籠の鳥

橘 薫

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性癖

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 一度シャワーをし、着替え、改めてメイクして荷物を入れた小さめのカートを持つと、いつもは使わない電車に乗る。あのサービスを利用するようになってから定期で利用するようになったホテルは、海が近くて目の前がひらけたロケーションなのが気に入っている。
 ホテルの方も弁えたもので、女一人のチェックインでもまったく驚かれないし怪しい目でも見られない。部屋に落ち着き、店に部屋番号を連絡して、待つ。

 新人だと言っていたけれども、どこまで対応できるかどうか。反応が良い子なら、また買ってもいいかな、などと思いを巡らせていると時間ぴったりに部屋の呼び鈴が鳴った。

「どうぞ、中に入って」
 チラリ、と姿を確認する。あ、れ……どこかで、会ったことが……。
 彼の方も、驚いた顔でわたしを見ている。
高くも低くもない背。細身の体。黒髪、そして印象的な、ミステリアスな瞳。

「美彩、さん」
「一真くん……」
 ハッと我に返る。こんな失態、初めてだ。
「ごめん、キャンセル」
「え、あの。僕じゃ、気に入りませんか」
「そういうことじゃなくて」
 知ってる人が来るなんてあり得ない。二十代前半の男性しか登録していない店を探したのは、わたしにはその年頃の知り合いがいなかったからで、今まではそれでやってこれたのだ。
 なのに、うっかりと知り合ってしまった……彼に、お金を貸したばかりに。

「困ります。キャンセルされたら僕、今夜お金が入らないです。他の客、今日はついてないんで稼ぎがゼロになる」
「そんなこと言われても」
「他言しません。お願いします」
 知らない相手だからこそ、日常で出会わない相手だからこそどんなプレイもできたし、わたしは「篠井美彩」ではない、別の人間として彼らと接することができた。
 なのに、彼……河原一真は、篠井美彩としてのわたしを知っているどころか、わたしがどこに住んでいるのかも知ってしまっている。

「お願いします、本当に困るんで」
 少し垂れ目がちの目を、アイラインで引き上げているのだろうか。その目を見ていたら、また実家で飼っていた犬を思い出してしまう。

「わかった。じゃあ今回だけ」
 一真くんの目がパッと輝く。これから彼にさせるプレイを思うと、少し胸が痛む。
「わたしに何か少しでも不利なことがあったら、すぐにお店に連絡するから」
「分かってます」
 一真くんはきりっとした顔で頷いた。
 
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