間隙のヒポクライシス

ぼを

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6章:失われた夏への扉を求めて

第23話

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「だから、スキル攻撃を受けてるんだ! 全員の無事も確認できていない! とにかく、ゴブリ…栄生が大怪我をしているんだ! ヘリをよこして助けに…。どこって…、事前に報告したじゃないか。こんな島に、大怪我を治療できるような病院なんて…。いや、だから…。ゴブリンはまだスキルを…いや、スキルを発現してるけど…。そういう話じゃないんだよ。あんたらにとって、僕たちの命は、今死のうが、2ヶ月後、3ヶ月後に死のうが同じかもしれないけれど、そうじゃない。この怪我は、あんたたちにも間違いなく関わってくる。傷口が尋常じゃないんだよ! 火傷でも切創でも擦過傷でも裂傷でもない…なんていうか…。そう。そう。そうなんだ…。多分、僕らも、防衛省も関わっていないスキル…。…わかった…。ええ。わかりました。座標を送ります。はい。ありがとうございます」
「…鳴海くん、どうだった?」
「桜…。すぐに、ヘリを飛ばしてくれるってさ」
「よかった…。でも、どこの病院に行くのかな?」
「じ…自衛隊病院だよ、きっと…」
「ゴブリン、無理にしゃべらなくていい…。膝下から両足が蒸発してしまってるんだぞ…。それだけじゃない。臀部だって、背中だってえぐれてる…」
「こ…こわいこと言わないでくれよな…。ナ…ナルルンの寿命数値化では、もうちょっとだけ、しぶといだろ…? オレってさ」
「ああ、もうちょっとだけしぶとい。スキルが発現したから、約100日まで短くはなってるけど」
「だ、だったら、心配してくれなくて大丈夫だよ。へへ…い、痛いけどさ…」
「痛いなら、もうしゃべるな。すぐに、ヘリが来てくれるよ」
「痛いからこそ、しゃべってるんだよ。き…気を紛らわさなきゃ…」
「そう。じゃあ、ゴブくんのスキルについて、教えてもらえるかしら?」
「あ、堀田さん…。呼続ちゃんの様子は…どうですか?」
「泣いてる。泣いてるけれど、本星崎さんが慰めてくれているわ」
「そうですか…。ゴブリンの怪我を見るのは、つらかったろうな…。まだ、警戒しておいた方がいいですね。霧は、あれだけで終わりとは限りませんから」
「ええ…そうね…。それで、ゴブくん。キミのスキルについて、教えて。そのおかげで、アタシたち、助かったんだから」
「オ…オレのスキルについては、ナルルンに話してもらった方が、い、いいかもしれないな」
「僕が話したら、気が紛れる事にはならないんじゃないか?」
「大丈夫だよ。ちゃんと紛らわすからさ」
「そ、それならいいけどさ…」
「ねえ、鳴海くん…。あたし、気になってたんだけれど…さっき、ゴブさんのスキルの事、なんか言ってたよね? なんとかの…悪魔って」
「ああ。マクスウェルの悪魔。学校で習わなかったっけ? 熱力学のところで」
「え~…。1年生は、生物と化学だもん」
「そっか…。じゃあ桜が居眠りして聞いていなかったわけじゃないのか」
「もう、ひどいなあ…。それで、マクスウェルの悪魔、って、どんなスキルなの?」
「一言では説明ができないよ。まずは、熱力学第ニ法則から話をしないと…」
「あ…それって、エントロピーのお話だっけ? アタシ、なんとなく覚えてる」(エントロピー:一般的に、乱雑性を表す物理量の事。例えば、コーヒーにミルクを入れた時、混ざり合う前はエントロピーが小さく、完全に混ざった状態ではエントロピーが増大したとする)
「ええ、それです。第ニ法則の中で一番有名なのが、エントロピー増大の話。シンプルに言えば、熱は、温度の高い方から低い方へと伝わり、最終的には均衡になる。この均衡になった状態に対して、エントロピーが増大した、なんて言いますよね。そして、この熱の伝わる方向や、エントロピーの増大は、不可逆的である」
「均衡になった温度は、外から何もエネルギーを加えなければ、どっちかだけが冷たくなって、どっちかだけが熱くなったりは、しないって話よね」
「ここで登場するのが、マクスウェルの悪魔という思考実験。均衡温度の部屋に、扉がついた壁を設置したとする。ここに『分子単位で熱エネルギーの全てを把握できる悪魔』すなわちマクスウェルの悪魔が存在して、その悪魔が『熱エネルギーの高い分子は扉を通して左側の部屋に、低い分子は右側の部屋に集める』ことができるとする。すると、均衡だったはずの温度が、片方の部屋は熱く、もう片方の部屋は冷たくなる。そんな悪魔は本当には存在しない訳なんだけれどね。確率論的には、0ではないかもしれない」
「それって…。ねえ、鳴海くん、ゴブさんのスキルを使うと、どこかを冷やす代わりに、どこかを熱くできる、って、そういう事なのかな?」
「その通り。この、存在しない悪魔と同じ事が、ゴブリンのスキルではできる。不可逆的なエントロピーの増減を操作できる」
「ゴブさんってば、すご~い!」
「へへ…照れるな、さっちゃん。さっきは、皆の体温や、周囲数十メートルの大気や地面の温度を使って、円陣の中心に熱を集めて小さな爆発を起こしたんだ」
「そうか。だから、一瞬だけ、急激に寒くなったんだな…」
「そういう事。いいだろ? オレがいれば、夏は涼しいし、冬は温かいぜ。まあ、冬まで生き延びることができれば、だけどね。はは」
「あはははは。確かにそうだ。人間ペルチェ素子だな…ははははは!」(ペルチェ素子:電流を流すと、一側面の温度が上がり、反対側面の温度が下がる半導体のこと)
「うふふふふふ。わ、笑ってごめんなさいね。でも、ふふふ…確かに、便利ね…ふふふふ」
「へへへへ。そうだろ?」
「はははははは。わ、悪い。ツボに入った…。ククククク…」
「な、なんだよ…気持ち悪いな…」
「ご…ごめんごめん…。あはははは…。こ、こんな状況なのに…。ゴブリンが言うと、コメディになっちゃうんだな…」
「そうそう、それ。アタシも、それが言いたかったの。…ふふふふふふ」
「おいおい、笑い事じゃないって。オレ、もう普通に泳げなくなるんだぜ? いい義足があれば、走るのは早くなるかもしれないけれどさ。あ~でも、体重は軽くなるのか。BMIとかどうなるんだろ」
「あはははははは! 心配するところ、そこじゃないだろ!」
「いや、だから、笑うところじゃないって!」
「わ、悪い悪い…。このままだと、ゴブリンが本当に死んだ時でも、爆笑してしまいそうだ」
「鳴海くん、さすがにそれはないわ。さすがのアタシもドン引きね」
「ほ、堀田さん…そんな…」
「へ、へへへへ。まあ、下手に悲しまれるよりは、笑われた方がいいかな」
「ともかく、ゴブリンはなんとか生きていてよかったし、これで僕たちにも、攻撃力のあるスキルが加わったな」
「攻撃力だって? オレ、このスキル、お菓子作りに活用しようと思ってるのに」
「だから、そうやって笑わそうとするから…ククククク…」
「いや、だって、この体じゃ、防衛大学には、もう行けないよ」
「そ、そうか…。はははは…。まあでも、僕たちを防衛してくれた事には、心から感謝だよ」
「あ…改めてそう言われると照れるよな…」
「ふふ…。豊橋くんたち…無事かしらね…」
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