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しおりを挟む「……ん、おいしい」
「良かった。食事は何がいい?」
「お任せします」
「じゃ、和食にしよう。この階下に旨い店があるから」
「ええ」
どんな言い訳をして柴田からの誘惑を断ろう……。純香は逃げ道を模索していた。だが、不覚にも柴田に勧められた二杯目のカクテルで、足を取られるまでに酔ってしまった。
酔いが醒めたのは、ホテルのベッドの上だった。咄嗟に着衣の確認をした。脱がされた形跡がなかったので、純香は安心した。窓辺を見るとそこには、明かりのない部屋から街明かりを眺めている柴田のシルエットがあった。
「寝てたの? 私」
「ああ。目が覚めた?」
振り返った柴田がベッドのそばに来た。
「ごめんなさい」
「いや、気にしなくていいよ。お腹は空いてない?」
「空いた」
「じゃ、行こう」
ベッドから降りた途端、よろけて倒れそうになった純香の体を柴田が支えた。
「大丈夫?」
「……ええ」
互いは見詰めあった。潤んだ純香の瞳が街灯に煌めいていた。そして、どちらからともなく唇を重ねた。逆光の中で絡み合う二つの影は、やがて、窓辺から消えた。――
――柴田との情交を後悔しながらも、柴田に惹かれている自分の気持ちを否定することはできなかった。……何が復讐よ。母の仇に抱かれちゃって。純香は、簡単に柴田の手に落ちた自分が悔しかった。
「今度、娘のミオに会ってくれないか」
横で煙草をくゆらす柴田が顔を向けた。
「ミオちゃんて言うのね。どんな字を書くの?」
「美しいに音だ」
「綺麗な名前ね」
「来月から五年生だ。いろいろ教えてやってほしい」
「……私の面接の時、社長室をノックもしないで開けた若い女性とはどうなったの?」
「……別れた」
柴田は天井に顔を向けたままで返事をした。
……やっぱり、付き合ってたんだ。純香の直感は当たっていた。
「別れたから次は私ってわけ?」
「逆だ」
「えっ?」
柴田の横顔を視た。
「君の出現で別れたんだ」
「どう言うこと?」
「君と出会ってから、彼女とは会っていない。……それで気づいたんだろ、君が原因だと。向こうから聞いてきたから、俺も正直に言った。肯定した上で、別れてくれと」
「……」
「会社も辞めた。バイトの子が電話番と簡単な事務をしてるよ。君に頼むのは虫が良すぎるからな」
「……私のせいだったのね」
「責任なんか感じるなよ。俺が勝手にしたことだから」
柴田は背を向けると、煙草を消した。
「お腹、空いたろ? 今度こそホントに食べに行こう」
ボサボサ頭の柴田が少年のような表情をした。――
「……結婚したことは?」
猪口を手にした柴田が見た。
「ううん、ないわ」
理由は聞かないでよ、あなたが原因なんだから。純香は心で呟いた。
「君ほどの女が――」
柴田はそこまで言うと、口をつぐんだ。純香の醸し出す雰囲気がそうさせた。
「……女房は男を作って出ていった。俺が原因だ。仕事にかまけて、親の面倒も娘の面倒も任せっきりだった。家庭を顧みない亭主じゃ、嫌気が差すだろ」
自分の話に変えた柴田は自嘲するかのように鼻で笑うと、酒を飲み干した。
「……」
純香はお茶を飲みながら、握り寿司を食べていた。
「もう二度と同じことは繰り返さないよ」
柴田のその言い方は結婚を仄めかしていた。純香は目を合わせなかった。
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