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しおりを挟む不意打ちに遭って吃驚したのか、日斗美はギョッとした目を上げた。
「え?ああ、一日中接客をしてました。前日から泊まっているお客様もおられましたので」
「……そうでしたか?では、失礼します」
藤堂のその言葉が終わるのと同時に、日斗美は結んでいた口を横にほどいた。
日斗美の言ったことは本当だろう。従業員や客と口裏を合わせるには、余程の頑丈な基盤が要る。寸分の違いもなく異口同音にするのは至難の業だ。ましてや、台風の最中に外出するはずもない。やはり、金田は事故死なのだろうか……。
藤堂は、白髪まじりの洗いっぱなしの頭を掻いた。
再び上京し、日斗美が働いていたクラブや住んでいたマンションの隣人に話を訊いたが、当時の住人はおらず、結局、金田との接点を立証することはできなかった。
うむ……、俺の“刑事の勘”て言う奴も鈍ってきたか。そんなふうに結論付けながらも、胃もたれのようにスッキリしない胃袋には、まだ消化されていない残滓があった。
翌日、肝心なことを忘れていたのに気付いた。度外視していた金田の出身地だ。藤堂の頭にあった、“旅行客”というのが、金田を長崎以外の出身にしていたのだ。調べた結果、案の定、金田の出身地は長崎だった。それも、5年前まで住んでいた。つまり、5年前に上京したことになる。
金田をよく知る暴力団の組長、堀内信也から話を訊いた。
「――右翼ばやってた頃は羽振りもよく、女も2~3人おったごたぁ」
革のソファにどっしりと体を沈めた堀内は、舎弟の点けたライターの火に煙草の先を向けた。
「なして東京に行ったと?」
「金策たい。右翼ん頃、金ば使いすぎてからに事務所ば閉めたばってんが、生活に困るまでになって。ギャンブルで稼いだっちゃ高が知れとったい。右翼を諦め切れんかったとやろ。東京の町田に住んどる右翼の知り合いに会いに行ったとばってんが、思うように工面できんかったらしか。何度となく電話ばもろて、そげん言うちょった。――」
なるほど。それで町田か。だが、その前に新宿に住んでいる。
「――右翼の知り合いはあっちこっちにおるけんで、手伝いばしながら、再出発の資金稼ぎばしとったとやろ」
なるほど。新宿にも右翼の知人が居たのか。
「金田の女だが、顔ば見たら分かるね?」
「よか女ばっかやったけんで、見たら分かるばい」
堀内は含み笑いをした。
だが、日斗美の顔写真に堀内は首を横に振った。
ったく。どこで繋がっているんだ、日斗美と金田は。それとも、全く関わりがないのかな?あー、さっぱり分からん。だが、どうしても、藤堂の中の“刑事の勘”と言う奴が、日斗美と金田を結び付けていた。
そこで、“現場百遍”を試みた。土砂崩れを起こした現場には、傾いた家屋があった。
廃屋か。なんでわざわざこんな山道を通ったんだろう……。
ガタッガタッ!
人一人入れるほどの戸口をもう少し開けようと手を置いたが、歪んだ枠に挟まった戸はびくともしなかった。横向きで入ると、日当たりが悪いせいか、じめっとした空気が覆った。
ガラスが割れた窓からは、なぎ倒された木の枝葉が見えた。土間の竈は泥を被り、板の間の板は反り上がっていた。
この時、ふと思った。もしかして、金田はこの家に居たのではないかと。なんのために?雨風を凌ぐためにだ。だが、土砂崩れが起きて、反射的に外に飛び出した。そして、災難に遭った。……こうなったら、鎌をかけるか。
再度の聞き込みにうんざりするかのように、日斗美は藤堂の顔を見るなり笑顔を消した。
「――金田を知る人が、あなたと金田の関係を喋ってくれましたよ」
その作り話に、日斗美は目を見開いた。
「金田猛を知っていますよね?」
藤堂は顔を近付けると、フロントに聞こえないように低い声で言った。
目を伏せたままの日斗美は、短い沈黙の後に徐に頷いた。
「――新宿のクラブで働いていた時、他のお客さんの連れだった金田と知り合いました。けど、金田は一度しか来なかったので、店側も、顔も名前も覚えてないはずです。私もヘルプで一度ついただけなので、金田との関係は誰にも知られることはありませんでした。
金田に口説かれた私は、一年ほど付き合っていた彼と別れたばかりの寂しさもあり、電話番号を教えました。それからは、部屋に来るようになり、恋人気分でいました。金田はおしゃれで、話も面白くて、私を夢中にしました。
……けど、間もなく本性を現しました。会う度に金を要求してきたんです。金田の目的は金だと知った私は、店を辞め、マンションを引き払うと逃げるように長崎に来ました。その時、数日泊まった〈静風〉の主人に見初められ、結婚しました。
そんな時、【老舗旅館の美人女将】という特集番組に出演してほしいと、テレビ局からの依頼がありました。テレビはまずい。金田が観ている可能性がある。
しかし、客を増やしたかった私は、金田が裏番組の野球中継を観る確率に賭けました。ところが、特集が放送される日、雨で野球が中止になってしまったんです。
不安と恐怖で、私の頭は真っ白になりました。野球がない時は、金田は決まって、特集番組やドキュメンタリーを観ることを知っていたからです。
もし、強請ってきたら、逆に貶めてやろう。それでも効果がない時は、主人と離婚して、この旅館から出ていけば済むことだ。
私は覚悟をすると、開き直りました。そして、予想どおりに金田から電話が来ました。
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