2 / 7
事件
しおりを挟む深刻な顔つきの俺を、親父が不思議そうに目で追っていた。
……綺麗な爪……いつもハンカチの上に載せていた……
「あっ!」
親父が俺の声に驚いて、口に入れようとした胡瓜の漬物を箸から落とした。
「ああ、びっくりした。思い出したのか?」
「……ああ」
「で? 加害者か? 被害者か?」
「未解決事件の容疑者だ――」
「えー? 嘘だろ?」
――今から十五年前、歌舞伎町のクラブ『凛』のホステス、飛鳥、当時二十四歳が自分の部屋のベッドの上で殺されていた。死因は窒息死。物色された形跡により、強盗殺人と断定。
鍵が掛かってなかったため、容疑者は客や従業員は素より、出前の蕎麦屋から新聞配達まで他方に及んだ。調べ尽くしたが、結局、真犯人を挙げることができず、迷宮入りになった。
だが、一人だけ、疑わしい人間がいた。それが、鈴木裕子、当時二十三歳だった。裕子は飛鳥と同じ店で働いていたが、事件の翌日に、伸ばしていた爪を短く切っていたという証言があった。
爪が伸びていたら指先に力が入らない。人を殺すには、爪を切る必要があった。……裕子に疑いを持ったのは、そういう理由からだった。
当時、その事件の担当をしていた俺が、店に聞き込みに行った時は、既に店を辞めた後だった。
裕子のアリバイは、壁の薄いアパートの隣人によって証明された。
〈ええ、その時間はいました。彼女、軽い咳をする癖があるんですけど、それも聞こえてたし、テレビの音も聞こえてました〉
だが、それらの音はタイマー操作の録音という可能性もある。
『凛』に再度、聞き込みに行った。
「その、裕子というホステスはどんなタイプですか?」
「そうね……飛鳥がバラなら、裕子はコスモスかしら。清潔感のある子でね、透明のマニキュアを塗った、程よい長さの爪を、綺麗にアイロンを掛けたハンカチの上に載せていた。
一年も働いているのに、初めてのお客さんから、新人さん?て聞かれるくらい、素人ぽかったわ。話上手というより、聞き上手だったわね。辞めて欲しくなかったけど、一か月前から決まってたから……」
白地の結城紬を着た、ママの眞弓が長大息《ちょうたいそく》を吐《つ》いた。
「……一月前から決まってたのか……写真はありますか?」
「ええ。竹山、十周年のときの写真、持ってきて」
「はい、ただいま」
ボトルを拭いていた支配人の竹山が振り向いた。
「……刑事さん、まさか、裕子を疑ってるんですか? もしそうなら、お門違いですよ」
眞弓が鼻で笑った。
「どうして?」
「彼女は、水商売という水中で泳ぐ魚ではないからです」
「…………」
「彼女には何か目標があった。だから、目立たないように、問題を起こさないように、無難を心掛けていた。つまり、水商売に執着しない人間は、夜の世界で溺れることはしないということです」
「ママ、ありました」
「ああ、これこれ」
竹山が持ってきた写真を俺に見せた。
「前列の右端の子。着物がよく似合ってるでしょ? 私の着物を上げたの」
確かに美人だったが、寂しそうな表情をしていた。――
――その時に裕子の顔を見ていたのだ。だが、余りにもイメージが違っていた。写真の裕子はどちらかというと、“陰”だが、実物の裕子は、“陽”だ。本質はどっちなんだ?
俺の相棒だった篠崎に、その事件の時の事情聴取のコピーをFAXで送るように頼んだ。
――果たして、篠崎からのFAXには、俺の記憶通り、鈴木裕子、とあった。……だが、仮に裕子が真犯人だとしたら、時効を目の前にして、なぜ、こんな人目のある温泉宿に現われたんだ?
裕子の書いた番号に電話をしてみた。
「……もしもし」
中年の男の声だった。
「あ、鈴木裕子さんはいらっしゃいますか?」
「どなた?」
男は無愛想なものの言い方だった。
「はぁ、油絵教室の者ですが」
「旅行に行ってますが、何か?」
「いえ、また、電話します」
裕子の電話番号であることは間違いなかった。だが、相手の男は何者だ?
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
『新宿の刑事』
篠崎俊樹
ミステリー
短編のミステリー小説を、第6回ホラー・ミステリー大賞にエントリーします。新宿歌舞伎町がメイン舞台です。大賞を狙いたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
PetrichoR
鏡 みら
ミステリー
雨が降るたびに、きっとまた思い出す
君の好きなぺトリコール
▼あらすじ▼
しがない会社員の吉本弥一は彼女である花木奏美との幸せな生活を送っていたがプロポーズ当日
奏美は書き置きを置いて失踪してしまう
弥一は事態を受け入れられず探偵を雇い彼女を探すが……
3人の視点により繰り広げられる
恋愛サスペンス群像劇
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)
揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。
File1首なしライダー編は完結しました。
※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。
※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる