間隙のヒポクライシス

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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか

第9話

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「上小田井よ。ヘリが迎えに来たぞ」
「なんとか間に合ったみたいだな。僕がザンギエフに電話をするよ。誘導しないと」
「…花火は、相変わらず開かないままですね。なんか…ぼく、いやな予感がします…」
「それは僕も一緒だよ。でも、今はとにかく、ヘリを待とう」
「鳴海よ…。ザンギエフは、今、俺たちが直面しているスキル者のスキルを知らない。そうだな」
「ああ…そうだけれど…」
「ヘリはあてにするな。それよりも、スキル者がヘリに気をとられている隙に、走って逃げるぞ」
「走るだって? どうして…」
「ねえ、鳴海くん…急に、静かになったと思わない?」
「静かに…って。桜、どうしたんだ?」
「ヘリコプターの音が…消えた…?」
「あっ…。そういう事か…しまった。遅かった」
「ふん。俺たちがヘリに乗っても消されたし、乗らずとも消された、という訳か。そして、乗ってもいないのに消した、という事は…」
「そうだよ、お兄ちゃんたち。わたしに見つかった、ってこと」
「え? わっ…びっくりした~…あ、あたし、気づかなかった…」
「キミは……誰だ? いつからそこにいた…?」
「またその質問? 今日は、いろんな人にそれをきかれる日だなあ」
「鳴海さん…。この女の子…もしかして、ファンデルワールス力のスキル者ではないでしょうか…?」
「この子が…?」
「わたしのスキルの事は、もう知っているんでしょ? だったら、なにも説明する必要ないよね。わるいけれど、その男の子には死んでもらうね」
「ふん。狙いはやっぱり上小田井だったか」
「じゃあね。さよなら」
「やめろおぉぉぉお!」

 ブンッ!

「…消えた…。殴りかかったら、消えたぞ…」
「…こっちよ。なんてひどい男なの…。いきなり女の子に殴りかかるなんて」
「本当に自分自身も分解できるのか…。こんなの…こんなのって、勝てる訳がない…」
「そうだよ。わたしには、誰も勝てっこない。残念だったね。じゃあ、死んでもらうね」
「おい、小娘よ。いいのか? 何も考えずに、上小田井を消してしまっても」
「…なあに? どういうこと? お兄ちゃん、何が言いたいの?」
「上小田井を消した瞬間、お前の命はどう頑張っても100日以内に終わる事になる。お前の代わりに崩壊してくれる友達でもいるなら別だがな」
「と…友達…って…」
「残念ながら、少なくとも俺ならば、お前のような所在のわからない、口の悪いガキとは友人にはならない」
「そ…それがどうしたの? し、死んだって、べつに、構わないんだから。それに、友達だって…」
「ほう。そうか。なるほどな。不憫だと言ってやろう。お前は、自分の家族の命を人質にとられているのか」
「はぁ? な…なにを言っているの?」
「どう考えても、お前には友達はいない。であれば、命をかけてまで護るものと言えば、家族だろう。親か兄弟か妹かは知らんがな。お前のお国柄なら、疑いようもなく有り得る」
「か、勝手に妄想を膨らましていれば? そ、そう言っている間にでも、お兄ちゃんたち全員を分解蒸発させる事なんて…」
「お前は、上小田井を殺すことで、どういう事になるかわかっているのか? スキル者が延命できなくなるだけではない。日本と、お前の国は、戦争に発展するだろう。ああ、アメリカも介入してくるかもな。となれば、お前は自らの手で、人質にとられているお前の家族を戦禍において殺す事になる。これはコメか? トラか? ふむ…。トラだろうな」
「だ…だったら、なんだっていうの? わたしには、これ以外にできることなんて、ないんだから!」
「そう思うのか。哀れだな」
「哀れ…ですって?」
「お前のそれだけのスキルがあれば、人質にとられているお前の家族くらいは護ることができるだろう。もっとも、自分自身の命を顧みなければだがな」
「だから日本人は嫌いなんだ…。お兄ちゃんたちには、祖国に対する愛情がないの?」
「この国に対する愛情だと? ふん。そんな物はない。俺は、俺自身と、俺の護るべき者の為に死ぬが、その中に祖国は含まれていない」
「も…もう怒ったんだからね…。もう、知らないから! みんな…みんな消えちゃえばいいんだ! 全部消してやる!」
「お…おい豊橋…。激昂させてしまったぞ…」
「これだからガキは嫌いなんだ。論理的な交渉が通じないからな。さて…」
「まずは、その男の子から消してやるんだからね! あんたが…あんたさえいなければ…!」
「上小田井くん、…わたしが護ってあげるからね…。ほ…ほら、わたしの腕の中にきて…」
「呼続さん…だめだよ…。震えているじゃない…」
「わ、わたし…このくらいしか、役にたてないから…」
「邪魔をしないでよ! 邪魔する人は、みんな消えちゃえ!」
「呼続さん! ぼくから早く離れて!」
「む…。小娘が消えたぞ。どこに隠れた?」
「ねえ、鳴海くん! 数値化のスキルで確認できない?」
「できない。そもそも、僕が場所を認知できていない時点で、数値化するのは困難だ」
「おい、地面が蒸発しはじめたぞ。俺たちに近づいてくる」
「まさか…地下…から…か…?」
「…あ…あれ…。わ…わたしの…体…力が…入らないよ…。あれ…あれえ…」
「きゃあぁあああ! 呼続ちゃんの体が…足から…蒸発していっちゃうよ! 鳴海くん!」
「呼続ちゃん! 上小田井くんから離れて、僕の手に捕まるんだ!」
「鳴海よ。無駄だ。もう下半身が蒸発してしまった。あと、ものの数秒で全身が蒸発する。手を放せ。お前も蒸発するぞ」
「でも! 見捨てられるかよ! 呼続ちゃんは…まだ子供なんだぞ…! 消させてたまるかよ! 上半身だけでも…!」
「ちっ! どいつもこいつも、自分の身も守れない愚か者ばかりだ。…しかたあるまい…」
「豊橋…まさか…まさか! 呼続ちゃんと、自分の記憶を入れ替えようとしているのか!?」
「馬鹿を言うな。呼続と、この小娘の記憶を入れ替える」
「無理だ! この女の子、姿を消している! 捉えられない!」
「鳴海さん、大丈夫です。ぼくに任せて!」
「なんだって? 上小田井くん…一体、どうやって…」
「『観測』をします…。…どこに出てくるかわからないけれど…出てきたら、この女の子の分子を固定して…。えいっ!」
「あ、鳴海くん! 豊橋さん! 女の子が姿を現したよ!」
「あ…あれ…? な…なんで? なんで、姿を消せないの? わたしのスキル…どうなっちゃったの…?」
「豊橋さん、今です! 記憶の入れ替えを…」
「いいだろう…」
「あっ…」
「…完了した。呼続の体…もとい、本星崎の姉の体には、今、外国の小娘の記憶が入っている」
「な…なんで、わたしがそこにいるの? ど…どうなっちゃったの…。そ…そんな…。わたし…わたし、蒸発していく…も、元に戻れない…。蒸発した体が元に戻らないよぉ…。痛いよぉ…痛いよぉ…。パパぁ…ママぁ…助けられなくてごめんね…死にたくないよぉ…」
「…くっ…。こんな最後、見たくなかった。敵とは言え…」
「う…おえぇえええええ…」
「今は、こっちが呼続だ。やはり嘔吐したか。あの小娘…俺たちの目を欺くために、わざと女のガキの姿に偽装しているかと思ったが、そこまで器用なスキルではなかったようだな。呼続の、しばらくの体調不良は仕方あるまい。だが、今回は年齢が近い。本星崎の姉の体ほどは拒絶反応は続かんだろう…。もっとも、体のサイズは近くとも、洋の東西が違うがな…。まあ、とりあえずは、一段落と言ったところか。小娘が追ってきたのが、堀田たちではなく、俺たちだったのは、不幸中の幸いだろう」
「ふう…。よかったのか…悪かったのか。とにかく、呼続ちゃんは無事だった…。ところで、上小田井くん…どうして、女の子は急に姿を現したんだ? 『観測をする』って言ってたよね?」
「あ…あああ…あぁぁああああ…」
「よかった…。この子も、無事でしたね」
「なんだって…。上小田井くん…この目隠しの子は…まさか…」
「ええ。そのまさかです、鳴海さん。この子の原子を操るスキルを使って、あの女の子の分子の位置を固定させました」
「そんな…だって、あの同人イベントの時、崩壊フェイズに入って…死んだんじゃなかったのか…」
「ぼくも、そう思っていました。でも…思い出してください。あの時、目隠しの子と一緒に…」
「一緒にって…。まさか…。はは…そんな…。そんな事ってあるのか?」
「鳴海よ。俺たちにも理解できるように話せ。なぜ、目隠しのガキは崩壊していない」
「…神宮前だよ…」
「…なんだと?」
「あの時、上小田井くんは、目隠しの女の子と一緒に、核融合で蒸発してしまった神宮前の体を確率論の世界に送り込んだ」
「鳴海くん…。それって、もしかして…神宮ちゃんの体の一部がスキル発動して、目隠しの女の子の崩壊フェイズをパスさせた…っていうことなのかな?」
「桜、その通りだよ。そうとしか考えられない。ははは…。まさか、こんな所で、神宮前に助けられるなんて…。神宮前…」
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