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しおりを挟む「お姉ちゃん! 美音っ!」
ただ事ではないその美音の叫びは、純香の心臓の音を激しく打った。急いで開けたドアの向こうには、普通ではない美音の顔があった。戦きのあまり、純香は目を丸くしたまま言葉が出なかった。
「お父さん、いっけ?」
「ううん、来てない。どうしたの?」
「お父さん、帰って来なんだ」
美音は今にも泣き出しそうだった。
「入って」
美音を中に入れると、急いで炬燵と電気ストーブのスイッチをオンにした。
「電話もなかったの?」
「うん」
炬燵に入った美音が暗い顔で俯いていた。
「こんなこと初めて?」
「うん」
「……何があったのかしら」
純香は長大息をつくと、台所に行った。――
美音に湯煎で温めた牛乳を飲ませると、チキンライスを作って食べさせた。「後で会社に電話してみるから」と美音を安心させて帰した。
事故にでも遭ったのではと思い、朝刊とテレビのニュースを見た。……柴田の身に何があったのだろう? 電話一本できない事情とは? 何か事件に巻き込まれたのだろうか……。
柴田の出勤時間まで仮眠しようと横になってみたが、結局眠れなかった。――焦燥感からか、九時前からその誰も居ない会社に何度も電話をしていた。その度に、呼出音だけが空しく鳴っていた。――九時ジャスト。五回のコールで繋がった。
「はい、ドリーム出版です」
若い女の声だった。
「在宅校正の森ですが」
「あ、はい」
「社長は?」
「いえ、まだ出勤していませんが」
「昨日は何時頃帰りました?」
「えーと、五時前です。急用ができたからと言って」
「その時、誰かから電話があって出掛けたのかしら」
「さあ……。あったとしたら、社長に直通だと思います。私は受けてないので」
「そう。社長からはその後なんの連絡も?」
「ええ。ありません」
「ありがとう……」
受話器を持ったまま佇んでいた。心配で堪らなかった。柴田の声が聞きたい、顔が見たい。寝不足と不安で、食欲が無かった。テレビを点けてみたが、内容など耳に入っていなかった。何をすればいいのか、気持ちの整理もつかず、無駄な動きばかりをしていた。
――その電話の音にギクッとしたのは、コーヒーを淹れている時だった。これほどまでに電話のベルを大きく感じたことは、曾て無かった。慌てて受話器を取った。黙っていると、
「……もしもし」
声が聞こえた。柴田だった。
「はいっ」
純香は昂奮していた。
「……すまなかった。詳しいことは後で話すから」
「それより、美音ちゃんに連絡して。留守電にでも」
柴田が無事だった安心感と、心配させた怒りで、純香にそんな無感情な言い方をさせた。
「分かった」
「心配して、うちに来たのよ」
「そうか。悪かったな、心配かけて」
「……ううん。何事も無くて良かったわ」
「……今夜、行くから」
「……ええ」
柴田の声が聞けた安堵感から、純香は俄然食欲が湧いた。だが、柴田の雰囲気から何か深刻な事情を感じた。本当は開口一番に連絡できなかった理由を問い質したかったが、後で話すと言われた以上、柴田の意思に任せるほかなかった。
三人で食事をする予定の純香は、食材を買ってくると、ついでにドアの郵便受けから夕刊を抜き取った。食材を冷蔵庫に入れると、新聞の社会面を広げた。――そこに、気になる記事があった。
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