籠の鳥

橘 薫

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馴れ合いは傲慢となる

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 一真くんは二日からが仕事始め。わたしは七日まで休みだと言ったら、彼はあからさまに「いいなぁ」と口を尖らせて羨ましがった。
「一応福利厚生がしっかりしてる会社だからね。組合もあるし」
「僕も正社員になりたいんですよね。今のところ、正社員登用試験が春にあるんで、それは受けるつもりでいます」
「そっか。がんばってね」

 はい、と頷く一真くんを見ていると、なんとなく気持ちが癒される。他者との関係でこんな穏やかな気持ちになれたのはいつぶりだろう。

 友達、同僚、恋人、家族……いつも、どこかで壁を作っていた。
 けれども、一真くんはなんとなく違う気がした。壁はあるけれども、明らかに薄いのだ。その壁は向こう側の気配が伝わってきて、その気配が煩くない、邪魔にならない。あることを忘れてしまう時もあれば、一真くんの存在自体を忘れてしまう時もある。

 実際、彼の、わたしの家での存在感は希薄だった。
 荷物は大きめの段ボール二つの中にコンパクトにまとめている。そこいら中に出しっぱなし、ということをしない。
 一度、荷物はそれで全部なのかと聞いたことがある。一真くんは当たり前だというように頷いて言ったのだ。「本当に必要なものって、大してないんです」と。

 それでも、生活をしていれば何かしら増えてくるはずだ。でもそれを感じさせない。常に断捨離でもしているのだろうか。
 一度、不思議に思って聞いたことがある。一真くんはあっけらかんと「スマホで全部済ませてますんで。漫画も音楽も映画も、スマホがあれば問題ないです」と言う。
 じゃあなくしたら困るね、というと「マジで困りますね。この中、僕の全てが入ってるんで」と頷いた。

 そんな彼に、ふと、大したものだはないけれどもあげたら喜ぶだろうか、なんて思ってしまったのだ。一真くんがいなくなったら、わたしが使えるもの。いつまでかはわからないけど、いつかはいなくなる彼が、わたしの部屋にいる間は便利に使えるものーー。
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