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しおりを挟む萌絵と関係ができたのは、自然の成り行きだった。“秘蔵っ子”が形を変えて、“男”になったまでのことだ。人前で呼ぶ“先生”が、ベッドの中で“モエ”に変わるだけのことだ。
母親の裸体を想像しながら、萌絵の豊満な乳房を掴んだ。まるで、乳を欲しがる乳飲み子のように……。
――一次審査で初めて萌絵を視た時、俺を棄てた母親を彷彿とさせた。
俺の腕の中で乱れ狂う萌絵を見下ろしながら、母親を抱いているような錯覚を覚え、喚きたいほどの絶頂感に興奮した。
歌の方は売れ行きも順調で、テレビにラジオにと出演依頼が殺到し、文字で埋まったマネージャーのスケジュール帳には立錐の余地もなかった。
「えー、本日のゲストは、『秋色のバラード』の黒木譲さんです。お忙しいところをありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」
「いやぁ、カッコいいですね。同性の僕から見ても惚れ惚れする」
「ハハハ……ありがとうございます」
「では、早速、黒木譲さんへのおハガキをご紹介しましょう」
「あ、はい。お願いします」
「えー、ペンネーム、ミズホさんから――」
(……!?)
「『秋色のバラード』のヒット、おめでとうございます。あなたと初めて会ったのは、神奈川県の△町にある小さなお寺でしたね。あの日は雨が降っていた。あれから二十年近くになるんですね。テレビで見る度、当時のことを懐かしく思い出しています。益々のご活躍を願っています」
それは紛れもなく、脅迫状だった。
「黒木さん、ご出身は神奈川ですか?」
「……ええ」
「では、ご近所にお住まいの女性かもしれませんね?」
「えっ?ああ。そうかもしれないけど、……誰かな?」
「謎めいてて、ミステリアスですね。では、現在、ヒットチャート独走中の『秋色のバラード』をお聴きください」
“ミズホ”は、女の名前なんかじゃない。「松岡瑞穂」俺を養子にした住職の名前だ。……目的は金だろう。俺が捨て子だったことを強請の材料にするつもりか。
瑞穂に金をやれば、俺が「松岡たけし」だと認めることになる。それに一度でも金をやれば、味を占めて生涯、無心に来るに違いない。さて、どうする。……そうか、萌絵だ。萌絵に相談しよう。自分の歌を歌う売れっ子の、且つ、“男”の過去を暴かれて困るのは、寧ろ萌絵の方だ。
――その話をした時、萌絵は余程の驚きでか、目ん玉が飛び出んばかりに愕然とした顔で俺を見つめていた。
「……分かったわ。私に任せて」
萌絵のその言葉は、一任できるだけの力強さがあった。
その翌日、包丁で背中を刺された瑞穂が、庫裏で倒れているのを檀家の一人が発見した。
犯人は萌絵か?俺を護るために、否、自分の地位と名誉のために瑞穂を殺ったんだ。
俺の心配事は一瞬にして解決した。萌絵様のお陰で。だが、俺はそのテレビのニュースに触れなかった。萌絵との友好関係を続けるには、知らない振りをした方が得策だと判断したからだ。
だが、逮捕されたのは萌絵ではなかった。第一発見者の檀家の一人だった。動機は痴情のもつれ。
ま、どっちにしても、邪魔者は消えた。萌絵の手が汚れなかっただけでも儲けもんだ。
ところが、脅迫は続いた。ファンレターの一枚に、
〈ツバメのおうちに早く帰っておいで〉
と、あった。それは、紛れもなく尚美からだ。……ったく。邪魔しないって約束したじゃないか。これも萌絵に打ち明けるか。嫉妬も絡んで、萌絵は快刀乱麻の切れ味でスパッと断ってくれるに違いない。
抱いた後、そのことを寝物語のように聴かせると、
「……もう、また?手を焼かせる問題児ね、あなたは……」
萌絵はそう呟きながら、俺の髪を梳った。尚美がしたように。
その後、尚美からの脅迫めいたものは一切なかった。“四海波静か”と言った具合に、穏やかな日々が続いている時だった。俺に好きな女ができた。ファンの一人で、名前を阿川由布子と言った。
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