初秋風

紫 李鳥

文字の大きさ
上 下
5 / 5

しおりを挟む
 

 帰宅した佑輔は急いで着替え、その足でホテルに向かった。――何度、ノックをしても返事がなかった。

 ……南美が余計なことを喋ったのか?

 午前中に引き払ったことをフロントで聞いた佑輔は、バイクを取りに戻ると埠頭に急いだ。

 ……この台風だ、必ず欠航してるはずだ。頼む、欠航していてくれ。佑輔は神に祈った。


 埠頭にバイクを乗り捨てると、暴風雨の中を歩き回った。

 ……どこに泊まっているんだ?佑輔は埠頭周辺の民宿で片っ端から尋ねることにした。――だが、三軒目にも居らず、一軒一軒訊くのがもどかしくなった佑輔は、軒を並べた民宿の窓に向って、

「ミワコーっ!」

 と、叫んだ。何事かと、それぞれの宿の客達が窓越しに覗いていた。

「ミワコーっ!」



 雨と風は、激しく窓ガラスを叩き付けていた。窓辺にもたれていた美輪子は、佑輔の声が聞こえたような気がした。

 ……佑輔を想うあまりの幻聴かしら?

「ミワコーっ!」

 いや!幻聴ではない。美輪子は反射的に窓から覗いた。そこに居たのは、誘蛾灯の下から見上げているずぶ濡れの佑輔だった。美輪子は急いで階段を下りると、玄関の引き戸を開け、佑輔に駆け寄った。そして、

「佑輔っ!」

 と、名を呼びながら抱きついた。

「……ミワコ……会えた」

 二人は雨に打たれながら接吻くちづけをした。――美輪子はそこを引き払うと、佑輔のバイクに乗って、適当なホテルに入った。部屋に入るなり二人はシャワーを浴びた。


 ――ベッドに横たわる佑輔に美輪子は決別を示唆しさした。

「……あなたは私にお母さんの面影を見てるんじゃないの?……私はあなたのお母さんじゃないの。あなたにはあの少女が釣り合うの。だから――」

 佑輔はその話をやめさせるかのように美輪子の唇を奪った。

「うっ」

「……それを決めるのは俺たい」

 美輪子を見つめながら佑輔が大人みたいな口を利いた。

「……俺も東京に行く。あんたと暮らしたか」

「……駄目よ。半年もすれば卒業じゃない」

「あんたがおらんごとなったら寂しか。耐えられん」

「親御さんが心配するわ」

「……じいちゃんと二人暮らしやけん」

 佑輔が悲しい顔をした。

「そしたらなおのこと、一人にさせちゃいけないわ」

「したら、どぎゃんしたらよかとか?あんたば失ったら生きる望みなんか無くなると」

「……私は……人を殺したかもしれないの」

「……えっ?」

「だから、関わらないほうがいいわ」

「……あんたが例え人殺しでもよか。あんたと一緒に暮らしたか」

「何を言ってるの?私なんかに関わっちゃ駄目」

「いやだ。あんたと一緒に行くけん」

「だったら、卒業してからでも遅くないじゃない」

「そげん先まで待ち切れん」

「……佑輔くん、おじいちゃんはどうするの?親代りに育ててくれた人でしょ?悲しませちゃ駄目」

「したら、どぎゃんしたらよかとか?」

「だから、来るとしても卒業してからにしなさい。電話番号を教えるから」

 それは、“熱い物は冷めやすい”ということわざもあるように、半年も経てば佑輔の気持ちも冷めるだろう、と考えた美輪子の方便だった。

「……卒業したら、本当に会ってくれると?」

「ええ、勿論よ。卒業したら、自分の将来を自由に選択できるでしょ?誰にも気兼ねすることなく自分の意思で行動できるわ」

「……分かった。卒業まで待つけん」

「その代わり、ちゃんと学校行かなきゃ駄目よ。卒業証書を持ってなきゃ会わないからね。分かった?」

「……分かった」

「じゃあ、指切り」

 美輪子は、仰向けの佑輔に小指を見せた。その指に佑輔が小指を絡めた。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った。……約束だよ」

「……分かった」

「おじいちゃんを大切にね。分かった?」

「……分かった」

 美輪子は微笑みながら佑輔の頭を撫でてやった。



 翌朝は台風一過の晴天だった。美輪子は埠頭で海を眺めながら、連絡船を待っていた。

「あっ、そうだ。ちょっと行ってくるけん」

 佑輔は何やら思い付くと、バイクのエンジンをふかした。

「どこに行くの?」

 美輪子が心配そうな顔をした。

「じきに戻ってくるけん」

 佑輔はあどけない笑顔を向けると、バイクを走らせた。


 既に秋になっている裏山に登ると、佑輔は栗を拾った。数個のいがを剥くと、ジーパンのポケットに押し込んだ。佑輔はそれを、都会人の美輪子への、この島の土産みやげにしたかった。

 ……おいとの思い出にしてほしか。そう思いながら、佑輔は急いで美輪子の待つ埠頭に引き返した。


 カーブに差し掛かった瞬間だった。濡れた落ち葉にスリップした佑輔のバイクは、カーブを曲がりきれずにガードレールに衝突した。バイクから投げ出された佑輔の体は生い茂る雑草の中に落下した。傍らには、ポケットから飛び出た栗が散乱していた。

「……ミワ……コ……」

 佑輔は、湿った草むらを這いながら美輪子の名を呼んだ。



 出港の汽笛きてきが鳴り響いていた。事故のことなど知る由もない美輪子は、見送りに来るはずの佑輔を、はやる気持ちで待っていた。





 ほのかな秋色のかおりを乗せた潮風が、美輪子の黒髪をなびかせていた。――








   完
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

処理中です...