籠の鳥

橘 薫

文字の大きさ
上 下
41 / 65
馴れ合いは傲慢となる

6

しおりを挟む
 仕事始めの日、後輩たちからのランチの誘いを断って、自分のデスクでお弁当を広げる。

「女性が作ったっぽくなったかどうか、自信ないですけど」と、照れ臭そうに手渡されたそれは、通勤の間も午前中の業務の間もわたしの心の片隅にあって、早く昼休みが来ないかと心待ちにしていた。

 お弁当箱はわたしが何年か前まで使っていた曲げわっぱだ。フロアから人がいなくなるのを見計らい、蓋を開ける。
「……いいんじゃない?」
 思わず独り言が出るほど、ちゃんとだった。

 一真くんが作ってくれたのは鶏そぼろ弁当だった。甘辛く味付けされた鶏ひき肉と、ほんのり甘めな炒り卵が乗ったご飯。端にはミニトマトとブロッコリーが入っていて、小さなマヨネーズのパックまでついていた。
 一口食べてみると、味付けは少々濃いけれども美味しい。男の子だし、若いし、濃い味付けが好きなんだろう。普段の食事も、そう言えば味は濃いめな気がする。

「あれ、篠井ちゃん弁当なの? 珍しいね」
 声に振り向くと、同僚の木村くんが立っていた。みんな昼休みで出て行ったと思ってたのに……うかつな自分に心の中で舌打ちする。
「えー、なになに、そぼろ弁当? うまそう! 篠井ちゃん料理する人なんだ?」
 木村くんは、決して嫌いではないけれども少々軽いのが玉に瑕。話したくない時に限って話しかけてくるタイミングの悪さもあって、あまり親しくなるつもりはなく、いつも上辺の会話で終わってる。

「まぁ、少しはね。一人暮らしも長いし」
「へぇ、料理する人って良いよねぇ。オレも最近料理するんだけどさ、今度教えてよ」
 え、という戸惑いが顔に出てしまったのかもしれない。そこにすかさず、木村くんは畳み掛けてきた。
「あ、もしかして彼氏の手作り弁当とか? 篠井ちゃんのことだから年下のイケメンにめっちゃ尽くさせてたりして」

 いつもならさらりと躱せるはずなのに、どうしてなのか。今までしてきたように上辺だけの会話で、この場をやり過ごせば良いのに、わたしはバツが悪いような気がして黙ってしまった。

「え、あれ……もしかして、マジ?」
「ち、がうよ。同居してる子が、作ってくれて」
「同居? 彼氏じゃなくて?」
 何を素直になってしまったのか。同居してる子、なんて言ったら追及されるに決まってるじゃないか。

 うんともううんとも反応しないわたしを、木村くんはからかうように見た。
「ツバメ? それともヒモ?」
「やめてよ。そういうのじゃないから」
「ふぅん、ま、良いけどさ」

 じゃあその人にそぼろ弁当の作り方、教わっといて。そんでオレに教えて。
 そんなことを言って木村くんは「腹減った」と言いながら去っていった。
「は……」
 思わずため息をついた。なんでこんなに焦ったのか、何も言えず頭の中が真っ白になってしまったのか。

 食べかけのお弁当を見ると、一真くんの今朝の様子を思い出す。せっかく作ってくれたんだから食べなくちゃ、と箸を動かす。なのに急に味がしなくなったように感じて、わたしは機械的にお弁当を食べ続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

研修医と指導医「SМ的恋愛小説」

浅野浩二
恋愛
研修医と指導医「SМ的恋愛小説」

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

処理中です...