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しおりを挟む帰宅した佑輔は急いで着替え、その足でホテルに向かった。――何度、ノックをしても返事がなかった。
……南美が余計なことを喋ったのか?
午前中に引き払ったことをフロントで聞いた佑輔は、バイクを取りに戻ると埠頭に急いだ。
……この台風だ、必ず欠航してるはずだ。頼む、欠航していてくれ。佑輔は神に祈った。
埠頭にバイクを乗り捨てると、暴風雨の中を歩き回った。
……どこに泊まっているんだ?佑輔は埠頭周辺の民宿で片っ端から尋ねることにした。――だが、三軒目にも居らず、一軒一軒訊くのがもどかしくなった佑輔は、軒を並べた民宿の窓に向って、
「ミワコーっ!」
と、叫んだ。何事かと、それぞれの宿の客達が窓越しに覗いていた。
「ミワコーっ!」
雨と風は、激しく窓ガラスを叩き付けていた。窓辺に凭れていた美輪子は、佑輔の声が聞こえたような気がした。
……佑輔を想うあまりの幻聴かしら?
「ミワコーっ!」
いや!幻聴ではない。美輪子は反射的に窓から覗いた。そこに居たのは、誘蛾灯の下から見上げているずぶ濡れの佑輔だった。美輪子は急いで階段を下りると、玄関の引き戸を開け、佑輔に駆け寄った。そして、
「佑輔っ!」
と、名を呼びながら抱きついた。
「……ミワコ……会えた」
二人は雨に打たれながら接吻をした。――美輪子はそこを引き払うと、佑輔のバイクに乗って、適当なホテルに入った。部屋に入るなり二人はシャワーを浴びた。
――ベッドに横たわる佑輔に美輪子は決別を示唆した。
「……あなたは私にお母さんの面影を見てるんじゃないの?……私はあなたのお母さんじゃないの。あなたにはあの少女が釣り合うの。だから――」
佑輔はその話をやめさせるかのように美輪子の唇を奪った。
「うっ」
「……それを決めるのは俺たい」
美輪子を見つめながら佑輔が大人みたいな口を利いた。
「……俺も東京に行く。あんたと暮らしたか」
「……駄目よ。半年もすれば卒業じゃない」
「あんたがおらんごとなったら寂しか。耐えられん」
「親御さんが心配するわ」
「……じいちゃんと二人暮らしやけん」
佑輔が悲しい顔をした。
「そしたらなおのこと、一人にさせちゃいけないわ」
「したら、どぎゃんしたらよかとか?あんたば失ったら生きる望みなんか無くなると」
「……私は……人を殺したかもしれないの」
「……えっ?」
「だから、関わらないほうがいいわ」
「……あんたが例え人殺しでもよか。あんたと一緒に暮らしたか」
「何を言ってるの?私なんかに関わっちゃ駄目」
「いやだ。あんたと一緒に行くけん」
「だったら、卒業してからでも遅くないじゃない」
「そげん先まで待ち切れん」
「……佑輔くん、おじいちゃんはどうするの?親代りに育ててくれた人でしょ?悲しませちゃ駄目」
「したら、どぎゃんしたらよかとか?」
「だから、来るとしても卒業してからにしなさい。電話番号を教えるから」
それは、“熱い物は冷めやすい”という諺もあるように、半年も経てば佑輔の気持ちも冷めるだろう、と考えた美輪子の方便だった。
「……卒業したら、本当に会ってくれると?」
「ええ、勿論よ。卒業したら、自分の将来を自由に選択できるでしょ?誰にも気兼ねすることなく自分の意思で行動できるわ」
「……分かった。卒業まで待つけん」
「その代わり、ちゃんと学校行かなきゃ駄目よ。卒業証書を持ってなきゃ会わないからね。分かった?」
「……分かった」
「じゃあ、指切り」
美輪子は、仰向けの佑輔に小指を見せた。その指に佑輔が小指を絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った。……約束だよ」
「……分かった」
「おじいちゃんを大切にね。分かった?」
「……分かった」
美輪子は微笑みながら佑輔の頭を撫でてやった。
翌朝は台風一過の晴天だった。美輪子は埠頭で海を眺めながら、連絡船を待っていた。
「あっ、そうだ。ちょっと行ってくるけん」
佑輔は何やら思い付くと、バイクのエンジンをふかした。
「どこに行くの?」
美輪子が心配そうな顔をした。
「じきに戻ってくるけん」
佑輔はあどけない笑顔を向けると、バイクを走らせた。
既に秋になっている裏山に登ると、佑輔は栗を拾った。数個の毬を剥くと、ジーパンのポケットに押し込んだ。佑輔はそれを、都会人の美輪子への、この島の土産にしたかった。
……おいとの思い出にしてほしか。そう思いながら、佑輔は急いで美輪子の待つ埠頭に引き返した。
カーブに差し掛かった瞬間だった。濡れた落ち葉にスリップした佑輔のバイクは、カーブを曲がりきれずにガードレールに衝突した。バイクから投げ出された佑輔の体は生い茂る雑草の中に落下した。傍らには、ポケットから飛び出た栗が散乱していた。
「……ミワ……コ……」
佑輔は、湿った草むらを這いながら美輪子の名を呼んだ。
出港の汽笛が鳴り響いていた。事故のことなど知る由もない美輪子は、見送りに来るはずの佑輔を、逸る気持ちで待っていた。
仄かな秋色の馨りを乗せた潮風が、美輪子の黒髪を靡かせていた。――
完
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