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馴れ合いは傲慢となる
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仕事始めの日、後輩たちからのランチの誘いを断って、自分のデスクでお弁当を広げる。
「女性が作ったっぽくなったかどうか、自信ないですけど」と、照れ臭そうに手渡されたそれは、通勤の間も午前中の業務の間もわたしの心の片隅にあって、早く昼休みが来ないかと心待ちにしていた。
お弁当箱はわたしが何年か前まで使っていた曲げわっぱだ。フロアから人がいなくなるのを見計らい、蓋を開ける。
「……いいんじゃない?」
思わず独り言が出るほど、ちゃんとお弁当だった。
一真くんが作ってくれたのは鶏そぼろ弁当だった。甘辛く味付けされた鶏ひき肉と、ほんのり甘めな炒り卵が乗ったご飯。端にはミニトマトとブロッコリーが入っていて、小さなマヨネーズのパックまでついていた。
一口食べてみると、味付けは少々濃いけれども美味しい。男の子だし、若いし、濃い味付けが好きなんだろう。普段の食事も、そう言えば味は濃いめな気がする。
「あれ、篠井ちゃん弁当なの? 珍しいね」
声に振り向くと、同僚の木村くんが立っていた。みんな昼休みで出て行ったと思ってたのに……うかつな自分に心の中で舌打ちする。
「えー、なになに、そぼろ弁当? うまそう! 篠井ちゃん料理する人なんだ?」
木村くんは、決して嫌いではないけれども少々軽いのが玉に瑕。話したくない時に限って話しかけてくるタイミングの悪さもあって、あまり親しくなるつもりはなく、いつも上辺の会話で終わってる。
「まぁ、少しはね。一人暮らしも長いし」
「へぇ、料理する人って良いよねぇ。オレも最近料理するんだけどさ、今度教えてよ」
え、という戸惑いが顔に出てしまったのかもしれない。そこにすかさず、木村くんは畳み掛けてきた。
「あ、もしかして彼氏の手作り弁当とか? 篠井ちゃんのことだから年下のイケメンにめっちゃ尽くさせてたりして」
いつもならさらりと躱せるはずなのに、どうしてなのか。今までしてきたように上辺だけの会話で、この場をやり過ごせば良いのに、わたしはバツが悪いような気がして黙ってしまった。
「え、あれ……もしかして、マジ?」
「ち、がうよ。同居してる子が、作ってくれて」
「同居? 彼氏じゃなくて?」
何を素直になってしまったのか。同居してる子、なんて言ったら追及されるに決まってるじゃないか。
うんともううんとも反応しないわたしを、木村くんはからかうように見た。
「ツバメ? それともヒモ?」
「やめてよ。そういうのじゃないから」
「ふぅん、ま、良いけどさ」
じゃあその人にそぼろ弁当の作り方、教わっといて。そんでオレに教えて。
そんなことを言って木村くんは「腹減った」と言いながら去っていった。
「は……」
思わずため息をついた。なんでこんなに焦ったのか、何も言えず頭の中が真っ白になってしまったのか。
食べかけのお弁当を見ると、一真くんの今朝の様子を思い出す。せっかく作ってくれたんだから食べなくちゃ、と箸を動かす。なのに急に味がしなくなったように感じて、わたしは機械的にお弁当を食べ続けた。
「女性が作ったっぽくなったかどうか、自信ないですけど」と、照れ臭そうに手渡されたそれは、通勤の間も午前中の業務の間もわたしの心の片隅にあって、早く昼休みが来ないかと心待ちにしていた。
お弁当箱はわたしが何年か前まで使っていた曲げわっぱだ。フロアから人がいなくなるのを見計らい、蓋を開ける。
「……いいんじゃない?」
思わず独り言が出るほど、ちゃんとお弁当だった。
一真くんが作ってくれたのは鶏そぼろ弁当だった。甘辛く味付けされた鶏ひき肉と、ほんのり甘めな炒り卵が乗ったご飯。端にはミニトマトとブロッコリーが入っていて、小さなマヨネーズのパックまでついていた。
一口食べてみると、味付けは少々濃いけれども美味しい。男の子だし、若いし、濃い味付けが好きなんだろう。普段の食事も、そう言えば味は濃いめな気がする。
「あれ、篠井ちゃん弁当なの? 珍しいね」
声に振り向くと、同僚の木村くんが立っていた。みんな昼休みで出て行ったと思ってたのに……うかつな自分に心の中で舌打ちする。
「えー、なになに、そぼろ弁当? うまそう! 篠井ちゃん料理する人なんだ?」
木村くんは、決して嫌いではないけれども少々軽いのが玉に瑕。話したくない時に限って話しかけてくるタイミングの悪さもあって、あまり親しくなるつもりはなく、いつも上辺の会話で終わってる。
「まぁ、少しはね。一人暮らしも長いし」
「へぇ、料理する人って良いよねぇ。オレも最近料理するんだけどさ、今度教えてよ」
え、という戸惑いが顔に出てしまったのかもしれない。そこにすかさず、木村くんは畳み掛けてきた。
「あ、もしかして彼氏の手作り弁当とか? 篠井ちゃんのことだから年下のイケメンにめっちゃ尽くさせてたりして」
いつもならさらりと躱せるはずなのに、どうしてなのか。今までしてきたように上辺だけの会話で、この場をやり過ごせば良いのに、わたしはバツが悪いような気がして黙ってしまった。
「え、あれ……もしかして、マジ?」
「ち、がうよ。同居してる子が、作ってくれて」
「同居? 彼氏じゃなくて?」
何を素直になってしまったのか。同居してる子、なんて言ったら追及されるに決まってるじゃないか。
うんともううんとも反応しないわたしを、木村くんはからかうように見た。
「ツバメ? それともヒモ?」
「やめてよ。そういうのじゃないから」
「ふぅん、ま、良いけどさ」
じゃあその人にそぼろ弁当の作り方、教わっといて。そんでオレに教えて。
そんなことを言って木村くんは「腹減った」と言いながら去っていった。
「は……」
思わずため息をついた。なんでこんなに焦ったのか、何も言えず頭の中が真っ白になってしまったのか。
食べかけのお弁当を見ると、一真くんの今朝の様子を思い出す。せっかく作ってくれたんだから食べなくちゃ、と箸を動かす。なのに急に味がしなくなったように感じて、わたしは機械的にお弁当を食べ続けた。
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