消えない[new]

紫 李鳥

文字の大きさ
上 下
1 / 3

しおりを挟む
 

 携帯小説を読むのが好きな大学3年の夏希なつきは、ファン登録している作家が何人かいた。中でも、〈零余子むかご〉という作家の詩やエッセイが好きだった。恋愛の詩が多く、連載のエッセイも、社会人の彼氏との恋を題材にしていた。

 年齢は非公開に設定されていたが、エッセイの内容からして、大学生であることは間違いなかった。掲載作品は50近くあり、ラブストーリー、SF、ファンタジー、ミステリー、ホラーと、色んなジャンルを手掛けていた。

 そのせいか、ファンも多く、特に零余子のホラーは人気があり、オススメのランキングでも上位を占めていた。しかし、人一倍怖がりの夏希は、ホラーだけは読んでいなかった。

 夏希が登録をしている小説サイトは、新作や更新を知らせる赤い[new]のマークが表示され、読むと消えるようになっていた。読まなければ、いつまでも[new]のマークは消えない。また、作家が退会しても、その作家が作品を削除しない限り、ユーザーは読むことができた。


 そんなある日のこと。零余子の更新を楽しみにしていた夏希は、早速、本棚を開いてみた。すると、予想だにしなかった、(退会)の表示があったのだ。

「うそっ……」

 思わず声が出た。詩にもエッセイにも退会をほのめかすくだりがなかっただけに、その衝撃は大きかった。と同時に、何か不自然なものを感じた。

 連載を残している上に、更新のエッセイには、「夏休みに旅行することや旅先でのエピソードを報告する」など、次回の予告を示唆しさする内容になっていた。退会を決めていたなら、次回作の予告などしないはずだ。

 ……プライベートでの諸事情だろうか。それとも、旅先で何かあったのかしら。

 夏希は、カテゴリのホラーから消えない赤い[new]のマークを困惑の表情で見つめていた。すると、一瞬、点滅したように見えて、ハッとした。それはまるで、「読んでくれ」と言っているように夏希には思えた。もしかして、このホラー作品に、退会の真相が隠されているのかもしれない。

 ……どうしよう。ホラー、苦手だから。


 結局、友達の尚美なおみに読んでもらうことにした。尚美は大学の同期で、プライベートでも親しく付き合っていた。スレンダーで小顔の尚美はファッションセンスもあり、栗色のマッシュショートが似合っていた。少し我が儘なところもあるが、笑うツボが同じのせいか一緒にいて楽しかった。夏希は、お茶に誘うと、喫茶店に着くや否や携帯を差し出した。受け取った尚美は、ゆっくりと親指を動かし始めた。――

「で、どんな内容だった?」

 バナナシェイクを吸っていたストローから口を離すと、携帯を閉じた尚美に訊いた。

「惨殺とか幽霊の類じゃなくて、なんて言うか、心理的な恐怖っていうの? ……ストーカーに追われて怖い思いをする話」

 携帯を差し出すと、ストロベリーシェイクのストローに口をつけた。

「……例えば?」

「例えば、大学の帰りに、背後に人の気配を感じて振り向いても誰もいないとか、毎日のように、携帯に非通知の電話があるとか」

「で、ストーカーは誰だったの?」

「まだ分かんない。だってこれ、連載じゃん」

「……か」

「ね、このホラーがどうかしたの?」

 興味津々と言った具合に、尚美が正面で頬杖をついた。

「ん? あ、私、ほらぁ、ホラー系は駄目じゃん。だから読んでもらったわけ」

「ほらぁとホラーのダジャレ? ま、いいけどね。シェイク、ごちそうになったし」

 尚美は満更でもない顔をした。


 ホラーを尚美に読んでもらい一安心した夏希は、帰宅すると早速、〈零余子〉の本棚を開いてみた。ところが、

「うそ……」

 思わず声が漏れた。


 ホラーの[new]が消えてなかったのだ。

 ……どうして? 既読すれば消えるはずよ。単なる不具合? ……まさか、尚美が読んでなかったとか。なんてことはないよね。惨殺とか幽霊の類じゃないって言ってたから、自分で読んで確認してみるか。

 夏希は、覚悟を決めると、ホラーの[new]を押した。



 タイトルは、『足音は不気味にわらう』だった。夏希は、ドキドキ、ハラハラしながら読み始めた。――


 読み終えた瞬間、背筋に冷たいものを感じたが、振り向くことさえ怖くて、体を硬直させた。すると、

『シクシク……』

 と、若い女の泣き声が背後から聞こえた。ビックリした夏希は咄嗟とっさに振り返った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

それが求めるモノ

八神 凪
ホラー
それは暑い日のお盆―― 家族とお墓参りに行ったその後、徐々におかしくなる母親。 異変はそれだけにとどまらず――

聖者の漆黒

中岡いち
ホラー
「かなざくらの古屋敷」スピンオフ作品 「御陵院西沙が恵元萌江と出会う前の物語」  〝憑き物〟〝祓い事〟を専門とする歴史のある神社・御陵院神社。その神社で三姉妹の三女として産まれ育ちながらも、その力の強さ故に神社を追い出された霊能力者・御陵院西沙。  その西沙が代表を務める心霊相談所の元に、森の中で見付かった〝風鈴の館〟についての相談が持ち込まれる。持ち込んだのは西沙の知り合いでフリージャーナリストの水月杏奈。屋敷総ての天井に風鈴が下がった不思議な廃墟。そこでは何度も首吊り遺体が見付かるが、なぜか全員が誰かによって紐を解かれ、穏やかな死に顔で見付かっていた。当然のようにオカルト界隈で話題になるが、その屋敷を探しに行っても誰も見付けることが出来ないまま噂ばかりが先行していく。見付けられるのは自殺者自身と、それを探す捜索隊だけ。  別件で大きな地主・楢見崎家からの相談も同時期に受けることになったが、それは「楢見崎家の呪いを解いて欲しい」というものだった。何百年も昔から長男は必ず一年と経たずに亡くなり、その後に産まれた長女を傷も付けないように守って血筋を繋いでいた。  その二つの物語を繋げていくのは、西沙の血筋でもある御陵院神社の深い歴史だった。  西沙の母や姉妹との確執の中で導き出されていく過去の〝呪い〟が、その本質を現し始める。

Re-production

せんのあすむ
ホラー
インフルエンザに効く薬を求め、マナウス奥の熱帯雨林で行方不明になった父。 彼を探しに行った美佐と自衛隊員たちに、次々に災難がふりかかる。彼らは生きてジャングルを脱出できるのか!?       こちらも母が遺した小説です。ほぼ手を加えずにアップしていきます。2000年以前に初期プロットを作って2009年に完成したものらしいので、設定とか表現とかに古いものとか現在の解釈とは異なるものがあるかもしれません。 母が管理していたサイトです。アカウントもパスワードもメールアドレスも紛失してしまって放置状態ですが……  → http://moment2009.ojaru.jp/index.html

夜嵐

村井 彰
ホラー
修学旅行で訪れた沖縄の夜。しかし今晩は生憎の嵐だった。 吹き荒れる風に閉じ込められ、この様子では明日も到底思い出作りどころではないだろう。そんな淀んだ空気の中、不意に友人の一人が声をあげる。 「怪談話をしないか?」 唐突とも言える提案だったが、非日常の雰囲気に、あるいは退屈に後押しされて、友人達は誘われるように集まった。 そうして語られる、それぞれの奇妙な物語。それらが最後に呼び寄せるものは……

封魄画帖

ちゃあき
ホラー
師範学校一年の倉科は美しい猥画描きの画家・石動と出会う。彼の持つ「封魄画帖」というスケッチ帖には主役の人物が欠けた風景画がかかれている。 そこに人の魂の陰部を描くことできれば絵は完成するらしい。絵の景色に似た橋で嘆く女の幽霊と出会い、彼女を絵に加えようとするがうまくいかない。その秘密をさぐることにするが…………。 Δ直接的な性描写はありませんが、卑猥な表現がでてくるためR15にしています。 Δおとな向けですがのんびりしたファンタジーです。 Δ年号を出していますが正確な時代背景に基づきません。精緻な設定を求められる方はごめんなさい。 Δ一部主人公の良心的ではない発言がありますが、石動の特徴と対比するものでそういった考えを推奨しません。

オーデション〜リリース前

のーまじん
ホラー
50代の池上は、殺虫剤の会社の研究員だった。 早期退職した彼は、昆虫の資料の整理をしながら、日雇いバイトで生計を立てていた。 ある日、派遣先で知り合った元同僚の秋吉に飲みに誘われる。 オーデション 2章 パラサイト  オーデションの主人公 池上は声優秋吉と共に収録のために信州の屋敷に向かう。  そこで、池上はイシスのスカラベを探せと言われるが思案する中、突然やってきた秋吉が100年前の不気味な詩について話し始める  

雷命の造娘

凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。 〈娘〉は、独りだった……。 〈娘〉は、虚だった……。 そして、闇暦二九年──。 残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める! 人間の業に汚れた罪深き己が宿命を! 人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。 豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか? 闇暦戦史、第二弾開幕!

飲みサーの俺と文芸部の友人(2/25更新)

狂言巡
ホラー
 とある男女共学の大学で、飲みサーと化しているオカルト研究部に所属する俺と文芸部に所属する女友達の、不可解で奇妙でうっすら不穏な短編連作。

処理中です...