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わたしだって、セックスしたい
第5話
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まあ、席は空いていた。時間帯の問題なんだろうか、それとも、やっぱりプロモーションの問題なんだろうか。映像的にインパクトがないと、CMとかやってても印象に残らないのは間違いない。というか、そういう類の作品をわざわざ映像にする理由ってなんだんだろ? 僕らみたいな人種からすると、例えば音楽や歌はコミュニケーションの手段だけれど、それが商業的目的や価値に傾倒した場合、メディア形式って、視聴者のアクセスのし易さの違いくらいの価値しかなかったりして。なんて事は、マクルーハンが昔言ってただろうか。
チケットの席番号、結構スクリーンに近いよ。
「そうなんだ。やったね」ミコがはしゃぐ様に言った。「前の方が、映像の迫力を体感できるもんね」
自分で恋愛物が良いって言っておきながら、映像の迫力もないだろうに。
「ま、そうだけどさ」
ヘッドフォンしながら映画観るなんて、できないよ?
「え~。それじゃあ、一緒に観る意味ないじゃん」
だから、どうせこんなに空いてるんだから、一番後ろの席に座ればいいんだよ。
僕の言葉にミコは、ちぇ、と舌打ちをした。
で、一番後ろの席に腰かけたはいいのだけれど、当然ヘッドフォンを両耳にしながら映画を観る事は出来ない、というか、したくない。映画泥棒の段階で、既にサイレンの音が霞んで聴こえるよ。かといって、片耳だけ、2時間近くも抑え続けるのは億劫だ。それに、ポップコーンだって摘まめない。
隣の席にヘッドフォン置いてもいい?
「え~。やだ」
どうせ映画観てる時は、話せないじゃん。
「普通の人たちはね。でも、ボク達は違うよ。話せるもん」
そりゃあ、そうだけれどさ。映画は集中して観たいよ。
「つまんない」ミコはきっと、口を尖らせているだろう。「じゃあさ、なんで皆、デートで映画観に行くんだろうね」
話題を続けなくて済むからだろ、きっと。
僕の言葉に、あ~、なるほど、と呟く様に応答すると、ミコは黙った。それで僕は、ヘッドフォンを外して、隣の空席に置いてやった。
映画自体は…まあ、愚にもつかない、という類ではないが、この手の物語の展開は、わざわざ映像として語られずとも、大体先が見えてしまうし、一日の数分の一の時間を費やす程でもないのだけれど、こういう予定調和的物語の収束を、ターゲットたる視聴者層は望んでいるのだろし、作る側も応えているに過ぎないんだろうな。そして、こういう物に感動できなくなるくらい、僕は現実に毒されているのだろうな、と、少し自虐意識に陥った。この類のコンテンツに素直に感動できれば、僕の人生はもう少し気楽だったに違いない。
気恥ずかしかったので、カップルたち、僕以外は全員カップルだった訳だが、が一人残らず先にホールを出てから、僕はゆっくりとヘッドフォンを装着し、できるだけ涼しい顔でスクリーンを後にした。
「面白かったね!」
入口を出て、映画館と対照的に採光窓からの陽射しに明るいエスカレーターを下りながら、ミコが話しかけて来た。
それは僕の本心? と、心の中でミコに訊いてみた。
「さあ、どうでしょう」ミコはお道化て言った。「心の底では本当に面白いと思ったのかもしれないし、デートだからボクに面白いと思って欲しかったのかもしれないよ」
言われて、僕はわざと不機嫌な顔をした。まあ、表情が彼女に見えるのかは知れないが。
そういう客観的な発言は面白くないな。僕が気づいていない僕の無意識を、君が紐解いてくれるのは嬉しいけれど、持って回ったような言い方をされると、まるで君に支配されているようじゃないか。
「ごめんごめん」ミコが謝ってきた。「気を付けるね」
時々、本当に警戒しないと、タルパ自体が暴走しかねない。そろそろ、ミコの存在について、一定のルールを設けた方がいいんだろうな。彼女の存在を保つためでもあるし、僕自身が自分の精神状態をきちんとコントロールする為にも。
「ねえ」僕が思いを巡らしていると、ミコが言った。「映画を観ながら、考えてたんだけれどさ…」
何を?
「お色気シーン」
それが? 大抵のラブストーリーにはお色気シーンがあるだろ? じゃなきゃ、映画観た後のカップルのスケジュールや思惑が定まらなくなるじゃないか。
「だからさ…」ミコは、明るい口調を崩さずに言った。
「ボクだって、セックスしてみたい、ってこと」
チケットの席番号、結構スクリーンに近いよ。
「そうなんだ。やったね」ミコがはしゃぐ様に言った。「前の方が、映像の迫力を体感できるもんね」
自分で恋愛物が良いって言っておきながら、映像の迫力もないだろうに。
「ま、そうだけどさ」
ヘッドフォンしながら映画観るなんて、できないよ?
「え~。それじゃあ、一緒に観る意味ないじゃん」
だから、どうせこんなに空いてるんだから、一番後ろの席に座ればいいんだよ。
僕の言葉にミコは、ちぇ、と舌打ちをした。
で、一番後ろの席に腰かけたはいいのだけれど、当然ヘッドフォンを両耳にしながら映画を観る事は出来ない、というか、したくない。映画泥棒の段階で、既にサイレンの音が霞んで聴こえるよ。かといって、片耳だけ、2時間近くも抑え続けるのは億劫だ。それに、ポップコーンだって摘まめない。
隣の席にヘッドフォン置いてもいい?
「え~。やだ」
どうせ映画観てる時は、話せないじゃん。
「普通の人たちはね。でも、ボク達は違うよ。話せるもん」
そりゃあ、そうだけれどさ。映画は集中して観たいよ。
「つまんない」ミコはきっと、口を尖らせているだろう。「じゃあさ、なんで皆、デートで映画観に行くんだろうね」
話題を続けなくて済むからだろ、きっと。
僕の言葉に、あ~、なるほど、と呟く様に応答すると、ミコは黙った。それで僕は、ヘッドフォンを外して、隣の空席に置いてやった。
映画自体は…まあ、愚にもつかない、という類ではないが、この手の物語の展開は、わざわざ映像として語られずとも、大体先が見えてしまうし、一日の数分の一の時間を費やす程でもないのだけれど、こういう予定調和的物語の収束を、ターゲットたる視聴者層は望んでいるのだろし、作る側も応えているに過ぎないんだろうな。そして、こういう物に感動できなくなるくらい、僕は現実に毒されているのだろうな、と、少し自虐意識に陥った。この類のコンテンツに素直に感動できれば、僕の人生はもう少し気楽だったに違いない。
気恥ずかしかったので、カップルたち、僕以外は全員カップルだった訳だが、が一人残らず先にホールを出てから、僕はゆっくりとヘッドフォンを装着し、できるだけ涼しい顔でスクリーンを後にした。
「面白かったね!」
入口を出て、映画館と対照的に採光窓からの陽射しに明るいエスカレーターを下りながら、ミコが話しかけて来た。
それは僕の本心? と、心の中でミコに訊いてみた。
「さあ、どうでしょう」ミコはお道化て言った。「心の底では本当に面白いと思ったのかもしれないし、デートだからボクに面白いと思って欲しかったのかもしれないよ」
言われて、僕はわざと不機嫌な顔をした。まあ、表情が彼女に見えるのかは知れないが。
そういう客観的な発言は面白くないな。僕が気づいていない僕の無意識を、君が紐解いてくれるのは嬉しいけれど、持って回ったような言い方をされると、まるで君に支配されているようじゃないか。
「ごめんごめん」ミコが謝ってきた。「気を付けるね」
時々、本当に警戒しないと、タルパ自体が暴走しかねない。そろそろ、ミコの存在について、一定のルールを設けた方がいいんだろうな。彼女の存在を保つためでもあるし、僕自身が自分の精神状態をきちんとコントロールする為にも。
「ねえ」僕が思いを巡らしていると、ミコが言った。「映画を観ながら、考えてたんだけれどさ…」
何を?
「お色気シーン」
それが? 大抵のラブストーリーにはお色気シーンがあるだろ? じゃなきゃ、映画観た後のカップルのスケジュールや思惑が定まらなくなるじゃないか。
「だからさ…」ミコは、明るい口調を崩さずに言った。
「ボクだって、セックスしてみたい、ってこと」
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