6 / 12
追想
しおりを挟む翌日、二十年前を彷彿させるかのような、清楚な白いワンピースで奈津が現れた。努は奈津から目を逸らすと 軽く咳払いをした。
「奥さん、風邪気味のところをご苦労様です」
「いいえ」
「早速ですが、ご主人と寝室を別にしたのは、何故ですか?」
努は興味のあることから訊いた。
「主人は結婚当初から鼾が酷くて、私から頼んで別にして貰ったんです」
「恋愛結婚ですか?」
「……ええ。まあ」
「ご主人がヤクザだと知ってて、付き合ったんですか?」
努は興味本位で訊いた。
「最初の頃は知りませんでした。とても真摯で……」
努は責めるような目で奈津を睨んだ。奈津は目を逸らした。
「……話上手で。伴って来店する社員らしき人達から、社長、って呼ばれてたし、まさか、ヤクザだなんて思いもしませんでした。毎日のように来店してくれて、お陰で指名料がトップになって。景気のいい会社なんだぐらいにしか思いませんでした。
話は面白いし、飲み方はスマートだし、金払いはいいし。最高のお客さんでした。……それが、ああいう人達の手なんでしょうけど、私は気付きませんでした」
「気付いたのはいつだ?」
無意識のうちに努の言葉が荒くなっていた。調書を執っていた須藤が、努の荒げた語気に反応するかのように横顔を向けた。
「……背中の刺青を見た時です……」
奈津が一瞥した。努めて冷静を装うと、努は煙草を一本抜いた。
「ヤクザだと気付いた時、別れようと思わなかったのか?」
努は諭すような言い方をした。
「いいえ。思いませんでした」
断言した。予想だにしなかった奈津の返答に、努は愕然とした。
「……どうしてだ?」
合点のいかない顔を向けた。
「例えヤクザだと分かっても、一度好きになった人を簡単に嫌いにはなれません。……原口は、私が九歳の時に恋した人に似てました――」
(……!)
努のことを言っていた。
「……あれは、小学四年の夏休みだった。お兄ちゃんは、日焼けした顔に白いシャツがよく似合っていた。お兄ちゃんはいつもキャンディやキャラメルを買ってきてくれた。それを食べながら、朝顔や矢車草の咲いた庭を眺めながら煙草を吸っているお兄ちゃんの横顔を見てるのが好きだった。
……お兄ちゃんは口数は少なかったけど、一緒に居て楽しかった。何か、心が安らいだ……」
奈津は目を潤ませていた。努は申し訳なさそうに俯いた。
「……私が大人だったら、お兄ちゃんの恋人になれるのに…そう思うと、自分がまだ九歳なのが悔しかった。……あの時に成就できなかった思いの丈を原口にぶつけました――」
「……つまり、愛していたと言うことですか?」
「誰を?」
奈津が妙な聞き返しをした。
「……誰って、ご主人をですよ」
「いいえ、愛していません」
「……はぁ?」
努には、奈津の言ってる意味が分からなかった。
「私が愛した人は唯一人。九歳の時に会ったお兄ちゃんです」
奈津は潤んだ瞳で努を見詰めた。努は咄嗟に目を逸らすと、照れ隠しのように咳払いをした。奈津に顔を戻すと、舌を出して笑っていた。奈津にからかわれたことを知った努は、調書を執っている須藤に気付かれないように、片手で横顔を隠すと、子供を叱るような仕種をした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

泉田高校放課後事件禄
野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。
田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。
【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる