2 / 3
2
しおりを挟むそこにあったのは、夏希を見つめる長い髪の女の顔だった。
「ひぇ」
反射的に後ずさりした。……だが、よく見ると、カーテンの隙間の窓に映った自分の顔だった。
……もう、そそっかしいんだから。
夏希はホッとすると自嘲した。だが、さっき確かに女の泣き声が聞こえた。……あれは、幻聴だと言うのか? 夏希はスッキリしなかった。……もしかして、この消えない[new]は零余子からのダイイング・メッセージなのではないだろうか。夏希はふと、そんなふうに思った。だが、真相を確かめるにも本名はおろか、どこの大学かも分からない。そこで、ヒント探しをするために、零余子の全ての作品をもう一度読み返した。――すると、エッセイの中にこんな件があった。
〈大学の前にある白い扉の小さな喫茶店によく行くんだけど、入り口脇の花壇には季節の草花が植えてあって、とても素敵です。花を愛でるのも楽しみの一つ。その喫茶店の厨房には80歳になる女の人が働いているんだって。年齢を聞いたときはビックリしたけど、80歳になっても働くという考え方に敬服しました。どうりで、昔ながらの美味しいカレーやナポリタンなんだと思いました〉
読んだあと、夏希はハッとした。この喫茶店に心当たりがあったからだ。――紛れもなく、自分が通う大学の前にある喫茶店だった。……つまり、零余子は同じ大学の学生。夏希は愕然とした。
……まさか、同じ大学だったとは。
だが、肝心な本名が分からない。どこかにヒントはないだろうかと思いながら次のページに移った時だった。
〈その喫茶店には一人で行くのが好きだけど、時々、同じ学部のNに誘われる。スリムなNは服のセンスも良く、小顔にマッシュショートが似合っていた〉
……マッシュショート?
〈でも、どうしても好きになれない。それには理由がある。デート中だったNと偶然会ったときのこと。自慢気にイケメンの彼氏を紹介して、恋愛に疎い私を蔑むような目で見た。あのときのNの冷ややかな目を忘れることができません。でも、今は素敵な彼氏がいます。彼氏の正体は今は明かせないけど、とても幸せです〉
……小顔にマッシュショート? もしかして、Nって尚美のこと? ……ということは、零余子は私も知ってる人?もし仮に私も知ってる人なら一人だけ思い当たった。
「あっ!」
その人の名は、立木未菜。同じ学部の同期だった。だが、未菜は大人しくて目立たない存在で、ろくに話をしたことがなかった。一人でいることが多かった未菜を気にかけてか、社交的な尚美が誘って、二、三度お茶をしたことがあった。未菜は清純なイメージはあったが、口数の少ない内向的なタイプで、一緒にいても楽しくなかった。
仮に未菜が零余子だとしたら、作品から受ける印象とは正反対だった。積極的にグイグイいく作風の零余子と、大人しいイメージの未菜とはどうしても結びつかなかったが、得てして作家という者は、実際の人格とは異なる作品を書きたがるものなのかもしれない。
ここまで知り得た情報から推測したのは、零余子の不可解な突然の退会に尚美が関わっているのではないかということだった。――そこで、鎌をかけてみることにした。
「ね? 最近元気ないけど、何かあった?」
「……別に」
口が重かった。
「彼氏とうまくいってるの?」
「えっ?」
驚いた目を向けた。
「なんで?」
「最近彼氏の話しないから」
尚美を一瞥すると、ストローでオレンジジュースを飲んだ。
「……会ってない」
目を伏せて呟いた。
「何かあったの?」
「……別れてくれって言われて」
感情の起伏が激しい尚美は今にも泣き出しそうだった。
「……そんな」
「他に好きな女ができたからって……」
尚美はショルダーバッグから出したハンカチで目頭を押さえた。
「で、相手は? 私の知ってる人?」
その質問に尚美は潤んだ目を向けたまま返事をしなかった。それがどういう意味なのか、答えは出ていた。尚美は深刻な表情を残したままで席を立った。
……もしかして、未菜に彼氏を奪われたのかしら? あんな大人しい顔をして、なんて大胆な。……でも、そのことと退会したことにどんな関係があるのだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
聖者の漆黒
中岡いち
ホラー
「かなざくらの古屋敷」スピンオフ作品
「御陵院西沙が恵元萌江と出会う前の物語」
〝憑き物〟〝祓い事〟を専門とする歴史のある神社・御陵院神社。その神社で三姉妹の三女として産まれ育ちながらも、その力の強さ故に神社を追い出された霊能力者・御陵院西沙。
その西沙が代表を務める心霊相談所の元に、森の中で見付かった〝風鈴の館〟についての相談が持ち込まれる。持ち込んだのは西沙の知り合いでフリージャーナリストの水月杏奈。屋敷総ての天井に風鈴が下がった不思議な廃墟。そこでは何度も首吊り遺体が見付かるが、なぜか全員が誰かによって紐を解かれ、穏やかな死に顔で見付かっていた。当然のようにオカルト界隈で話題になるが、その屋敷を探しに行っても誰も見付けることが出来ないまま噂ばかりが先行していく。見付けられるのは自殺者自身と、それを探す捜索隊だけ。
別件で大きな地主・楢見崎家からの相談も同時期に受けることになったが、それは「楢見崎家の呪いを解いて欲しい」というものだった。何百年も昔から長男は必ず一年と経たずに亡くなり、その後に産まれた長女を傷も付けないように守って血筋を繋いでいた。
その二つの物語を繋げていくのは、西沙の血筋でもある御陵院神社の深い歴史だった。
西沙の母や姉妹との確執の中で導き出されていく過去の〝呪い〟が、その本質を現し始める。
Re-production
せんのあすむ
ホラー
インフルエンザに効く薬を求め、マナウス奥の熱帯雨林で行方不明になった父。
彼を探しに行った美佐と自衛隊員たちに、次々に災難がふりかかる。彼らは生きてジャングルを脱出できるのか!?
こちらも母が遺した小説です。ほぼ手を加えずにアップしていきます。2000年以前に初期プロットを作って2009年に完成したものらしいので、設定とか表現とかに古いものとか現在の解釈とは異なるものがあるかもしれません。
母が管理していたサイトです。アカウントもパスワードもメールアドレスも紛失してしまって放置状態ですが……
→ http://moment2009.ojaru.jp/index.html
夜嵐
村井 彰
ホラー
修学旅行で訪れた沖縄の夜。しかし今晩は生憎の嵐だった。
吹き荒れる風に閉じ込められ、この様子では明日も到底思い出作りどころではないだろう。そんな淀んだ空気の中、不意に友人の一人が声をあげる。
「怪談話をしないか?」
唐突とも言える提案だったが、非日常の雰囲気に、あるいは退屈に後押しされて、友人達は誘われるように集まった。
そうして語られる、それぞれの奇妙な物語。それらが最後に呼び寄せるものは……
輪廻の呪后
凰太郎
ホラー
闇暦二十六年──。
エレン・アルターナが見る陰惨な悪夢は、日々鮮明となっていった。
そして、それは現実へと顕現し始める!
彼女の健常を崩していく得体知れぬ悪意!
父と絶縁して根無し草となっていた姉・ヴァレリアは、愛する妹を救うべく謎を追う!
暗躍する狂信徒集団!
迫る呪怪の脅威!
太古からの呼び声が姉妹へと授けるのは、はたして呪われた福音か!
闇暦戦史第四弾!
最強の闇暦魔姫が此処に再生する!
封魄画帖
ちゃあき
ホラー
師範学校一年の倉科は美しい猥画描きの画家・石動と出会う。彼の持つ「封魄画帖」というスケッチ帖には主役の人物が欠けた風景画がかかれている。
そこに人の魂の陰部を描くことできれば絵は完成するらしい。絵の景色に似た橋で嘆く女の幽霊と出会い、彼女を絵に加えようとするがうまくいかない。その秘密をさぐることにするが…………。
Δ直接的な性描写はありませんが、卑猥な表現がでてくるためR15にしています。
Δおとな向けですがのんびりしたファンタジーです。
Δ年号を出していますが正確な時代背景に基づきません。精緻な設定を求められる方はごめんなさい。
Δ一部主人公の良心的ではない発言がありますが、石動の特徴と対比するものでそういった考えを推奨しません。
オーデション〜リリース前
のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。
早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。
ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。
オーデション
2章 パラサイト
オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。
そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める
雷命の造娘
凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。
〈娘〉は、独りだった……。
〈娘〉は、虚だった……。
そして、闇暦二九年──。
残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める!
人間の業に汚れた罪深き己が宿命を!
人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。
豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか?
闇暦戦史、第二弾開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる