籠の鳥

橘 薫

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語られる真実

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 心の奥から何かが溢れていく。表面張力ギリギリで保っていたものは、ほんのわずかな刺激で怒涛の流れへと変わる。熱い。滾る何か。それは怒りなんだろうか、それとも違う何かなのか。
 わたしは手枷を嵌めたままアイマスクをむしり取った。真っ暗な世界から突然、薄闇とはいえども眩しい光で満ちた世界へと変わる。わたしには永遠に手に入らない光。永遠に手に入らないのだと諦めたのだ。妻子ある人を愛してしまったあの日から、家庭とか家族とか、平和で幸せで暖かなもののことは、諦めたのだ。

 ふらり、と立ち上がった。まだ間に合う。玄関のドアが開く音がした。早く、早く。小走りに向かう。手枷を外す暇なんかない、もういっそ、このままで。わたしは永遠に繋がれていたかったのだから。

「美彩、さ……!?」
 振り向いた一真くんの、驚いた顔。その顔が瞬間、恐怖に引き歪む。わたしの両腕は彼の頭を抱え、交差した両手首は彼の首を強く締め上げた。
「ひっ……」
 息を呑む音。手首に食い込む一真くんの指。痛い。痛い。強い力。華奢でか弱そうに見えても彼だって男なのだ。女のわたしとは作りがまるで違うのだ。
「あうっ」
 捻りあげられた手首。手枷が食い込む。皮が破れる。赤い血。滴ればまだ、この罪を償えただろうか。

 げほっ、と一真くんが咳き込む。捻られたわたしの手首をそのまま掴み、彼はわたしを揺さぶった。無抵抗の、まだ首の据わらない赤ん坊のように、わたしの体はがくがくと揺れた。

「やめてください! 美彩さんを嫌いたくないんだ!」
「なんでよ! あなたの親友を悲しませたのよ? 悲しませて、彼女の父親への信頼を奪ったのよ!? なのにどうして嫌わないのよ! わたしがいなければ、ちひろさんは父親に失望しないで済んだのに!」
「そんなこと言わないでくださいよ!」

 一真くんがまたわたしの腕を掴んで揺さぶった。揺らされながらわたしは泣いた。止めどなく流れる涙。鼻水と涙を垂らし、嗚咽が漏れる。半ばはだけた服のままで、両手の自由を奪われたままで。
 この状態をマンションの他の住人が見たら、警察に通報するだろうか、と頭に掠めた。この状態だけを見たら、一真くんは捕まってしまうかもしれない、でも、そんなのどうでもいい。そう、どうでもいいのだ……あの男は、神崎はもういない。
 見えない鎖でわたしを繋いでいたあの男は、勝手にこの世から消えたのだ。わたしはそれを知らないまま、籠の中で彼のことを思い続けていた。籠の扉は開いていて、いつでも外に羽ばたけたのに。わたしは自分の意思で、中に留まり続けたのだ。

ーー了ーー
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