魔法俳優

オッコー勝森

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ヨルナさんの正体

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 ヨルナさんに杖を渡した瞬間、異変が起きた。いきなり現れた少女に、ガッと手をつかまれる。

テロイア・コンヴァーティアっ!」

 フワリ、体が浮く。景色が変わり、背中から床に叩きつけられた。腹の上でぐったりとする少女の後ろ見頃を摘み、持ち上げながら立つ。
 見覚えのある場所だった。ミナスにやってきて、最初に訪れた部屋。シャウィーノ家の屋敷、つまりヨルナさんちの客室だ。本当に転移したのか。しかも自分だけでなく、オレと一緒に? 人間技じゃない。どうなっている。
 少女と目を合わせた。霧でもかかったように、顔を上手く認識出来ない。にもかかわらず、かわいらしいということだけは分かる。

「すみません。降ろしてもらえませんか?」「…………」
「……降ろして。弱ってて立てないから、来客用の椅子に座らせて。それから、机の上にあるベルも持ってきてちょうだい」

 言われた通りにする。それから尋ねた。

「もしかして、ヨルナさんすか?」

 ビクリと肩が揺れた。弾みでチリンとベルが鳴る。
 十秒ほど待つと、出入り口の扉が勢いよく開いた。かなり高位そうな妖精が飛び込んでくる。驚愕した。あのビジュアル、ついさっき、マノ家の邸宅で。

「ヨルナ! どうしたの! なっその姿っ」「うう、ロバートォ」

 少女、いや、ヨルナさんがメソメソ泣き出す。

「変な杖持ったら、なんか変身しちゃったよぉ……」
「変な杖だって!?」「あの、これのことっす」

 雷型の杖を差し出す。「君は」と目を見開く妖精。そうだ。ロバートって、魔車の御者やってた人だよな。珍しい名前じゃないけど、偶然の一致とは考えにくい。
 恐る恐る、控えめに指を差す。

「あの。あんた、ヴァルキュリア様が従えていたという、妖精さんっすよね?」
「っ……」「ってことは。すなわち」

 唇を引き攣らせながら尋ねる。

「ヨルナさんが、ヴァルキュリア様本人ってことっすよ、ね?」

 ヨルナさんもロバートさんも、ビクビクと全身を痙攣させた。泡も吹く。白目も剥く。
 なんだろね。この反応。なんというか、ヤバいね。途轍もない秘密を暴いちゃったっぽいね。別に、隠された真実を白日の元に晒して悦に浸るタイプでもないから、ひたすら罪悪感しか湧かねえ。
 ソファの上、ヨルナさんがパタリと倒れる。魂抜けてない? 大丈夫?
 座面の革を掴み、「うううううう」と呻き始めた。抜けかけの魂を吸い込み、魂の奥底から嘆き叫ぶ。

「あぁーっ!? よりにもよってあんなかっこいいこと言った後でバレた! かっこいいこと言った後でバレた!? うわあああぁ死んでやるうううっ!」
「気を確かにヨルナ! 今ならまだ、あの少年を始末すれば」
「抵抗はしますからね?」
「無理だよぉ! 転移で魔力使い切っちゃったもん! ラキくん強いし! それに、元平民とはいえ人殺しはダメだよぉ」
「ヨルナは優しいなぁ。おいガキィ。もしこの秘密を漏らしたら」
「言いませんっす。言いませんって。暴露趣味なんてねえすから」
「本当かい?」「本当だとも」

 かわいい妖精さんにガンをつけられて、居心地がとても悪い。ヨルナさんと向かい側のソファに座る。腰を据えた。秘密の共有者となる覚悟を示す。

「ミナスが危機に陥ってから、もう十八年経つという話でしたけど」
「ふふ。ふふっ。偉そうな大人ぶってたアラサー女子の真なる姿が、こんなちんちくりんなんて、ラキくんも失望したでしょ」「そんなことは」

 虚ろな表情が、無限の同情を誘う。
 パリンと、ガラスの破裂に似た音が響いた。ヒラヒラゴージャスだった衣装が、彼女の元々着ていた白い服に戻った。ブカブカだ。サイズの合わないサングラスが、床に落ちる。

「これが本当の私。『戰乙女』の呪いがもたらした悲劇。おほほ」「?」
「僕から補足しよう。固有魔法『戰乙女』は、所有者に自由な変身能力を授ける。魔法戦士形態に変身した場合、身体能力と、魔力と魔法回路の精度も飛躍的に向上する。転移魔法すら使えるくらいにね」「すごいっすね」
「代わりに、固有能力発現時点から、歳を取らなくなる」
「不老不死ってことっすか?」「不死かは分かんないなぁ」
「固有魔法は奥が深い。『戰乙女』も今のところ、観測可能な範囲で、自由な変身を可能にする『らしい』、魔法戦士に変身した時強くなる『らしい』、歳を取らなくなる『らしい』と結論づけているに過ぎないんだ。未だその全貌は明らかにされていない」
「朧げにっすけど、ヨルナさんの置かれている状況が読めてきました。人工魔物の発生に先駆けて、ヨルナさんは固有魔法「戰乙女」に覚醒していた。街を守るために戦い、解決に導く。その後、なんの因果か『ミナスのヴァルキュリア』主演に抜擢、魔法俳優として認知。とんとん拍子に出世して、ミナス俳優学校魔法俳優科の理事になるまでになったと。そういうことじゃないっすか?」
「そうよ。そう」

 投げやりに頷き、乾いた笑みを浮かべるヨルナさん。

「あはは。自分で自分の黒歴史演じるって、なんの拷問よぉ。って感じ」
「黒歴史って」
「あんな子供っぽい服で大真面目に敵と戦って。自分も魔物と同列の破壊者と見做されないよう、子供っぽい笑顔を振りまく。そりゃあね、ヴァルキュリアとしての使命に酔ってた頃は普通に出来たけどさ。なんか雰囲気似てるって理由でスカウトされて、ドラマやる羽目になって。似てるに決まってるじゃない。本人なんだもの。毎晩毎晩、三年前の自分のイタさで羞恥に悶えたわ。地獄は地上にあった。せっかくの認識阻害が台無しよ」

 自分語りは続く。溜め込んできたモノを吐き出すかの如く。

「ああ、ちょうどその頃だったな。私の体が成長してないって気づいたの。私マセガキだったから。今もだけれど。だから、変身能力で成長してるように見せかけて、口調も大人っぽくして、それでも舐めてくる奴には精神支配の魔法をかけてやった。そしたらみんな、私を持ち上げる人たちばかりになっちゃって、私も調子に乗っちゃって、あれよあれよと偉くなった。別に理事なんてなりたくなかったのに。ああ。俳優との兼任ムリ」

 自業自得じゃん、という言葉を呑み込む。

「もうイヤ。でも、子供扱いされるのはもっとイヤ」

 ミナスまでの旅路を思い出す。オレを子供扱いして同じ部屋にしたのは、自分が大人だということのデモンストレーション。
 大人として扱われたい。それが、ヨルナさんが「ヨルナさん」として振る舞うことの、根幹にある願望なのか。成長しない不安。置いていかれる焦り。体に引きずられる精神。確かな時を刻んでいく周りへの嫉妬。「成人への渇望」という、最も子供らしい願いばかりが、どんどん膨れ上がっていく。

「ぐだぐだと、ごめん。これが私の素。原石探しの視察名目でミナスの外に出るのも、日常から解放されたいから。君が大人っぽいって言ってくれた私は、全部演技なの」
「苦しくないんすか」「苦しいに決まってるじゃん!」

 義兄さんからもらった教科書に書いてあった。
 演技は、アイデンティティの抑圧に繋がり得ると、または、アイデンティティの抑圧そのものであると。

「でも、やめられないの。ヨルナ・シャウィーノのプライドに掛けて」

 間髪入れずに答えた。

「分かりました。ならそのプライド、守ります」
「……へ?」

 ヨルナさんの秘密について、自分の為すべき役割は簡単に見つかった。メルよりも、ヨルナさんの方が上手く演じられそうだ。拾ってもらった恩もある。
 妖精に提案する。

「ロバートさん。オレの杖を調べましょう。ヨルナさんの変身が誘発された原因を探るんす」「う、うん」

 しかし不甲斐なくも、塾に向かわなければ遅刻しちまう頃合いまでの短い時間では、理由の一端すら掴めなかった。前回は白一色だった壁が、今日は紫色だった。
 少し回復した魔力を使い、大人の姿へと戻ったヨルナさんに、広い玄関で見送られる。

「『ミナスのヴァルキュリア』は、拝見させていただきますよ」

 彼女は黙ったままだった。
 自信などなく、なければないままに、騙し騙し歩き始める。
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