3 / 5
3
しおりを挟むエマは店の電話番号と自分の名前をメモると、デップと名乗る男に渡した。デップが店を出ると、エマは急いでキッチンに入った。スージーはキッチンの隅に蹲っていた。
「立ちくらみらしい。早退しなって言ったんだが」
フライパンを動かしながら、ジョセフが心配そうな顔を向けた。
「スージー、大丈夫?」
スージーに駆け寄ると、背中に手を置いた。
「……大丈夫」
小さく呟いたスージーの横顔は青ざめていた。そこには、いつもの明るいスージーの姿はなかった。
「……帰ったら話してくれるよね?何もかも」
耳元で囁いたエマの言葉に、スージーはゆっくりと頷いた。ーーその翌日、エマは店を休んだ。
エマが休んだ翌朝、モーテル〈ACE INN〉の一室から男の刺殺体が発見された。第一発見者はモーテルの主。チェックアウトの時間が過ぎても出てこないので不審に思いドアをノックしたが応答がなかった。鍵が掛かってなかったので部屋を覗くと、背中を赤く染めた被害者がベッドに倒れていたとのことだった。また、主は前日の午後3時ごろ、被害者の客室から出て行く女を目撃したとのこと。
「で、どんな女でした?」
刑事は手帳を開いた。
「どんなって……横顔がチラッと見えただけだから」
「いくつぐらい?」
「さあ……22、3かな。ブロンドの髪が印象的だった」
「白人?黒人?」
「もちろん、白人ですよ」
ーー所持品の運転免許証から被害者の身元が判明した。アルバート・デップ、42歳。警察は、娘のスージー・デップ、21歳にたどり着くと、取り調べた。だが、死亡推定時刻の午後3時は店で働いていたことが、店主や客の証言により立証された。事件当日、店を休んでいたエマ・バーナード、19歳は除外された。モーテルの主の証言に、‘客室から出てきた女は白人’とあったからだ。エマ・バーナードは黒人だった。ーー金銭トラブルか何かで売春婦と揉めて殺されたのだろう。それが刑事の見解だった。間もなくして、エマとスージーは店を辞めた。
ーー2年近くが過ぎていた。エマはスティーブと結婚して男児を儲けていた。だが、そんな幸せな生活に暗雲が立ち込めた。ファドに見つかってしまったのだ。
「エマちゃん。幸せそうだね」
薄ら笑いのファドの顔が受話器の向こうに見えるようだった。
「……どうして、ここが分かったの?」
「どうして分かったかって?そりゃあ、捜したからさ。お前が持ってた金はたかが知れてる。バス代か電車賃ぐらいだ、飛行機には乗れない。あの時間に乗れるのは、この町行きのバスだけだ」
「……」
「さて、どこに隠れてるかと考えた結果、手っ取り早く働くにゃウェイトレスぐらいだろうと、喫茶店やレストランを訪ね歩いたら、〈Nice〉の客がご親切に教えてくれたってわけさ。すぐに連れ戻すこともできたが、それじゃ、一銭の得にもならないからな。金になるまで待ってたってわけさ。だが、旦那が〈Nice〉のコックじゃ大した金にはならないがな。もう少し金のある奴と所帯を持ってほしかったが、ま、贅沢を言ったら切りがねぇか」
「……」
「と言うことで、少しばかり金を都合してくれねぇか」
「そんなお金ないわよ」
「お前になくても旦那にはあるだろ?お前が言えないなら、俺から言ってやろうか?俺たちのーー」
「やめてーっ!」
「じゃ、自分から頼み込むことだ、愛する旦那に」
「……分かったわ。何時にどこに持って行けばいいの?」
「お利口さんだね、エマちゃんは。それじゃ、時間と場所を言うよーー」
翌日の午後3時ごろ、男の水死体が公園の池から発見された。第一発見者は、公園をジョギングしていた若い男だった。背中の傷から、鋭利な刃物で刺されたのちに池に突き落とされたものと推測された。また、この発見者は、被害者と一緒にいた若い女を見ていた。
「どんな女?」
刑事は手帳を開いた。
「アフロヘアーの」
「アフロ?黒人?」
「ええ」
被害者の身元は歯型によって判明した。ファド・バーナード、42歳。娘のエマ・バーナードにたどり着いた刑事は取り調べた。だが、事件当日、エマには完璧なアリバイがあった。主婦仲間の親睦パーティーに参加していたのだ。参加者10名全員の証言は一致していた。
……2年前にも似たような事件を担当したな。あれは白人だったが、今回は黒人だ。どっちも父親が殺されている。そして、どっちにも完璧なアリバイがある。違うのは一方は白人で、もう一方は黒人と言うことだ。
刑事は2年前に遡ることにした。〈Nice〉の店主、ジョセフから収集した情報で、2年前の殺人事件に、スージーの紹介で〈Nice〉に入店したエマが関わっていると確信した。そのことを明白にするには、スージーをもう一度取り調べる必要があった。だが、ジョセフもエマもスティーブも、スージーの居場所は知らないとのことだった。
……ここで足取りが途絶えるのか?……いや、エマはスージーの居場所を知っている。事件直後の同時期に一緒に店を辞めたぐらいだ、余程仲が良かったに違いない。仮にエマとスージーが共犯だとしたら、必ず連絡を取り合っているはずだ。エマ宅の通話履歴を調べるか。だが、仮に二人が共犯だとして、どんな方法で互いの父親を殺したんだ?二人には完璧なアリバイがある。
……ん?ちょっと待てよ。2年前の事件の時、第一発見者の、‘見かけたのは白人の女’ との証言で、黒人のエマを取り調べなかった。ここに落ち度があったのでは?……白と黒。ーーあっ!そうか。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
隠蔽(T大法医学教室シリーズ・ミステリー)
桜坂詠恋
ミステリー
若き法医学者、月見里流星の元に、一人の弁護士がやって来た。
自殺とされた少年の死の真実を、再解剖にて調べて欲しいと言う。
しかし、解剖には鑑定処分許可状が必要であるが、警察には再捜査しないと言い渡されていた。
葬儀は翌日──。
遺体が火葬されてしまっては、真実は闇の中だ。
たまたま同席していた月見里の親友、警視庁・特殊事件対策室の刑事、高瀬と共に、3人は事件を調べていく中で、いくつもの事実が判明する。
果たして3人は鑑定処分許可状を手に入れ、少年の死の真実を暴くことが出来るのか。
空の船 〜奈緒の事件帳〜
たまご
ミステリー
4年前、事故で彼氏の裕人(ヒロト)を失った奈緒(ナオ)は、彼の姉である千奈津(チナツ)と未だ交流を続けていた。あくる日のこと、千奈津が「知人宅へ一緒に行って欲しい」と頼み込んだことで、奈緒は、千奈津に同行するが、知人宅を訪れると、知人の夫が倒れているのを発見してしまい…。
そして503号室だけになった
夜乃 凛
ミステリー
『白き城と黒き砦を血濡れに』。
謎のメッセージが、対を成すホテルである、
『ホテル・ホワイトホテル』と『ホテル・ブラックホテル』に同時に届いた。
メッセージを反映するかのように、ホワイトホテルと、ブラックホテルにて、
殺人事件が発生する。対を成すような、二つの死体。
二つの死体は、同時に発見されたと証言された。
何のために?何故同時に?関係は?
難事件に、二人の探偵が挑む。
意識転移鏡像 ~ 歪む時間、崩壊する自我 ~
葉羽
ミステリー
「時間」を操り、人間の「意識」を弄ぶ、前代未聞の猟奇事件が発生。古びた洋館を改造した私設研究所で、昏睡状態の患者たちが次々と不審死を遂げる。死因は病死や事故死とされたが、その裏には恐るべき実験が隠されていた。被害者たちは、鏡像体と呼ばれる自身の複製へと意識を転移させられ、時間逆行による老化と若返りを繰り返していたのだ。歪む時間軸、変質する記憶、そして崩壊していく自我。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、この難解な謎に挑む。しかし、彼らの前に立ちはだかるのは、想像を絶する恐怖と真実への迷宮だった。果たして葉羽は、禁断の実験の真相を暴き、被害者たちの魂を救うことができるのか?そして、事件の背後に潜む驚愕のどんでん返しとは?究極の本格推理ミステリーが今、幕を開ける。
【偽者】刑事・安西義信
桜坂詠恋
ミステリー
「愛した夫は別人だった──!」 5分で読める驚きのミステリー!
定年間近の刑事、安西が出会ったのは、突如として夫を轢き逃げで失った、妻・三枝子。
しかし、捜査が進むにつれ次第に明らかになる、夫のとある奇妙な矛盾。
なんと、彼女が愛した筈の夫は別人だった!
混乱する三枝子、そして徐々に姿を驚愕の真実。
安西が定年を前にして対峙した最後の事件は、「ニセモノ」と「本物」が交錯する奇妙な事件だった!
秋葉原の犯罪 〜メイドはステージで推理する〜
紗倉亞空生
ミステリー
東京秋葉原。
その日の夜、ライブハウス・ボレロでは、とある地下アイドルグループのライブが行われていた。
ステージが中盤に差し掛かった午後八時、衣装替えのため控え室に戻ったメンバーが目にしたものとは?
ひょんなことから殺人事件に巻き込まれることになったメイド探偵、摩耶が密室の謎に挑む。
国内のとある古典短編ミステリ作品を元に、時代設定ほか諸々を現代風に置き換えた、パロディ&オマージュになります。
G・K・チャスタトン作、ブラウン神父シリーズの『見えない男』から想を得たという密室トリックに、現代ならではのアレンジを加えました。
なぜ犯人の姿は、誰にも見えなかったのでしょうか?
表紙画像はフリーイラスト素材サイト『illustAC』より「ぼのぼのさん」の作品を拝借いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる