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第一章
永遠の誓い
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イチイの木が生い茂る墓地の道を進んで行く少年が1人。
少年の名はシオン。
年の頃はギリギリ15歳に届かないくらいだろうか。
服装は黒のシルクハットに黒の三揃。
春先だというのに、黒で固められた様相はまるで喪服のようである。
そのせいかシオンは周りから、死神伯爵と呼ばれていた。
シオンが奥まで行くと、少し開けた場所があり、辺り一面にネモフィラの青い花が咲いている。
その中央には、真新しい白い十字架。
遠くには小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。こんな気持ちの良い朝なのに、かの聖女は今も永遠の眠りについている。
この世界は理不尽だ。
結局、国の為に尽くしたとしても些細なことで裏切られて、こうやって死んでしまう。
ここに眠る人。リーゼロッタは慈愛の聖女と呼ばれていた。
飢餓で苦しむ人には自らの少ない給金で食料を分け与え、疫病が流行れば自らの命を顧みずに治療を施した。
それどころか彼女が祈れば降り続く雨に苦しんでいた土地は晴れわたり、逆に日照りで苦しむ土地には雨を降らせた。
度重なる重税に喘いでいた国民の希望であったはずだった。
しかし、人からの善意というのは慣れてしまえば、それが当たり前になってしまうものである。
そうして善意が当たり前になってしまうと、今度はそれが為されなければ怒りを買う。
彼女は、彼女自身が守り慈しんでいた民に殺されたのだ。それも魔女とさえ呼ばれ惨たらしく。
一部の民の暴動。そんな風に事件は片付けられ、彼女は教会によって手厚く葬られた。
死後彼女の名誉は回復したが、そんななものは何の意味もないだろう。
もう彼女は死んでいるのだから。
「勝手だな」
シオンはそう独り言ちながら、墓の前に立ち石の蓋を退かしすと、下に続く梯子と共に冷やりとしたカビの臭いと、むせ返るような花の臭いが立ち込めた。
シオンはそのまま梯子を降り、魔法灯に魔力を流し明かりを灯して辺りを見回した。
中は4メートル四方ほどの狭い空間だ。
中心にはガラスの棺が置いてある。
その棺の中には少女が横たわっている。
流れるような金髪に抜けるような白い肌には仄かに赤みが差していて、まるで眠っているかのようだ。確か酷い火傷を負ったと言う話だったが、誰か彼女の信奉者が、遺体を綺麗に修復したのだろう。
(これなら大丈夫そうだ)
シオンは少女の手に触れると、一瞬悲しそうな表情を浮かべ、語り掛ける。
「君には、やり残したことがあるだろう。起きておいで」
シオンはおもむろにナイフを取り出すと、次の瞬間、自分の腕を切った。
そうして迸る血を口に含むと、少女に口移しでその血を飲ませた。
少女の喉がコクリと上下する。長いまつ毛がフルリと動き、ハッとするような空色の瞳が現れた。
♦︎
リーゼロッタはえもいわれぬ芳醇な甘い液体が喉を通るのを感じた。
コクリコクリと夢中になってソレを飲む。
ああ、なんて美味しいの。
ずっと飲んでいたいけれど、だけどソレを与えてくれていた何かは去って行ってしまう。
もっと、もっともっと欲しくて、リーゼロッタは目を開けた。
「きゃぁっ!」
途端に見知らぬ少年の顔が、眼の前にあって、驚いて思わず突き飛ばす。
軽く突き飛ばしただけのつもりだったけれど、少年はびっくりするくらい派手に飛んでいった。
でも、そんなことより、大切なことがある。
唇に残る柔らかな感触。
「どうして? 初めてはアルフォンス様とって決めていたのに。ひどい」
「人命救助措置だと思ってくれれば良い。まあ、おまえはそのアルフォンスとやらに殺されて、もう死んでいる訳だが」
そう言い放ち少年がやれやれと言った様子で起きあがるのを見ながら、リーゼロッタは少年の言った言葉の意味を考える。
リゼが死んだっていったいどう言うことなんだろう?
「おまえは死んだ。だからネクロマンサーである僕がおまえを黄泉返らせたんだ。思い出せ。おまえには、やり残したことがあるはずだ」
少年のまだあどけなさが残る手がリーゼロッタの額に触れた。
突然本流のように、リーゼロッタの脳内には映像が流れだす。
幸せの絶頂で、裏切られた記憶。
今まで救って来た民達も揃ってリゼに石を投げたこと。
アルフォンス様のこちらを見る笑い顔。
いたい、いたい、いたい、記憶。
「いや、お願い。辞め……て。いやーーー」
痛みが、ドロリ流れ落ちる血液感触の記憶が襲いかかってくる。
「僕なら、君の願いを叶えてやれる」
「死にたくない。まだ死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
死ねと笑う民。仇だと叫ぶ声。何よりアルフォンス様の冷たい眼差しがリゼの心を再び切り裂いて行く。
「黄泉返るなら契約をするしかない。そう、復讐したいんだろう? おまえを裏切ってゴミの様に捨てたあいつに」
少年は、痛いくらいに肩を掴んで揺する。リーゼロッタは意味がわからない。
ああ、私は、リゼはアルフォンス様に復讐したいの?
アルフォンス様はいつも寂しそうな人だった。
だけどいつも軽薄そうに笑っていて、誰も信じない。
でも、いつかリゼを信じてくれるって思っていたのに。
どうしてなの? アルフォンス様。
でも、違うの。アルフォンス様。リゼはね。リゼはね。
「ああ、リゼは。リゼはアルフォンス様を恨んでいないの。目を覚まして欲しい。リゼを見て、リゼだけを愛して、幸せになって欲しい」
「ああ、おまえの願いはそれなのか……。解った。おまえの願い聞き届けよう」
少年は少しの間目を伏せて、それからまたこちらを見る。
「では、契約を結ぼう。手を」
差し出された手に、リーゼロッタはおずおずと掌を重ねる。
少年の傷口から、血液が茨のように吹き出してリーゼロッタの手に巻きついて消えた。
身体の中に真っ赤な熱が蠕き隅々まで作り変えられて行くようだった。
「これで契約は為された」
「契約? 私は何をすれば良いの?」
「何もしなくて良い。生きたい通りに生きれば。ただし術者の側に居なくてはならないが」
この人はどうしてここまでしてくれるのかしら?
何もしなくて良いのなら彼に利益がないのではないの?
リーゼロッタは不思議だった。
「ありがとう。貴方、優しいのね」
「僕の名前はシオン。こちらにはこちらの目的がある。ただそれだけだ」
シオンは少し怒ったようにプイと向こうに向いてしまった。
「ううん、優しいわ。見ててわかるの」
リーゼロッタは、クスリと笑う。
「とりあえず、ホテルに案内する」
そう言って、シオンが手を差し出すので、リーゼロッタはその手をつかんだ。
ああ、アルフォンス様。リゼは死んでしまったようです。でもね! 親切な少年が生き返して下さいました。だから、リゼはアルフォンス様に会いに行きますね。そうしたらアルフォンス様はびっくりするかしら?
たしかにアルフォンス様に裏切られたことはショックだった。
けれど、だけどリーゼロッタは解っていた。
アルフォンス様はただただ可愛そうな人。
愛情なんて、受けたことがないからみんな信じられない。
だからいつだって、アルフォンス様は試すのだ。
そう。今度だって、リゼを試しているのでしょう?
ねえ、アルフォンス様。リゼは騙されても、殺されても、貴方が好きです。アルフォンス様は病めるときも健やかなるときも、例えリゼが死んでしまっても、ずっとずっとリゼを愛してくれますか?
少年の名はシオン。
年の頃はギリギリ15歳に届かないくらいだろうか。
服装は黒のシルクハットに黒の三揃。
春先だというのに、黒で固められた様相はまるで喪服のようである。
そのせいかシオンは周りから、死神伯爵と呼ばれていた。
シオンが奥まで行くと、少し開けた場所があり、辺り一面にネモフィラの青い花が咲いている。
その中央には、真新しい白い十字架。
遠くには小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。こんな気持ちの良い朝なのに、かの聖女は今も永遠の眠りについている。
この世界は理不尽だ。
結局、国の為に尽くしたとしても些細なことで裏切られて、こうやって死んでしまう。
ここに眠る人。リーゼロッタは慈愛の聖女と呼ばれていた。
飢餓で苦しむ人には自らの少ない給金で食料を分け与え、疫病が流行れば自らの命を顧みずに治療を施した。
それどころか彼女が祈れば降り続く雨に苦しんでいた土地は晴れわたり、逆に日照りで苦しむ土地には雨を降らせた。
度重なる重税に喘いでいた国民の希望であったはずだった。
しかし、人からの善意というのは慣れてしまえば、それが当たり前になってしまうものである。
そうして善意が当たり前になってしまうと、今度はそれが為されなければ怒りを買う。
彼女は、彼女自身が守り慈しんでいた民に殺されたのだ。それも魔女とさえ呼ばれ惨たらしく。
一部の民の暴動。そんな風に事件は片付けられ、彼女は教会によって手厚く葬られた。
死後彼女の名誉は回復したが、そんななものは何の意味もないだろう。
もう彼女は死んでいるのだから。
「勝手だな」
シオンはそう独り言ちながら、墓の前に立ち石の蓋を退かしすと、下に続く梯子と共に冷やりとしたカビの臭いと、むせ返るような花の臭いが立ち込めた。
シオンはそのまま梯子を降り、魔法灯に魔力を流し明かりを灯して辺りを見回した。
中は4メートル四方ほどの狭い空間だ。
中心にはガラスの棺が置いてある。
その棺の中には少女が横たわっている。
流れるような金髪に抜けるような白い肌には仄かに赤みが差していて、まるで眠っているかのようだ。確か酷い火傷を負ったと言う話だったが、誰か彼女の信奉者が、遺体を綺麗に修復したのだろう。
(これなら大丈夫そうだ)
シオンは少女の手に触れると、一瞬悲しそうな表情を浮かべ、語り掛ける。
「君には、やり残したことがあるだろう。起きておいで」
シオンはおもむろにナイフを取り出すと、次の瞬間、自分の腕を切った。
そうして迸る血を口に含むと、少女に口移しでその血を飲ませた。
少女の喉がコクリと上下する。長いまつ毛がフルリと動き、ハッとするような空色の瞳が現れた。
♦︎
リーゼロッタはえもいわれぬ芳醇な甘い液体が喉を通るのを感じた。
コクリコクリと夢中になってソレを飲む。
ああ、なんて美味しいの。
ずっと飲んでいたいけれど、だけどソレを与えてくれていた何かは去って行ってしまう。
もっと、もっともっと欲しくて、リーゼロッタは目を開けた。
「きゃぁっ!」
途端に見知らぬ少年の顔が、眼の前にあって、驚いて思わず突き飛ばす。
軽く突き飛ばしただけのつもりだったけれど、少年はびっくりするくらい派手に飛んでいった。
でも、そんなことより、大切なことがある。
唇に残る柔らかな感触。
「どうして? 初めてはアルフォンス様とって決めていたのに。ひどい」
「人命救助措置だと思ってくれれば良い。まあ、おまえはそのアルフォンスとやらに殺されて、もう死んでいる訳だが」
そう言い放ち少年がやれやれと言った様子で起きあがるのを見ながら、リーゼロッタは少年の言った言葉の意味を考える。
リゼが死んだっていったいどう言うことなんだろう?
「おまえは死んだ。だからネクロマンサーである僕がおまえを黄泉返らせたんだ。思い出せ。おまえには、やり残したことがあるはずだ」
少年のまだあどけなさが残る手がリーゼロッタの額に触れた。
突然本流のように、リーゼロッタの脳内には映像が流れだす。
幸せの絶頂で、裏切られた記憶。
今まで救って来た民達も揃ってリゼに石を投げたこと。
アルフォンス様のこちらを見る笑い顔。
いたい、いたい、いたい、記憶。
「いや、お願い。辞め……て。いやーーー」
痛みが、ドロリ流れ落ちる血液感触の記憶が襲いかかってくる。
「僕なら、君の願いを叶えてやれる」
「死にたくない。まだ死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
死ねと笑う民。仇だと叫ぶ声。何よりアルフォンス様の冷たい眼差しがリゼの心を再び切り裂いて行く。
「黄泉返るなら契約をするしかない。そう、復讐したいんだろう? おまえを裏切ってゴミの様に捨てたあいつに」
少年は、痛いくらいに肩を掴んで揺する。リーゼロッタは意味がわからない。
ああ、私は、リゼはアルフォンス様に復讐したいの?
アルフォンス様はいつも寂しそうな人だった。
だけどいつも軽薄そうに笑っていて、誰も信じない。
でも、いつかリゼを信じてくれるって思っていたのに。
どうしてなの? アルフォンス様。
でも、違うの。アルフォンス様。リゼはね。リゼはね。
「ああ、リゼは。リゼはアルフォンス様を恨んでいないの。目を覚まして欲しい。リゼを見て、リゼだけを愛して、幸せになって欲しい」
「ああ、おまえの願いはそれなのか……。解った。おまえの願い聞き届けよう」
少年は少しの間目を伏せて、それからまたこちらを見る。
「では、契約を結ぼう。手を」
差し出された手に、リーゼロッタはおずおずと掌を重ねる。
少年の傷口から、血液が茨のように吹き出してリーゼロッタの手に巻きついて消えた。
身体の中に真っ赤な熱が蠕き隅々まで作り変えられて行くようだった。
「これで契約は為された」
「契約? 私は何をすれば良いの?」
「何もしなくて良い。生きたい通りに生きれば。ただし術者の側に居なくてはならないが」
この人はどうしてここまでしてくれるのかしら?
何もしなくて良いのなら彼に利益がないのではないの?
リーゼロッタは不思議だった。
「ありがとう。貴方、優しいのね」
「僕の名前はシオン。こちらにはこちらの目的がある。ただそれだけだ」
シオンは少し怒ったようにプイと向こうに向いてしまった。
「ううん、優しいわ。見ててわかるの」
リーゼロッタは、クスリと笑う。
「とりあえず、ホテルに案内する」
そう言って、シオンが手を差し出すので、リーゼロッタはその手をつかんだ。
ああ、アルフォンス様。リゼは死んでしまったようです。でもね! 親切な少年が生き返して下さいました。だから、リゼはアルフォンス様に会いに行きますね。そうしたらアルフォンス様はびっくりするかしら?
たしかにアルフォンス様に裏切られたことはショックだった。
けれど、だけどリーゼロッタは解っていた。
アルフォンス様はただただ可愛そうな人。
愛情なんて、受けたことがないからみんな信じられない。
だからいつだって、アルフォンス様は試すのだ。
そう。今度だって、リゼを試しているのでしょう?
ねえ、アルフォンス様。リゼは騙されても、殺されても、貴方が好きです。アルフォンス様は病めるときも健やかなるときも、例えリゼが死んでしまっても、ずっとずっとリゼを愛してくれますか?
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