籠の鳥

橘 薫

文字の大きさ
上 下
1 / 65
性癖

しおりを挟む
 昨日、三十五歳になった。祝う人はいらないし、甘党じゃないからケーキもいらない。いつもは買わない良いお酒とおつまみで、一人きりで祝った誕生日。
 寂しくないのかと言われれば、若干の寂しさはあった。けれども、友達はメールや電話をくれたし、同僚や後輩はギフトカードを送ってくれた。
 誰からも思い出してもらえなかったわけじゃない。長い間恋人もいないし、親友と呼べるような友達もいない。上辺だけ、深入りしない関係だけで充分だ。

 一人で祝う誕生日は悪酔いするわけでもなく、暴食することもない。いつもと変わらずに翌日は出社して仕事をこなす。わたしの特別な誕生日は、誰かの全く特別ではないありきたりの平日なのだ。

 昨日のお酒、美味しかったなと思い出しながら家路を急ぐ。秋の長雨、底冷えのする季節。早く部屋で暖まりたかった。
 マンションの入り口に、黒いパーカーを被った男がいた。誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。こういうときは気をつけないと。

 男の様子をチラチラと見ながらオートロックの鍵を差し込む。エントランスが開いたときに一緒に入られたら面倒だから素早く行動しよう。
「あの」
 声をかけられて身構える。ナンパだったら無視しなければ。
「あの、お願いがあるんです」
 パーカーの下の顔はまだ幼さが残っている。歳の頃は十代、もう少しいってるとしても二十代前半だろう。高くも低くもない身長。目にかかる癖のない黒い髪。そしてその下に光る……目が、美しい。
「あの、ぼく、その……、お金、なくって」
「はい?」
「部屋、入れてもらえませんか」

 あほか、と思う。こんな声の掛け方で部屋に入れてくれる人などいないだろう。ましてやこの子よりは遥かに年上、おそらくこの年代からはおばさん呼ばわりされるわたしだって、知らない男を家にあげる危険性は熟知している。

「誰か知ってる人がここに住んでるの?」
「いえ、違います。雨降ってきたからここで雨宿りをしただけで」
「お金がないって、どういうこと」
「財布、忘れちゃって」
 はにかむ様に言う彼は、年相応に見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

研修医と指導医「SМ的恋愛小説」

浅野浩二
恋愛
研修医と指導医「SМ的恋愛小説」

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

処理中です...