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トラウマ
しおりを挟む〔あの人に会いたい!〕というテレビ番組がある。
事情があって、幼い頃に生き別れになった肉親や、命の恩人を探してくれるものだ。
「次のかたは、中学時代の恩師に会いたいと言う、大埜璋子さんです。どうぞ」
白髪まじりの前髪を垂らした、俯き加減の璋子は、どう見ても暗いイメージだった。
「ようこそ、おいでくださいました。中学時代の恩師に会いたいと言うことですが、どんな思い出がありますか?」
「……優しくしてもらった思い出が……いっぱいで……しくしく……」
璋子は、手にしたハンカチで目頭を押さえた。
「えー、胸に詰まるものがあるのでしょう。私が代弁をさせていただきます。
えー、大埜璋子さんは、医師から末期がんと診断され、余命幾ばくもないとのことです。
死ぬ前にお世話になった恩師に一目会って、感謝の気持ちを伝えたいとのことで、この番組に応募されました。ぜひ、奥田先生に会って頂きたいと思います。大埜さん、先生に会えるといいですね?」
「はい。……しくしく」
次の収録日。璋子は、前回とは正反対のイメージだった。ロングブーツにミニスカート、短く切った髪は亜麻色だった。スタッフやゲストから感嘆の声が漏れた。
「わぁー、随分若々しくなりましたね」
「先生に会えるかも知れないので、精一杯オシャレしてきました」
「キレイな上に、明るくなりましたね」
「先生に会えると思うと、嬉しくて」
「いやー、ホント見違えました。では、奥田先生はいらしているでしょうか?扉を開けます」
ギィーッ
「アッ!いらしてます」
その瞬間、周りから大きな拍手が湧いた。そこには、スタッフが押す車椅子に乗った老爺がいた。
璋子は両手で口を押さえると、感激に身を震わせていた。
「大埜さん、先生がいらしてくれましたよ」
「……先生」
璋子は、奥田に駆け寄った。
「先生、覚えていますか?大埜璋子です」
中学時代の写真を奥田の目の前に差し出した。
「……いや、思い出せない。私に会いたいと言うことなので、当時を振り返ってみたが、思い出せなかった。実際に会えば思い出すかと思ったが、やはり思い出せない。よほど、印象が薄かったんだな、君は」
奥田のその言葉に、璋子は笑顔から一変すると、目を見開いて睨んだ。
「残念ですね、折角再会できたのに――」
皆が司会者の話に耳を傾けた瞬間、璋子はブーツのファスナーを下ろすと、ジャックナイフを取り出した。途端、
「死ねーーーっ!」
そう喚くと、奥田の胸元を目掛けてナイフを刺した。
「ギャーーーッ!」
周りから悲鳴が上がった。
「憎い!憎い!憎い!憎い!」
璋子は物凄い形相で、無防備な奥田の胸を何度も刺した。璋子の迫力に怯んで、誰一人として、その行為を止めることができなかった。
返り血を浴びた璋子の白いセーターは真っ赤になっていた。血まみれの奥田は既に息絶え、天井を向いて口を半開きにしていた。
そして、最後に、璋子は自分の首を切って、その場に倒れた。
「うっ……うう」
スタジオは、血の海と化した。
《私は、中学の時、奥田という担任にイジメを受けていました。その、心に受けた傷は30年を経過した今でも消えることはありません。
もし、私のことを覚えていて、「あの時のことはすまなかった」の一言があったなら、これがこのように公開されることはなかったでしょう。
人は誰しもが多かれ少なかれトラウマを抱えて生きています。不意に記憶が甦り、本来の自分らしく生きられず卑屈になってしまう。その発端が担任から受けたイジメでした。
トラウマとは、精神的外傷、心の傷です。それが人生にどれ程の影響を及ぼすかということを、公の場を借りて社会に訴えたかった。
後悔はしていません。大埜璋子》
それが、スタジオの控え室にあった、璋子の遺書だった。
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