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賭けの終わりと闇の再来
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「これでまた俺の勝ちっすね。飴一個もらい!」
ナスタとレイは飴を賭けた神経衰弱で遊んでいた。
テーブル脇のカーペットの上でトランプを並べた二人。
レイは寝そべった体勢で歯を食い縛り、ナスタは足を組んで座り、勝ち誇った態度をとっている。
レイは犬の形をしたクッションに顔を埋め、両足をばたばたとさせて悔しがった。
これでも年齢は十八歳だ。
数日前まで通った学校で蓄えた知識を元に最善を尽くした筈なのに。
パンパンと掌で床を叩いたレイを見て、ナスタがあははと笑い飛ばした。
「やっぱ週四で賭場へ通う俺にはレイ様も勝てないっしょ。さ、十回先勝まであと六試合っと!」
十回先に勝った方が勝ちで、神経衰弱で勝つ度に飴玉一個、全勝すれば十個に加え好きな菓子を一つ渡すという子供同士の戦いだ。
今まで四試合神経衰弱を行っているが、ナスタの勘には頭が上がらない。
トランプを捲った場所と柄をどれだけ記憶しても次のターンでナスタに先回りされる。
流石、本物の賭けを熟知した猛者だ。
もう少しやればコツを掴んで一試合位勝てるようになるだろうか。
「もう一戦、続けてやっちゃうっすか?」
「次こそは絶対勝つ!」
小さな握り拳を作ったレイに笑顔でナスタも拳を丸めてグータッチをした。
しかし、時間というのは無情にも過ぎ去るもので、終わりは必ずやってくる。
バタリ。
扉が開く音がした。
途端、胡座をかいたナスタが何気無く振り返り、滝のような勢いで冷や汗を流す。
「し、死神様じゃあないっすか……」
丸渕眼鏡のレンズの奥から鋭い視線を感じ取る。
帰還したデイレスの服は血濡れて、部屋の消臭剤も追い付かない勢いで血生臭さと物が焼けた臭いが充満する。
「兄さんお帰り」
「ああ、ただいま。で、この獣は何だ?」
烏丸堂の中でも下っ端のカーストに位置するナスタは、全ての頂点に君臨する死神に軽口を叩くなど言語道断。
情けない声にならない声を漏らし、へっぴり腰で後退りをする。
「ナスタさん。ムドレーさんが依頼して一日ここで僕の遊び相手になってくれた烏丸堂……?とか言う場所に所属する面白いお兄さんだよ。気さくで、優しくて、面白くて……」
「そうか。であれば質問を変えよう。何故、俺が帰ってきた今ここにいる?」
デイレスの声は非常に冷ややかだ。
入れ違いでナスタが教会を出て、デイレスが戻るなど無理のある話だ。
とはいえ、ナスタに物を言う権限はないので彼は脱兎の如く階段を駆け上がっていなくなったのだった。
負け犬の遠吠えにも及ばないすみませんでしたの悲鳴をあげて。
「流石にナスタさんが兄さんの帰る時刻を予知することは難しいんじゃない?」
ちょっとだけナスタを理不尽に感じたレイが言う。
飴も貰わず、そのままいなくなってしまった。
今度会える機会があったらその時に続きをしよう。
いそいそと、カーペットに並べていた途中のトランプを片付け、飴玉を小瓶に戻す。
「あれは狐どころか駄犬だ。魔力の反応を下らぬ賭けで見逃すなど馬鹿の所業でしかない。ムドレーが自棄に大金を払って、初対面でも馴染みやすい相手を指名したそうだったが……これはこれで馴れ馴れしくて不快だ」
「でも、そのお陰か寂しくなくて済んだよ」
「それは俺が居なくてもいいってことか?」
「違うに決まってるでしょ。兄さんと一緒にいるのが一番に決まってるし」
デイレスの口角がふっと上がった。
「で、早速だがお前に報告したいことがある。最後までよく聞け」
余程話したいことがあるのだろう。
レイは彼の言葉を全肯定をする前提で彼と目を合わせる。
大体の事は予想がつくが。
「俺はこの二日間で全ての憂いと心残りを発散してきた。勿論お前の為でもある」
「僕の為……それで憂いと心残りってあまり結び付くことが思い浮かばないな」
「だろうな。実は村の人間を一人残らず殺し、火をつけて跡形もなくしてやった。レイを井戸に突き落とした奴、物を投げつけてきた奴、靴を池に沈めた奴、そしてその家族……これらを合わせれば小さな敷地に住む村人は全員殺せたといえるだろう。そして学校も含め全てを燃やして抹消させた。二度と見れないように。いつも伝わってくるのが俺には分かる。レイの心から沸き上がる人間共への憎悪が。生活の中で何気無く村の景色を見る時、お前の中で嫌な記憶がフラッシュバックしていることも兄である俺は知っている」
ああそうだ。
あの村は嫌いだ。
学校の時計塔、広場の正義をモチーフにした騎士の像、人が行き交う様子、それらをみているだけで虫酸が走る。
それは自分だけが疎外されているように感じるからなのだろうか。
そもそも人間なんて生きてていいものではない。
弱い物虐めする惨めで救いようのない生命だ。
何でもかんでも肥満して腐りきった脳はさも善人のように振る舞う。
それはこの自分も含めて。
蔑まされる度に感じる悲壮は被害妄想が高く、慰めの言葉を欲してしまう腐った悪い性だ。
慰められたところで状況は少しも改善しないというのに、欲張りだからそれを欲しがる。
一喜一憂してもいつかは終わりが来るのだから黙って何も感じなければ誰かにナイフを向けられたところで動じないし、刺されても痛みは感じないだろうに。
「それは違うな」
「……えっ?」
見つめるデイレスの瞳に引き込まれる。
悲観的な事を、考えても解決しないことをひたすらに想像してしまった。
破れのあるロングコートの広がった袖口から出る彼の手はレイの頬を掠めるようにして触れる。
レイはその手が離れないように、両手で彼の手を握りしめた。
一見人の掌と変わらないのに、無機物の冷たさを有している。
「レイが他の人間と同じ価値の生命な訳がないだろう。例え誰かがレイを恨んでいても俺だけは終わりを迎えることなくレイを愛する。その首輪が繋がっている限りはこうして俺と二人きりになれるし、村を滅ぼしたのなら俺はもうここから離れる理由はない。これで明日から、いや今から永遠にレイと一緒だ。だから、二度とそんな風に自分を思うな。それは俺の愛するものを傷つける大罪に当たるからな」
「……うん。なら、僕は兄さんの誇り高き弟……って思うといいのかな。それって凄く恥ずかしいんだけど」
顔を赤らめてそっぽ向いたレイの頭をデイレスがもう片方の手で撫で回す。
ふわふわな猫っ毛が彼の指先に絡み付いた。
温かな、頬と紅葉のように小さいレイの両手に触れる掌もまだしばらくは離せそうにない状態だった。
それで、いいのだが。
「それでこそ我が弟。愛してる」
「兄さん……っ」
レイが全ての恥じらいを捨ててデイレスに抱き付く。
結局、レイの気持ちを肯定、いや負の感情を否定し、根元から生える黒々としたその気持ちを引っこ抜いてくれたのはデイレスだった。
死神のコートの下に着ている教師姿の赤ネクタイとグレーのV字首のチョッキからはいつもの落ち着く柔軟剤の匂いがした。
レイの身長は、デイレスよりも遥かに低く、顔を埋めた場所は彼の胸元だった。
デイレスはそんな小さな背丈の彼の頭のてっぺんに顎を置く。
シャンプーの匂いが仄かに香り、さらなる興奮を誘ったが、一方で無視できない魔力の波動を感知した。
「……あいつの臭いと狐の獣臭がする。俺の弟なら俺の匂いだけでいいのに」
ふわりと揺れる栗色の髪の毛は、汚れ一つなく清潔だ。
しかし、他人の香水の臭いが移るように魔力も持ち主から他人へ僅かながらに移ってしまう。
デイレスにはそれがどうしようもなく気に食わなかった。
「じゃあ僕を兄さんの匂いで染め上げてよ」
「言われるまでもない」
と、デイレスがレイの頬を下から上へ、舌で舐めた。
それは彼なりの最大の愛情表現。
そんなデイレスは、目を細めた弟の優しい表情にもう少しで危うくどうにも止まらない衝動を引き起こしそうになる。
ざらりとした、唾液交じりの舌が敏感な頬を擽った。
「ひゃう!?」
レイの底から沸き上がるかのような、舐められたことによって爆発的に生まれた快感が込み上げる。
犬でいえばマーキングだ。
どんな形であれど自分のものであると証明し、他の化物の臭いを薄くさせていく。
デイレスの体と飽和していく感覚がレイの中で感じる。
「これで誰も触れられなくなったな。一生俺のものだ。覚悟してろ」
「僕は、一生兄さんのものとして生きていけるの?それって幸せすぎるよ」
抱き付いたままのレイが頬を赤らめ、上目遣いでデイレスの美貌を覗き込む。
「……」
目が合ったことにより、血色の双眸は動揺を隠しきれずにいた。
今すぐ、その白い肌に、浮き出た血管に牙をたてたい。
血を吹き出させて一滴たりとも残さず吸い上げたい。
じわじわとその感情がデイレスの中で生まれてくる。
けれども、また彼を自分の勝手で貧血にさせてしまったらどうしよう。
理性が彼の衝動にストッパーを掛けていた。
「さて、良い子はベッドへ入って寝る時間だ……いいな?」
「ふふっ、残念ながら僕は悪い子で夕方に起床しちゃってるから寝れませーん」
レイがその唇から小さい舌を覗かせて、悪戯に笑う。
「なら話は早い」
ニヤリと悪い笑みを浮かべたデイレスは、抱き付いたレイをひょいっと抱き上げて、ベッドの上に倒れさせた。
同時に、レイからむう、と子供のような不満を持った声が出る。
それでも彼の顔は満更ではなく、喜びに満ちた興奮の表情だ。
「悪い子には絶えられない程のお仕置きが必要だな」
「へえ……じゃあ絶えられないの、僕に頂戴」
「当たり前だ......」
左腕でおもむろにレイを抱き、デイレスは彼の顔の真横、それも数センチまで接近し、彼の頬に黒髪を触れさせる。
「兄さん、近いよ……そんなんじゃあ兄さんの綺麗な顔を覗けないじゃん」
「なら、それも仕置きの一つに入るな。この死神に仕置きされるなど、なんて悪い奴なんだ。犯されて骨抜きになってしまえ」
ぬちゃり。
そんな擬音がレイの耳元を擽る。
その瞬間、レイの左耳にとてつもない快感が走る。
それは止まることなく、何度も何度も波となって押し寄せる。
耳元だからか、デイレスの舌の細かな動きが音となって耳に入り、分かってしまう。
ピチャリピチャリと耳の溝や渕をなぞったり、耳の上を甘噛みされたりと絶え間無く続く彼の求愛行動は止まらない。
「いやっ……ひゃっ!?……あっ、ああ、そこはっ……っ!?」
心臓の鼓動のボリュームが最大値に達し、興奮も止まらない。
嫌でも気持ちよすぎて喘いでしまう。
レイの頭の中はデイレスに犯されてぐちゃぐちゃだ。
全身に熱を帯びている。
「あっ、あうっ、あうう……」
「んっ、ん……何だこの、込み上げる気持ちは。レイが可愛くて堪らない。一昨日以上に痛め付けて言葉すら出せなくしてやりたいっ……!」
か弱く泣き続けるレイの声を聞いていく内に、デイレスは自分の中で新たな感情が芽生えたことに気がつく。
愛でたいという想いとは少しずれた、けれども今まで以上に吸血衝動を引き起こさせるような胸が引き締まる感情。
何だこれ、分からない。
ただ、不意に出た言葉はレイによって溶かされていく思考よりも適格で、賢かった。
「レイ……俺は、お前のことが、好き、だ。それは、弟としてでもあるが、性て……いや、なんだろう......分からない」
自分でも何を言っているのか不明である。
呂律が回らずかみかみだ。
デイレスの顔は、体温など秘めてもいないのに、真っ赤に頬が染まっていた。
それを聞いたレイが驚いて目を見開くが、これまでにない歓喜の表情を喘ぎながらみせた。
「ありが、とう……僕も、兄さんのことが、好き。恋心が、そう告げているの……」
至近距離になった二人の顔面。
左耳をこれまでかと言う程に攻められるレイがデイレスの頬にキスをした。
短髪のストレートの黒髪の間に手を差し込んで。
「恋......か。そうか、俺はレイに恋しているのか。であればこの恋から湧く無限の愛情を伝えなければな」
ナスタとレイは飴を賭けた神経衰弱で遊んでいた。
テーブル脇のカーペットの上でトランプを並べた二人。
レイは寝そべった体勢で歯を食い縛り、ナスタは足を組んで座り、勝ち誇った態度をとっている。
レイは犬の形をしたクッションに顔を埋め、両足をばたばたとさせて悔しがった。
これでも年齢は十八歳だ。
数日前まで通った学校で蓄えた知識を元に最善を尽くした筈なのに。
パンパンと掌で床を叩いたレイを見て、ナスタがあははと笑い飛ばした。
「やっぱ週四で賭場へ通う俺にはレイ様も勝てないっしょ。さ、十回先勝まであと六試合っと!」
十回先に勝った方が勝ちで、神経衰弱で勝つ度に飴玉一個、全勝すれば十個に加え好きな菓子を一つ渡すという子供同士の戦いだ。
今まで四試合神経衰弱を行っているが、ナスタの勘には頭が上がらない。
トランプを捲った場所と柄をどれだけ記憶しても次のターンでナスタに先回りされる。
流石、本物の賭けを熟知した猛者だ。
もう少しやればコツを掴んで一試合位勝てるようになるだろうか。
「もう一戦、続けてやっちゃうっすか?」
「次こそは絶対勝つ!」
小さな握り拳を作ったレイに笑顔でナスタも拳を丸めてグータッチをした。
しかし、時間というのは無情にも過ぎ去るもので、終わりは必ずやってくる。
バタリ。
扉が開く音がした。
途端、胡座をかいたナスタが何気無く振り返り、滝のような勢いで冷や汗を流す。
「し、死神様じゃあないっすか……」
丸渕眼鏡のレンズの奥から鋭い視線を感じ取る。
帰還したデイレスの服は血濡れて、部屋の消臭剤も追い付かない勢いで血生臭さと物が焼けた臭いが充満する。
「兄さんお帰り」
「ああ、ただいま。で、この獣は何だ?」
烏丸堂の中でも下っ端のカーストに位置するナスタは、全ての頂点に君臨する死神に軽口を叩くなど言語道断。
情けない声にならない声を漏らし、へっぴり腰で後退りをする。
「ナスタさん。ムドレーさんが依頼して一日ここで僕の遊び相手になってくれた烏丸堂……?とか言う場所に所属する面白いお兄さんだよ。気さくで、優しくて、面白くて……」
「そうか。であれば質問を変えよう。何故、俺が帰ってきた今ここにいる?」
デイレスの声は非常に冷ややかだ。
入れ違いでナスタが教会を出て、デイレスが戻るなど無理のある話だ。
とはいえ、ナスタに物を言う権限はないので彼は脱兎の如く階段を駆け上がっていなくなったのだった。
負け犬の遠吠えにも及ばないすみませんでしたの悲鳴をあげて。
「流石にナスタさんが兄さんの帰る時刻を予知することは難しいんじゃない?」
ちょっとだけナスタを理不尽に感じたレイが言う。
飴も貰わず、そのままいなくなってしまった。
今度会える機会があったらその時に続きをしよう。
いそいそと、カーペットに並べていた途中のトランプを片付け、飴玉を小瓶に戻す。
「あれは狐どころか駄犬だ。魔力の反応を下らぬ賭けで見逃すなど馬鹿の所業でしかない。ムドレーが自棄に大金を払って、初対面でも馴染みやすい相手を指名したそうだったが……これはこれで馴れ馴れしくて不快だ」
「でも、そのお陰か寂しくなくて済んだよ」
「それは俺が居なくてもいいってことか?」
「違うに決まってるでしょ。兄さんと一緒にいるのが一番に決まってるし」
デイレスの口角がふっと上がった。
「で、早速だがお前に報告したいことがある。最後までよく聞け」
余程話したいことがあるのだろう。
レイは彼の言葉を全肯定をする前提で彼と目を合わせる。
大体の事は予想がつくが。
「俺はこの二日間で全ての憂いと心残りを発散してきた。勿論お前の為でもある」
「僕の為……それで憂いと心残りってあまり結び付くことが思い浮かばないな」
「だろうな。実は村の人間を一人残らず殺し、火をつけて跡形もなくしてやった。レイを井戸に突き落とした奴、物を投げつけてきた奴、靴を池に沈めた奴、そしてその家族……これらを合わせれば小さな敷地に住む村人は全員殺せたといえるだろう。そして学校も含め全てを燃やして抹消させた。二度と見れないように。いつも伝わってくるのが俺には分かる。レイの心から沸き上がる人間共への憎悪が。生活の中で何気無く村の景色を見る時、お前の中で嫌な記憶がフラッシュバックしていることも兄である俺は知っている」
ああそうだ。
あの村は嫌いだ。
学校の時計塔、広場の正義をモチーフにした騎士の像、人が行き交う様子、それらをみているだけで虫酸が走る。
それは自分だけが疎外されているように感じるからなのだろうか。
そもそも人間なんて生きてていいものではない。
弱い物虐めする惨めで救いようのない生命だ。
何でもかんでも肥満して腐りきった脳はさも善人のように振る舞う。
それはこの自分も含めて。
蔑まされる度に感じる悲壮は被害妄想が高く、慰めの言葉を欲してしまう腐った悪い性だ。
慰められたところで状況は少しも改善しないというのに、欲張りだからそれを欲しがる。
一喜一憂してもいつかは終わりが来るのだから黙って何も感じなければ誰かにナイフを向けられたところで動じないし、刺されても痛みは感じないだろうに。
「それは違うな」
「……えっ?」
見つめるデイレスの瞳に引き込まれる。
悲観的な事を、考えても解決しないことをひたすらに想像してしまった。
破れのあるロングコートの広がった袖口から出る彼の手はレイの頬を掠めるようにして触れる。
レイはその手が離れないように、両手で彼の手を握りしめた。
一見人の掌と変わらないのに、無機物の冷たさを有している。
「レイが他の人間と同じ価値の生命な訳がないだろう。例え誰かがレイを恨んでいても俺だけは終わりを迎えることなくレイを愛する。その首輪が繋がっている限りはこうして俺と二人きりになれるし、村を滅ぼしたのなら俺はもうここから離れる理由はない。これで明日から、いや今から永遠にレイと一緒だ。だから、二度とそんな風に自分を思うな。それは俺の愛するものを傷つける大罪に当たるからな」
「……うん。なら、僕は兄さんの誇り高き弟……って思うといいのかな。それって凄く恥ずかしいんだけど」
顔を赤らめてそっぽ向いたレイの頭をデイレスがもう片方の手で撫で回す。
ふわふわな猫っ毛が彼の指先に絡み付いた。
温かな、頬と紅葉のように小さいレイの両手に触れる掌もまだしばらくは離せそうにない状態だった。
それで、いいのだが。
「それでこそ我が弟。愛してる」
「兄さん……っ」
レイが全ての恥じらいを捨ててデイレスに抱き付く。
結局、レイの気持ちを肯定、いや負の感情を否定し、根元から生える黒々としたその気持ちを引っこ抜いてくれたのはデイレスだった。
死神のコートの下に着ている教師姿の赤ネクタイとグレーのV字首のチョッキからはいつもの落ち着く柔軟剤の匂いがした。
レイの身長は、デイレスよりも遥かに低く、顔を埋めた場所は彼の胸元だった。
デイレスはそんな小さな背丈の彼の頭のてっぺんに顎を置く。
シャンプーの匂いが仄かに香り、さらなる興奮を誘ったが、一方で無視できない魔力の波動を感知した。
「……あいつの臭いと狐の獣臭がする。俺の弟なら俺の匂いだけでいいのに」
ふわりと揺れる栗色の髪の毛は、汚れ一つなく清潔だ。
しかし、他人の香水の臭いが移るように魔力も持ち主から他人へ僅かながらに移ってしまう。
デイレスにはそれがどうしようもなく気に食わなかった。
「じゃあ僕を兄さんの匂いで染め上げてよ」
「言われるまでもない」
と、デイレスがレイの頬を下から上へ、舌で舐めた。
それは彼なりの最大の愛情表現。
そんなデイレスは、目を細めた弟の優しい表情にもう少しで危うくどうにも止まらない衝動を引き起こしそうになる。
ざらりとした、唾液交じりの舌が敏感な頬を擽った。
「ひゃう!?」
レイの底から沸き上がるかのような、舐められたことによって爆発的に生まれた快感が込み上げる。
犬でいえばマーキングだ。
どんな形であれど自分のものであると証明し、他の化物の臭いを薄くさせていく。
デイレスの体と飽和していく感覚がレイの中で感じる。
「これで誰も触れられなくなったな。一生俺のものだ。覚悟してろ」
「僕は、一生兄さんのものとして生きていけるの?それって幸せすぎるよ」
抱き付いたままのレイが頬を赤らめ、上目遣いでデイレスの美貌を覗き込む。
「……」
目が合ったことにより、血色の双眸は動揺を隠しきれずにいた。
今すぐ、その白い肌に、浮き出た血管に牙をたてたい。
血を吹き出させて一滴たりとも残さず吸い上げたい。
じわじわとその感情がデイレスの中で生まれてくる。
けれども、また彼を自分の勝手で貧血にさせてしまったらどうしよう。
理性が彼の衝動にストッパーを掛けていた。
「さて、良い子はベッドへ入って寝る時間だ……いいな?」
「ふふっ、残念ながら僕は悪い子で夕方に起床しちゃってるから寝れませーん」
レイがその唇から小さい舌を覗かせて、悪戯に笑う。
「なら話は早い」
ニヤリと悪い笑みを浮かべたデイレスは、抱き付いたレイをひょいっと抱き上げて、ベッドの上に倒れさせた。
同時に、レイからむう、と子供のような不満を持った声が出る。
それでも彼の顔は満更ではなく、喜びに満ちた興奮の表情だ。
「悪い子には絶えられない程のお仕置きが必要だな」
「へえ……じゃあ絶えられないの、僕に頂戴」
「当たり前だ......」
左腕でおもむろにレイを抱き、デイレスは彼の顔の真横、それも数センチまで接近し、彼の頬に黒髪を触れさせる。
「兄さん、近いよ……そんなんじゃあ兄さんの綺麗な顔を覗けないじゃん」
「なら、それも仕置きの一つに入るな。この死神に仕置きされるなど、なんて悪い奴なんだ。犯されて骨抜きになってしまえ」
ぬちゃり。
そんな擬音がレイの耳元を擽る。
その瞬間、レイの左耳にとてつもない快感が走る。
それは止まることなく、何度も何度も波となって押し寄せる。
耳元だからか、デイレスの舌の細かな動きが音となって耳に入り、分かってしまう。
ピチャリピチャリと耳の溝や渕をなぞったり、耳の上を甘噛みされたりと絶え間無く続く彼の求愛行動は止まらない。
「いやっ……ひゃっ!?……あっ、ああ、そこはっ……っ!?」
心臓の鼓動のボリュームが最大値に達し、興奮も止まらない。
嫌でも気持ちよすぎて喘いでしまう。
レイの頭の中はデイレスに犯されてぐちゃぐちゃだ。
全身に熱を帯びている。
「あっ、あうっ、あうう……」
「んっ、ん……何だこの、込み上げる気持ちは。レイが可愛くて堪らない。一昨日以上に痛め付けて言葉すら出せなくしてやりたいっ……!」
か弱く泣き続けるレイの声を聞いていく内に、デイレスは自分の中で新たな感情が芽生えたことに気がつく。
愛でたいという想いとは少しずれた、けれども今まで以上に吸血衝動を引き起こさせるような胸が引き締まる感情。
何だこれ、分からない。
ただ、不意に出た言葉はレイによって溶かされていく思考よりも適格で、賢かった。
「レイ……俺は、お前のことが、好き、だ。それは、弟としてでもあるが、性て……いや、なんだろう......分からない」
自分でも何を言っているのか不明である。
呂律が回らずかみかみだ。
デイレスの顔は、体温など秘めてもいないのに、真っ赤に頬が染まっていた。
それを聞いたレイが驚いて目を見開くが、これまでにない歓喜の表情を喘ぎながらみせた。
「ありが、とう……僕も、兄さんのことが、好き。恋心が、そう告げているの……」
至近距離になった二人の顔面。
左耳をこれまでかと言う程に攻められるレイがデイレスの頬にキスをした。
短髪のストレートの黒髪の間に手を差し込んで。
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