独り遊戯

紫 李鳥

文字の大きさ
上 下
10 / 12

真相

しおりを挟む
 


「えっ!ホントに?行ってもいいの?」

 奈津は感激している様子だった。

「……ああ」



 四十一になるバツイチの努は、大久保の安アパートに住んでいた。二年前に離婚した妻との間には子供が居なかった為、スムーズに協議離婚が成立した。



 ――涼しげな青い水玉柄のワンピースが、ボストンバッグを提げたポニーテールの奈津に、よく似合っていた。努は、笑顔の奈津を歓迎すると、余計なことは訊かず酒を勧めた。酒が弱いと言う奈津に、友人から貰った梅酒を注いでやった。

「自宅はどうしたんだ?」

「売りに出したわ。殺人があった家になんか住めないもの。けど、いわく付き物件だから売れないかも」

 口を尖らせた。

「これからどうするんだ」

「アパートでも借りるわ」

「……そうか。ところで」

 先ず、千草のことから訊いた。



「……私に優しくしてくれたあなたが、千草との関係を続けたことが許せなかった。なんか、嘘を吐かれたみたいで悔しかった。……千草さえ居なければ、あなたを独り占めできるのにって思った。あなたが来なくなってから、毎晩のように千草の殺害方法を考えていた。千草が死ねば、あなたが心配して来てくれると思った。
 二階で何をしてたのかと刑事に訊かれた時、輪ゴムを繋げたり、三つ編みをしたりと答えた。その、子供の独り遊戯こそが、殺害方法を考える時間だった。

・血が出ない殺し方をする。
・首を絞めて殺す。
・握力を強くするために、つないで三つ編みにした輪ゴムを手に巻く。
・絞めを強くするために、ぬらした紐を使う。
・千草の顔を二度と見たくないから、庭に埋める。
・大雨の日に実行する。土が柔らかいから簡単に穴が掘れる。
・お兄ちゃんが来てくれたら、ウソ泣きする。

 そういう類いのことを箇条書きにして、チャンスを待っていた。そして、好機は到来した。あの大雨の日は、『千草』の定休日だったから客は居ない。
あなたに会えない寂しさからか、千草は夕方から酒をあおっていた。
 そして、千草が寝付いた頃を見計らって、輪ゴムを巻き付けた手で、雨に濡らした紐を持つと、静かに階段を下りた。雨は屋根瓦を激しく叩き付けていた。これなら階段の軋む音も消される。一段、一段、下りた。その時、




 ザクッ!ザクッ!スコップで土を掘る音が聞こえた。ハッと思って、開いていた襖から覗くと、土砂降りの中でスコップを動かす人のシルエットを、逆光の外灯が作っていた。アッ!私は心の中で叫んだ。
 そして、目を落とすと、仰向けになった千草が首から紐を垂らして、雨に打たれていた。見た瞬間、見開いた千草の眼の球が、外灯の明かりで光った――」



「……どうして、そのことを刑事に言わなかった」

 努は、国家公務員としての義務を果たした。

「だって、私の身代わりをしてくれた人を売りたくないもの」

(身代わりか……それは、俺が奈津に抱いた気持ちと同じだった。俺達と同様に、千草を殺したいと思った人間が他にも居たと言うことか)

「ね、真犯人を知りたくないの?」

「今更いいよ。時効は五年も前に終わってるんだ」

 努は気怠そうに横を向いた。

「あー、職務怠慢。お巡りさんに言いつけてやる」

 酔ったのか、頬をピンクに染めた奈津が子供みたいな喋り方をした。

「バァカ。僕、刑事さん。刑事さんじゃ駄目?」

 努も酔っていた。努のふざけた物言いに、吹き出した奈津がゲラゲラ笑った。



 ――結局、奈津と暮らすことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寓意の光景

紫 李鳥
ミステリー
復讐をするために柴田に近づいた純香だったが……

問題の時間

紫 李鳥
ミステリー
オリジナルのクイズ・パズル・なぞなぞ、とんちなどで頭の体操♪ミステリアスなクイズもあります。 ※正解は、次回の末尾にあります。

闇の部屋

高間ノリオ
ミステリー
これはある人物の身に起こる摩訶不思議な物語、人は視覚を失った時、何を考え何を思いどの様な行動をするのか、人類の愚かさを書いて行きます。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

貼りだされた文章

ゆうり
ミステリー
"安田栄一"が取引先へ向かう途中に、庭先に筆で書かれた文字を貼りだす不気味な家があった。 その文字は難解な四字熟語など一応意味のある言葉だったが、 ある日今までとは全く違う謎の文章を貼りだす。 意味不明な行動を繰り返すこの家を訪ねることになった栄一。 少しずつ家の主をことを知っていき、なぜこんな行動をするのかを推理していく。 その理由とは? そして庭先に貼りだされた文章には一体どういう意味があるのか?

最後の灯り

つづり
ミステリー
フリーライターの『私』は「霧が濃くなると人が消える」という伝説を追って、北陸の山奥にある村を訪れる――。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...