携帯は突然歌う!

紫 李鳥

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 埼玉県警の捜査第一課、水上寛章みなかみひろあきは、野暮用も兼ねて妻のクリスマスプレゼントを買いに池袋に来ていた。――紙袋を手にしてデパートを出た時だった。顔見知りの巡査に遇った。

「おう、三島君」

「あー、水上さん」

 三島は水上に気づくと、笑みを浮かべた。

「なんだ、買い物か?」

「いえ。休みなんでぶらぶらしてました」

「じゃ、久しぶりに呑むか?」

「はい」

 水上の誘いに、三島は嬉しそうな顔で返事をした。

 三島和樹みしまかずきは、池袋の交番で巡査をしていた。警察学校を卒業して数年になる。

「どうだ、何か変わったことはないか?」

「ええ。これと言った事件もありませんし」

 三島はジョッキを片手に、ぶり大根を頬張った。

「……ただ」

 三島が思い出したように箸を止めた。

「ん?」

「毎日のように交番に来る男がいて」

「なんのために」

「最初は遺失届に来たんですが。携帯電話の」

「うん」

「毎日のように、まだ見つかりませんか、まだ見つかりませんかって悲痛な面持ちで」

「どんな男だ」

「四十二歳の男で、派遣の仕事をしていて、日払いで暮らしているそうです。すぐに代替機を使ったようですが、思い入れが強いのか、どうしても紛失した携帯電話を見つけてほしいらしく。マナーモードにしなければよかったと後悔してました。着信音があれば誰かが気づいてくれるのにと。でも、回線停止はできない。万が一にも、バイブ音に気づいてくれる人がいるかもしれないと」

「うむ……。名前と電話番号を教えてくれるか?」

 水上は、なぜかしら気になった。


 一方、大典は、宇子の殺害方法を考えていた。「他言したら、あんたには一銭の金も入らなくなる。そしたら、こんな贅沢ぜいたくはできなくなるぜ」と、念は押しているものの、寝物語でホストに喋る可能性がある。油断できない。警察の耳に入ったら一巻の終わりだ。その前にどうにかしないと。

 ……さて、どうする。――あっ!そうか。ホストを利用すればいい。ホストが宇子の部屋を出た後にすぐに部屋に入り、殺す。そうすれば、そのホストを犯人にすることができる。殺害方法は、……首を絞めるのが手っ取り早いか。何を使う?紐のような物がいいが、こっちからは持っていけない。すぐに処分しても、索条痕 さくじょうこんから足が付く可能性がある。肌に直接触れたくないのでゴム手袋を使いたいが、ホストがゴム手袋を持参して殺すというのも、なんか不自然だし、どこに処分したかと訊かれても、身に覚えがないホストは、「知りません」の一点張りだろうし。らちが明かない。……やっぱり、素手しかないか。よし!次にホストが来た日に決行しよう。大典はそう決断した。――


 携帯電話を紛失したという、村井治朗むらいじろうの通話明細書の内訳を入手した水上は、一件の公衆電話からの発信履歴に着目した。

 今時、公衆電話か?携帯電話を持っていないとか、充電のし忘れで使えないと言うこともあろうが……。一応、どこの公衆電話からか調べてみるか。


 その公衆電話がある和光市の駅に着いた水上の頭上には、雪催ゆきもよいの空があった。コートの襟を立てると、革手袋をポケットから出した。

 公衆電話の前まで来た時だった。知った顔がパチンコ店から出てきた。

「あっ……」

 水上は思い出すと、男を尾行した。――男はパチンコ店の駐車場に行くと、真新しい外車の傍らで足を止め、革ジャンのポケットから鍵を出した。その瞬間とき

「……確か、阿部さんでしたよね」

 水上が声を掛けた。途端、大典の背中が伸びた。おもむろに振り返った大典は、水上に目を据えた。

「覚えてませんか?軍事評論家の阿部さんが亡くなられた時、警察署で事情を聴いた者です」

 水上のその言葉に、大典は目を丸くすると、指先から鍵を落とした。

「あの公衆電話から、拾った携帯に電話したんですね?阿部さんの死亡推定時刻に」

 突然死ではなく、殺しだと直感した水上は、当てずっぽうで言ってみた。途端、大典は顔を強張こわばらせ、身を震わせた。それは、殺害を認めたも同然だった。

「同行してもらいましょうか」

 水上は、大典が落とした車の鍵をコートのポケットに入れると、抵抗する気配のない弱々しい腕を掴んだ。





 雪が降り始めた。俯いて歩く大典に雪が降り注いでいた。けがれた魂をきよめるかのように。――




 完
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