独り遊戯

紫 李鳥

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朝顔

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 コーヒーを注文すると、奈津の前に座った。

「もう……遅いんだから。どうだった?」

「ああ。自供した」

「エッ!やっぱり、あの人だったんだ」

 奈津が驚いた顔をした。

「……なんだ、当てずっぽうで言ったのか?」

「だって、逆光でよく見えなかったんだもん。勘と推理力よ」

「バカ。もし違ってたら人権蹂躙じんけんじゅうりんで訴えられたかもしれないんだぞ」

「だって、あなたとの想い出の地に、一緒に来たかったんだもん」

 またお得意の表情をした。

「……こうやって来たんだからいいだろ?」

「うん!」

 一変して、ニコッとした。

(現金な奴だな……)



 予約していた稲佐山のホテルにチェックインすると、夕食まで観光地を歩くことにした。タクシーで思案橋まで下りると、浜町アーケードから丸山の『花月』辺りまで歩いた。この『花月』は、柱に坂本龍馬が付けた刀傷があることでも知られる料亭だ。その近くにある老舗、『福砂屋』のカステラを土産にした。タクシーでホテルに戻ると、丁度、食事の時間だった。



 食事を済ますと、夜景を眺望しながら、グラスを傾けた。

「長崎では、トビウオのことをアゴって言うじゃない。なんでか知ってる?」

 カクテルで頬をピンクにした奈津が出題した。

(また、蘊蓄のご披露が始まるのか)

「ジョーズみたいな口してるから?映画の『ジョーズ』って、顎のことだろ?英語で」

「うむ……近い」

(えっ?ホンとかよ。冗談で言ったのに)

「長崎弁で口のうまい人のことをアゴって言うじゃない?うまいイコールあご。トビウオはうまい。うまいイコールあご。ドゥユーノー?」

「アイアイサー」

 努も日本酒を飲んで上機嫌になっていた。

「ところで、佐賀で有名な陶器と言えば?」

 逆に努の方から出題した。

「有田焼でしょう、伊万里焼でしょう。それと……もう一つあるのよね。なんだっけな。九谷は石川だし、益子は栃木だし……あー、度忘れした」

 奈津が悔しそうな顔をした。

「じゃ、明日、度忘れしたとこに行ってみるか」

「えっ?ホントに?」

「ああ」

「わーい、わーい」

 奈津は子供のように喜んでいた。



 ――下車したのは、唐津だった。

「そうそう、唐津焼だ」

 駅名を見て、奈津が納得した。



 努は、駅近くの木造の一軒家に、奈津を案内した。表札には、〈平井〉とあった。

「……誰んち?」

「俺んち」

「木村じゃないじゃん」

「姉の嫁ぎ先だよ。母親も一緒に暮らしてる。みんなに紹介するから」

「なんて?」

 奈津が悪戯いたずらっぽい目で見た。

「……未来の嫁さんて」

「オッケー!あっ、そうだ、昨日買ったカステラを手土産にしよう」

「ちゃっかりしてるな」

「へへっ」

 奈津が舌を出した。



 ――数日後、交番に永井美也子が出頭した。



 奈津と入籍したのは、街路樹の葉が黄色に染まる頃だった。そして、庭付きの一戸建てを購入した。と言うのも、できちゃった結婚だった。生まれてくる子供の為にも庭付きが欲しがった。

 来年は、朝顔の種も蒔く予定だ。奈津との想い出の中に登場する朝顔は、竹垣に蔓を伸ばしていた。その伸ばした蔓で二人を繋いでくれたのかもしれない。努は、奈津との間に繋がっている蔓という赤い糸を感じていた。そんな、二人を結び付けた朝顔を、生まれてくる子にも見せてやりたい。これから先の家族三人の生活に期待を膨らませながら、努は将来の設計図を描いていた。



 だが、努には一つ、引っ掛かっていることがあった。それは、奈津と渡辺の関係だ。渡辺は、片思いだと言っていたが、果たしてそうなのか。関係ができた二人は原口が邪魔になった。『……社長さえ居なければ、俺たち結婚できるのに』『あなたは、私より年下よ。私なんかじゃなくて、年相応の素敵な人に出逢えるわよ。きっと』『嫌だ。姐さんじゃなきゃ嫌だ』そんなやり取りの中で、渡辺の情にほだされた奈津が、遠回しに殺害方法を教えた。そして、渡辺が単独で犯行に及んだ。

 それは、単なる憶測に過ぎない。だが、渡辺に対する嫉妬と奈津への疑念が、執拗なまでに胸の奥底に黒い斑点のように付着していた。

 だが、そんな邪念を払拭したくて……俺が惚れた女だ。奈津を信じよう。努はそう、自分に言い聞かせていた。





 ピンクのエプロンで夕食の支度をしている、ポニーテールの奈津の後ろ姿が愛らしかった。

「ねぇ、あなた。男の子と女の子、どっちがいい?」

 そう訊きながら振り返った奈津の笑顔は、二十年前に見た、あのチャーミングな笑顔だった。











   完
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