上 下
41 / 45
14章:「穴があったら入りたい」愚か者を俺は諭さなければならない。「穴はいれるものだ」と

第3話

しおりを挟む
「なるほど、時間軸は違うと見えるな」俺は、スタジオに入るなり言った。「向こうの世界じゃ陽が落ちる時刻だったのに、こっちはまだ夕方前の明るさだ。もっとも、衛星の数が違うし時間の流れ方が同じとも限らんからなんとも言えないがな。おっと、土足厳禁だ。靴は脱いでもらおうか」
 俺は躊躇なくテーブルの前まで歩を進めると、フロルに箱を置くように指示した。フロルは、部屋の状況に圧倒された様な表情を崩さないまま、箱を置いた。
「これが…聖域かあ」フロルが言った。「確かに、こんな空間は初めて見るよ」
「フロルよ、ここを聖域というのであれば、それは違うぞ」俺が言った。「ここは俺のAVスタジオであり、youtubeスタジオだ。メタファーとしてそれを聖域というのであれば、強ち間違いではないがな」
「確かに、人間やゴブリンの技術水準で作られた物とは思えない…」ミクルが言った。「調度品や指物ひとつとってもそうだし、この石板でできた本みたいな…こんな素材は、見たことがない…」
 それはノートPCだ。
「好奇心は人類の文明を発展させる重要な要素だが、驚く様な事じゃない。俺は既に、スマホだってトランシーバーだって用いて来た。俺からすると、ナンジェーミンやビンラディンの魔法やミクルの占いの方が余程脅威に満ちている。そこはお互い様だろうな」俺はワイヤーで結ばれたノートPCを持ち上げると、ミクルに渡した。「さあ、これがエクスカリバーだ。そしてこの旅の集大成だ。これを抜けば、君の憐れで度し難い女勇者の肩書は、英雄としての栄光を手に入れる。多分」
 ミクルは頷くと、神妙な面持ちでノートPCからUSBメモリを抜いた。緊張しているのだろう。手が震えているし、息が若干荒くなっている。USBメモリを抜くだけでここまで感情に起伏を及ぼす人間を俺は初めて見たぜ。
 俺たちの後方でモーター音が鳴り、扉がロックされるのが解った。ミクルもフロルも、びくっとした。
「よし、いい調子だ」俺はミクルを落ち着かせる様に言った。「次は、そいつをこの箱に挿し込むんだ。言っておくが、それによって何が起こるのかは、俺にも解らない。幾つか仮説はあるが、最も有力な可能性としては『扉と穴の接続が切断され、向こうの世界では魔物が消えて平和が訪れる。だが、お前たち2人は違う。帰れなくなる可能性がある』。だから言っておく。これが最後のチャンスだ。特にフロルよ、お前がここに居なければならない合理的理由は、本来、ない」
 俺の言葉に、ミクルとフロルは顔を見合わせた。そして、フロルは、強くかぶりを振った。コイツ、俺が言った意味が解っているのか?
「大丈夫だよ」フロルが言った。「ボクの事、ただの子供だと思っているかもしれないけれど、姉さんを護らなければならない使命はずっと理解してきたし」フロルは言葉を切ると、視線を逸らした。「ホントはね、ここまで一緒にこられるとは思っていなかったんだ。魔王が復活して、魔物が出るようになったって聞いた時から、姉さんを護って途中で死ぬ覚悟だったから。ずっと、そうだったから…」
「…なるほどな」俺は呟くようにフロルに言った。「恐怖に震えて眠れぬ夜も少なくはなかったに違いない」
 俺は、ミクルと顔を見合わせた。ミクルは、勇ましく頷いた。そうか。救えぬ姉妹、もとい姉弟だ。
 ミクルは、USBメモリを持ち直すと、『箱』のUSB端子に挿し込んだ。が、裏表が逆だ。裏返して挿し込み直した。違う、やっぱり元の方向が正しい。
 箱に挿し込まれた瞬間、電子音が数回鳴り、アクリル越しにLEDが点灯するのが解った。箱に触れると、僅かに熱を持ち始めている。給電の仕組みは不明だがな。
 次の瞬間、モーター音がして、扉のロックが外れた。つまり、USB側にも本体から給電がされている。
 俺たちは身動きがとれず、互いに視線を送り合った。暫く、静寂がその場を支配した。
 俺は、顎でフロルに指示をした。フロルは、頷くと扉の把手に手をかけ、ゆっくりと回すと、開けた。
 そこには、あの『穴』の暗闇はなかった。だから、大橋さんもゴメちゃんもいなかった。あったのは、見慣れたシューズボックスと玄関の扉、それから…立ちすくむ、豊橋の三白眼だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...