へ行くとカトルが仁王立ちになって待ち構えていた。
昨日はアルベールと口論をしていたから特別機嫌が悪いのだと思っていたが、どうやらこのしかめっ面が彼の平素らしい。
銀髪に金の瞳を携えたその顔は精巧に作られた硝子細工のように美しいが、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたその表情にはかなりの威圧感がある。
ギロリと頭上から睨まれ、レナは小さな体をいっそう縮こまらせて頭を下げた。
カトルはそんな彼女をじっと見下ろしていたが、突然、ふと何かに気付いた様子で腰を屈めて顔を近付けてきた。
「ん? お前……」
「は、はい……!?」
顔を上げると思っていた以上に彼の顔が近くにあって、レナは驚いて一歩後ずさった。するとカトルもレナに更に一歩近付き、彼女の首元の辺りですんと鼻を鳴らす。
においを嗅がれているのだと気付いて、レナはいっそう身体を小さくさせた。着替える時に身体は綺麗に拭いてきたが、ここまで走ってきたので汗臭いのかもしれない。
「あ、の……」
「なんだ、もう『食事係』の仕事をしたのか」
「!」
カトルの口から出た思わぬ指摘に、レナは驚いて顔を上げた。
「どっ、どうして……」
「俺は鼻が良いからな。お前の肌からアルベール様の匂いがする」
レナは羞恥で顔が熱くなった。
よく考えてみれば、食事係の本当の意味をカトルは知っているのだから、主人の食事の度にレナがしなくてはならないことも分かっていて当然だ。
しかし何だか、秘め事を知られてしまったようで恥ずかしい。
「ふん。それで、務めはちゃんと果たせたのか?」
「……え、えっと……おそらく……」
レナは小さな声で答えた。
昨夜アルベールは確かにレナの血を飲んだし、美味しいとも言っていた。けれども無我夢中だった彼女は、しっかり主人に奉仕できたかと問われれば、自信を持って「はい」とは答えられなかった。
食事中はされるがままであった上に、最後は気を失ってしまったのだ。
最終的にどんな評価を彼がレナに下したのかは、分からなかった。
俯く彼女に、カトルは尚もすんすんと鼻を近付けてきた。拒む事も出来ず、彼女は小動物のように震えながら目を瞑って羞恥に耐える。
その様子を見て、カトルはまた昨日と同じく小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「はっ! おそらく、か。……まぁ良い。『素質』は十分あるようだしな」
「……?」
レナが不思議そうにカトルを見返すと、彼はくるりと踵を返して歩き出した。
「これから屋敷の中を案内する。ついてこい」
「は、はい!」
彼女はハッキリと仕事が出来たと胸を張って言えなかった事について、カトルからお咎めが無かった事に安堵した。次からはちゃんと「はい」と答えられるようにしなくては、と生真面目に思う。
その間にも、カトルはスタスタと先へ歩いて行った。
広い屋敷の中は案内がなければすぐに迷子になってしまいそうだ。レナは黄色のドレスのスカートをひらめかせながら、小走りでカトルの背中を追いかけて行った。
最初に連れて来られたのは屋敷の地下であった。
棟の地下一帯が全てキッチンになっており、調理場の奥には洗い場、貯蔵庫、それから保存食を保管するスペースがある。食器棚には何百という数の様々な食器が種類ごとに並べられ、壁には用途に合わせた調理器具が掛けられていた。
街のレストランの厨房よりもずっと広くて立派な設備である。
「あの、カトル様……」
「なんだ」
それを見て、レナは昨日からずっと不思議に思っていたことを口にした。
「他の使用人の方たちは何処にいらっしゃるのでしょうか?」
これだけの量と種類の調理用具類を管理するには、かなりの人手が必要なはずである。それなのに、広いキッチンには人影一つも見当たらなかった。
否、キッチンどころか、レナはこの屋敷に入ってから一度もアルベールとカトル以外の人影を見ていなかったのだ。
レナの至極当然とも言える質問に、カトルは眉間の皺をますます深くして苦々しげに答えた。
「……いない」
「え?」
「お前が来る前に、何を思ったのかアルベール様が全員解雇したからな」
「えええ?」
レナは素っ頓狂な声を上げた。
確かに昨日、彼らは人手が無いとか言った風な話をしていた。使用人の誰かが辞めてしまったのだろうか、と呑気に他人事のように思っていたが、まさかこれだけ広い屋敷の使用人が全員解雇になってしまっていただなんて。
あまりに突拍子の無い事実に、レナは思考が追いつかない。
食器棚の食器の数を見れば、何十人もの使用人が居たことは容易に想像できた。穴埋めをするのは、当然ここに残っている者である。
「だから言っただろう。やることは山ほどあると」
彼女は昨日のカトルの呟きを思い出した。
「そ、そうは言いましても……本当に、他に誰もいらっしゃらないのですか?」
「いない。この屋敷には俺たち三人だけだ」
そうハッキリ断言され、レナは呆然と目の前に広がるキッチンを見渡した。
屋敷に三人と言っても、アルベールは雇い主なのだから、実質は二人でこの屋敷の仕事をこなさなくてはならないということである。この場所を管理するだけでも膨大な時間と労力がかかりそうだが、屋敷には部屋や設備がまだまだ沢山あるはずだ。本来なら数十人、いや、数百人で回す仕事である。いくらなんでも無謀すぎるのではないだろうか。
彼女の思考を読んで、カトルは更に付け加えた。
「アルベール様の突飛な行動は今に始まったことじゃないからな。あの方の考えることは全く分からん。……とは言え、流石にこのまま二人だけで全ての仕事をこなせるとは俺も思っていない。その内人員補充はするから、それまではオールワークスとして働け」
「は、はい……!」
「幸い……でもないが、元々アルベール様は交流嫌いでここには来客も晩餐会の類も殆ど無い。お前は必要最低限の家事と食事係の仕事だけこなせばそれで良い」
「わ、わかりました」
「食事」という単語を聞いて、レナはドキリとした。
脳内に昨夜の光景が過ぎって、反射的に子宮がきゅんと疼く。
彼女はまるでよく躾られた犬のように、既に身体が「食事」に反応する様になってしまっていた。カトルがキッチン用具の場所や使い方の説明を始めたが、尿意にも似た下腹部のもどかしさに襲われ、レナは気がそぞろになってしまった。
彼に気付かれないようにもじもじとスカートの中で股を擦り合わせると、下着の中で擦れた恥裂からくちゅんと音がする。
「…………ッ……、」
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
「ッ! は、い!」
「……ちっ。説明は一回しかしないからな。余計な考え事はするな」
「も、申し訳ありません……」
レナは熱っぽい瞳を潤ませながら懸命にカトルの説明を聞いた。しかし、どうしても言葉は耳を通り抜けてしまい頭に入ってこない。
代わりに脳内を支配するのは、食事中の乱れた自分とアルベールの姿であった。
(こんな時に私は何を……)
彼女は自身のふしだらな思考を頭を振って追い払った。今朝の自慰行為といい、昨夜から身体が変だ。ギュッとエプロンを握りしめ、カトルの言葉に集中する。
「ここの説明は以上だ」
「は、い……。あ、ありがとう……ございます」
一通りの説明が終わるとカトルはくるりとキッチンの出入口へ踵を返した。
「……次の場所に行くぞ」
「は、はい……!」
(だめ、ちゃんとお仕事に集中しなきゃ……)
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