魔法俳優

オッコー勝森

文字の大きさ
上 下
35 / 36

夜のお散歩

しおりを挟む

「森で会ったクリーチャー、っすか?」

 ヨルナさんに小さな曲がり角へと連れ込まれ、質問された。尋ね返す。

「ええ。化け物と相対し、倒したのが君だという話が、ようやく私の耳にも届いてきました。それで、どういう系統の化け物だった?」

 暗くて見えづらいが、真剣な表情だった。授業終わりの疲労による程よい心地良さが、たちまち消え失せる。もちろんいい意味で。
 シャッキリしちまった。はあ。

「あの街で戦った、魔物化した人間のような紫色でした。ただ、形は人間とはかけ離れてたっす。ぶよぶよとした不定形で、気味が悪かったですねぇ。人を殺した後の夢に出てきそうな」
「形、人間とはかけ離れてた? 何もかも?」

 もっと詳しく思い出して。そういうニュアンスが込められていた。戦場で斥候を任されていたことがあるくらいだから、映像記憶には自信がある。

「人の指や骨みたいなのが引っ付いてましたね。薄皮一枚下の筋模様もたくさんあったっす。臓器チックな気持ち悪いもんも……」
「まるで、バラバラにされた人間パズル?」
「え、ええ。はい」「やっぱり」

 頷くヨルナさん。化け物の存在に、思い当たる節があるようだった。どういうわけか寒気がする。今立ってるここみたいな、街灯の明かりで溢れた通りと、暗くて黒い小径の狭間では、昔から落ち着かない。
 いつの間にか取り出していた通信精霊をポケットにしまってから、ヨルナさんは言う。

「コスタスさんには連絡しておきました。狩りの森へ行くよ」
「今からっすか? なんで」「君も私も、自由に動ける時間は限られてるでしょ」

 まあ、ミナス俳優学校魔法俳優科に入学するべく、演技も勉強も歌もみっちりやらされる予定ですからね。ダンスの授業も明日から始まる。
 ヨルナさんだって、自分で嘆いてたけど、売れっ子俳優と学校理事との二足の草鞋は、相当忙しいはずだ。
 双方暇じゃないというのは理解出来るが、なぜヨルナさんとオレが森に行かなければならないのかが不明だ。眉を顰める。しかし尋ねる前に、彼女はさっさと口を開いた。

「屋根伝いに直線で行きます。良いですか?」
「はあ。月下のコソ泥って感じっすね。悪いことをしてる気がします。やれと言われたらまあやれますけど。転移は使わないんすか?」
「ほら。その、あれは魔力をほとんど使っちゃうから」「ああ」

 彼女はふわりと浮遊した。壁を蹴って上がっていく。宙に浮ける魔法は色々あるが、無詠唱だった。ヴァルキュリア様特有の能力だろうか。
 短い呪文を口ずさみ、体重を軽くしかつ気配を隠してから、オレも身体強化で屋根まで昇った。とりあえず、ヨルナさんの後を追う。二十分ほど空を駆け抜け、森と面する門に辿り着いた。

「飛び越えるんすか?」「それだと、結界に引っ掛かって面倒です」

 彼女はそう言って、虚空から銀色のステッキを取り出す。魔法の杖だ。先っぽを、門番の兵士たちに向ける。一瞬、青色の魔力が迸った。

「行きましょう」「え? さすがに夜には出してもらえないんじゃ」

 堂々と歩いていく彼女に、慌ててついていく。門そのものに開く小さな扉を通してもらえた。「軽い洗脳魔法だよ」と微笑む。洗脳魔法は軽くない。怖いぜ。
 二人で夜の森を歩く。

「やっぱり自然は、清々しくていいですね」
「昼ならね。夜はおどろおどろしくて敵わんすよ。いつ魔物か敵兵に飛びかかられるかと、ビクついちまうので」
「ああ。傭兵団の一員として、北部の戦争に参加していたんだね? 太い魔脈の影響で、深い森林地帯もあると聞きます。そういえば、入っていた傭兵団の名前は?」
「『奈落の戒め』っす」「あはは。イターい」

 ケラケラ笑うヨルナさん。酷い感想だ。本当の彼女、つまり、十歳ほどの子供の姿を想起させられる。あのくらいのガキなら、思ったことをストレートに言っても不思議じゃねえ。オレだって、五年前まではそうだったし。
 現場に近づいてきた。気を取り直して話しかける。

「ちょうど、探知用結界を抜けた辺りの場所で化け物に出くわしました」
「ここにもありましたね。探知されたら仕事が多くなる。私と手を繋いで。君の魔力漏れをシャットアウトします」

 人体からは、微弱ながらも、常に魔力が放出されている。探知用結界は、それを拾って人の通過を認識する。可能なのかと疑いつつも、ヨルナさんの手を握った。
 大人の女性の手だ。真の姿が子供とは思えない。凄まじい変身魔法。戦争だったら敵に回したくない精度だ。こちらの主要人物に化けられれば、味方サイドは数日もたずに瓦解させられるだろう。
 結界の境を抜ける。探知されてないかどうか、オレからは分からない。残念ながら。

「ああ。ここっすね。オレが燃やした木がある」
「んー。なんの変哲もない、ただの森の一部ですね」
「最初に目撃されたのは違う場所っす」「そうなの?」
「えーっと。ここからなら、確かあの方角から光球ルークレが打ち上がって、狩猟大会が中止になりました」
「参加者の誰かが別の所で化け物と遭遇して、危険を察知しルークレを打ったってこと?」「はい。そう聞いてるっす」
「……中止後、どのくらいで化け物をやっつけたの?」
「十分も経たないうちに」「それって、おかしくない?」

 はたと気づく。ルークレの上がった地点は、今いる場所からはかなり離れている。森でのゲリラ戦も経験しているオレならともかく、不定形の化け物が、そう素早く動けるとは思えない。
 出来るなら、ジャックとマリアの二人は喰われていたはずだ。助けも間に合わず。

「じゃあつまり、複数いたってことっすか?」
「そうなるわね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

狩野岑信 元禄二刀流絵巻

仁獅寺永雪
歴史・時代
 狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。  特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。  しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。  彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。  舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。  これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。  投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...