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そよよ
第6話
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休日、僕はミコと買い物に出かける事にした。とは言え、何を買うべきかは決まっていない。というか、そもそも別に、有香と彼女の誕生日に逢うような約束をしている訳でもないのだが。
「大丈夫だよ」駅に向かう道すがら、ミコが言った。「きっと、あの娘、誕生日にキミに会いたいって連絡してくると思うよ」
僕から連絡するじゃなくって? 向こうから?
「うん、そう思うな~」
なんだかミコは、僕以上に有香の事を理解しているかの様に思える。あれほど有香の事に対して、嫌悪感の様な物を抱いていたのに。
「ああ、そうか」僕が気づいて、言った。「有香は僕のタルパを持ってるんだから、タルパの僕から、連絡するようにそそのかされてる可能性はあるよね」
ミコは微笑みを湛えたまま、無反応だった。という事は、そういう事ではないのかな。もし、ミコが有香に嫉妬をしているのであれば、有香のタルパも、現実の僕に嫉妬している可能性は充分考えられる。だとすると、ミコの確信はどこからくるのか。
駅について、僕は路線図を見上げながら、少しだけ途方に暮れた。今時こうして路線図見上げる人間も、そう多くはなかろう。
「どうしたの?」
ミコが訊いて来た。
「いや…」僕が答えた。「何を買うか決めてないから、どこに行くか決まらないだけ」
僕の言葉に、ミコは、キシシ、と笑った。思えば、彼女がプレゼントを何にするかアドバイスくれるんだから、始めから彼女がどこに行くべきかを指示してくれればよかったのに。
「そうもいかないでしょ」ミコが言った。「だって、それじゃあ、まるでボクがキミを乗っ取ったみたいじゃん」
また、そういう事を言う…。
僕はわざと恨めしそうな目でミコを睨めてから、改札をくぐった。
「思った所に行けばいいよ」ミコが言った。「ボクが、アドバイスをちゃんとしてあげるから」
ちゃんと…って。
「別に、思う所なんてないよ」
僕が言った。
「でも、都心方向の電車に乗るでしょ?」
そりゃあ、まあそうだけれど。
「買い物をするところと言えば、銀座、渋谷、表参道…」
「秋葉原は?」
それって、アドバイス?
「秋葉原は選定外」
僕の言葉に、ミコは舌を出した。
音楽関連なら、御茶ノ水とか池袋に行ってもいいけれど、有香はどちらかというと文学に近い。かといって書籍に関する物とか、なかなか思いつかない。神保町に行けば、古本屋だけでなく、大きな書店もあったと思うけれど…そういう物じゃないよな。
考えながら、僕とミコは都心に向かう電車に乗り込んだ。通勤時間は駅員に無理やり押し込まれるこの電車も、休日昼下がりは比較的空いている。いつも思う。この大都会で、老人や赤児連れは、いつ、どうやって移動しているんだろう、と。そもそも地方の様に、電車に乗って移動しなくても、徒歩圏内であらかた揃ってしまうんだろうか。
ミコは、何が良いと考えてるの?
「秘密」
僕の心の声に、ミコが返答した。
秘密って…それじゃあ、付いてきて貰った意味がないじゃないか。
「そんな事はないよ。ちゃんと誘導してあげるつもり」
誘導? 行くべき場所、買うべき物を、ミコは解ってるって事?
「正確には、違うかな」ミコが言った。「でも、キミが最終的に辿りつく答は解っているし、本当は、ボクが手助けしなくっても、そこに辿りつくんだろうな、という事も解ってるよ」
なんだよ…気分悪いな。だったら、今、答えを教えてくれてもいいじゃないか。
「やだ」ミコが言った。「教えてあげない」
僕は、はぐらかされて少し腹が立ち、無言を決め込む事にした。とは言え、ミコがそういう、という事は、恐らく、僕と有香の共通している過去の記憶にヒントがあるんだろう。ミコは気づいているけれど、僕が気づいていない事…。それって何だろう。昔付き合っていた時に、贈った物とか、何かだろうか。明確に覚えているのは、例の、ティファニーのオープンハートくらいだ。それ以外に何かあげただろうか。お金なんて殆ど持ち歩かなかったから、高価な物を贈った記憶はない。だから、という事でもないけれど、つきあっていた1、2年くらいの間にあげた物に関する記憶が殆どない。演劇の脚本とか、小説とか、何か書いてプレゼントする、様な、寒い事をやっただろうか。厨二病だから、やったかもしれないな。でも、そんなのが答えだったら、今日、ミコと外に出歩く必要はない。
僕は、何の気なしに、ミコの表情を横目に伺いながら、新橋駅で降りた。ん? なんで新橋で降りたんだ? 僕は。
「なんで新橋で降りたんだろう?」
僕は、自問というより、ミコに訊く様に言った。
「そんなの知らないよ」ミコが言った。「キミが勝手に降りたんでしょ?」
そりゃあそうだけれどさ…。
「何か、引き留めるとか、してくれればよかったのに」
僕の言葉にミコは、べえ、と舌を出した。
「キミが自分で考えるのが前提でしょ? 頑張ってよ」
返す言葉もない。曖昧な言葉ではぐらかすミコに、頼り過ぎた。
「大丈夫だよ」駅に向かう道すがら、ミコが言った。「きっと、あの娘、誕生日にキミに会いたいって連絡してくると思うよ」
僕から連絡するじゃなくって? 向こうから?
「うん、そう思うな~」
なんだかミコは、僕以上に有香の事を理解しているかの様に思える。あれほど有香の事に対して、嫌悪感の様な物を抱いていたのに。
「ああ、そうか」僕が気づいて、言った。「有香は僕のタルパを持ってるんだから、タルパの僕から、連絡するようにそそのかされてる可能性はあるよね」
ミコは微笑みを湛えたまま、無反応だった。という事は、そういう事ではないのかな。もし、ミコが有香に嫉妬をしているのであれば、有香のタルパも、現実の僕に嫉妬している可能性は充分考えられる。だとすると、ミコの確信はどこからくるのか。
駅について、僕は路線図を見上げながら、少しだけ途方に暮れた。今時こうして路線図見上げる人間も、そう多くはなかろう。
「どうしたの?」
ミコが訊いて来た。
「いや…」僕が答えた。「何を買うか決めてないから、どこに行くか決まらないだけ」
僕の言葉に、ミコは、キシシ、と笑った。思えば、彼女がプレゼントを何にするかアドバイスくれるんだから、始めから彼女がどこに行くべきかを指示してくれればよかったのに。
「そうもいかないでしょ」ミコが言った。「だって、それじゃあ、まるでボクがキミを乗っ取ったみたいじゃん」
また、そういう事を言う…。
僕はわざと恨めしそうな目でミコを睨めてから、改札をくぐった。
「思った所に行けばいいよ」ミコが言った。「ボクが、アドバイスをちゃんとしてあげるから」
ちゃんと…って。
「別に、思う所なんてないよ」
僕が言った。
「でも、都心方向の電車に乗るでしょ?」
そりゃあ、まあそうだけれど。
「買い物をするところと言えば、銀座、渋谷、表参道…」
「秋葉原は?」
それって、アドバイス?
「秋葉原は選定外」
僕の言葉に、ミコは舌を出した。
音楽関連なら、御茶ノ水とか池袋に行ってもいいけれど、有香はどちらかというと文学に近い。かといって書籍に関する物とか、なかなか思いつかない。神保町に行けば、古本屋だけでなく、大きな書店もあったと思うけれど…そういう物じゃないよな。
考えながら、僕とミコは都心に向かう電車に乗り込んだ。通勤時間は駅員に無理やり押し込まれるこの電車も、休日昼下がりは比較的空いている。いつも思う。この大都会で、老人や赤児連れは、いつ、どうやって移動しているんだろう、と。そもそも地方の様に、電車に乗って移動しなくても、徒歩圏内であらかた揃ってしまうんだろうか。
ミコは、何が良いと考えてるの?
「秘密」
僕の心の声に、ミコが返答した。
秘密って…それじゃあ、付いてきて貰った意味がないじゃないか。
「そんな事はないよ。ちゃんと誘導してあげるつもり」
誘導? 行くべき場所、買うべき物を、ミコは解ってるって事?
「正確には、違うかな」ミコが言った。「でも、キミが最終的に辿りつく答は解っているし、本当は、ボクが手助けしなくっても、そこに辿りつくんだろうな、という事も解ってるよ」
なんだよ…気分悪いな。だったら、今、答えを教えてくれてもいいじゃないか。
「やだ」ミコが言った。「教えてあげない」
僕は、はぐらかされて少し腹が立ち、無言を決め込む事にした。とは言え、ミコがそういう、という事は、恐らく、僕と有香の共通している過去の記憶にヒントがあるんだろう。ミコは気づいているけれど、僕が気づいていない事…。それって何だろう。昔付き合っていた時に、贈った物とか、何かだろうか。明確に覚えているのは、例の、ティファニーのオープンハートくらいだ。それ以外に何かあげただろうか。お金なんて殆ど持ち歩かなかったから、高価な物を贈った記憶はない。だから、という事でもないけれど、つきあっていた1、2年くらいの間にあげた物に関する記憶が殆どない。演劇の脚本とか、小説とか、何か書いてプレゼントする、様な、寒い事をやっただろうか。厨二病だから、やったかもしれないな。でも、そんなのが答えだったら、今日、ミコと外に出歩く必要はない。
僕は、何の気なしに、ミコの表情を横目に伺いながら、新橋駅で降りた。ん? なんで新橋で降りたんだ? 僕は。
「なんで新橋で降りたんだろう?」
僕は、自問というより、ミコに訊く様に言った。
「そんなの知らないよ」ミコが言った。「キミが勝手に降りたんでしょ?」
そりゃあそうだけれどさ…。
「何か、引き留めるとか、してくれればよかったのに」
僕の言葉にミコは、べえ、と舌を出した。
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返す言葉もない。曖昧な言葉ではぐらかすミコに、頼り過ぎた。
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