魔法俳優

オッコー勝森

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ヨルナさん

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 死んだ恋人のお化けが出た。
 気分が悪くなった理由をそう説明すると、「わたしはまだ認められてないのですね」と引き下がった。実際メルは、アリの言葉を聞いたのだ。よくある霊現象だと信じざるを得ない。
 未練を残した死者の魂は、この世に留まることがある。
 フラフラと街を歩く。噴水広場のベンチで寝転がった。ファイアナッツウォーターを買う気にもならねえ。青い空の雲を眺める。アリに未練があるのは、どう考えてもオレの方だ。沈む。雲がどんどん、遠ざかっていってるような錯覚に陥る。クソ。
 両手で両目を塞いだ。

「ラキくん」

 耳の内側で広く伸びていく、豊かな高い声。

「ラキくん?」

 あれ? オレ、呼ばれたのか。顔から手をのけて、上体を起こす。

「ヨルナさん?」「どうしたのこんな所で。塾は?」
「今は休み時間で。三時から再開するんすけど。でも」

 重苦しい頭を垂らす。「でも」なんて接続詞で、続ける気はなかったのに。

「でも、もしかすると、サボっちまうかもしれない、です」
「サボるのは、良くないことだね」「ですよね」

 ヨルナさんの格好は、帽子の天辺からスカートの端まで白い。故に、顔の大きく黒いが非常に目立つ。特徴的な青い髪には、不思議と目がいかない。

「ヨルナさんって、すごかったんすね」「ん?」
「マノ家のご夫人から聞きました。史上最年少で魔法俳優って。でも、あの、魔法俳優の凄さとか、オレまだよく分かってないんすけど――」

 苦笑いを付けて、彼女に視線を向ける。驚きで固まった。頬が一瞬だけ引き攣ったのを、確かにこの目で見たからだ。ヨルナさんの機嫌を損ねるのは、良くないと感じる。この人の気まぐれで、オレはミナスに居場所があるようなものなのだから。
 露骨な話題逸らしではあったけど、それでも賞賛の発言だった。感触の良くなかった理由が、まったく不明。

「すいません。気に障るようなこと言いましたか?」
「うふふ。大丈夫です。脚本の見直しで撮影が白紙になって、私も今ヒマなの。お互い時間があるようですし、あそこのスイーツ屋さんでお話しましょう」

 言われるがままについていく。甘いものは好きだ。自分で作って食べていたくらいには。もしかすると、鬱屈した気分も晴れるかもしれねえ。

「これとこれとこれとこれと、あとこれお願いします」

 バラのムース、コーヒーとチョコのパフェ、野いちごのクリームケーキ、三層のチーズケーキ、ウォーターメロンのクリームパン。
 姉と住んでいた街からミナスまでの旅で、ヨルナさんがかなり食べる人だというのは、よく思い知っている。経験上、大食を指摘された女性は機嫌を損ねることが多いため、特に言及はしていない。合わせるのが大変だった。
 オレはチーズスティックを頼む。

「少ないね」「いつもはもっと食べます」

 嘘を吐く。甘いものも食べることも好きだが、図体に比してオレは少食だ。
 席に着くや否や、掌より大きいクリームパンを、ペロリ二口で平らげるヨルナさん。標準速度である。最初は内心驚いてたけど、すでに慣れた。
 頬が膨らみ、リスみたい。怖い一面もあるが、怖くない一面もある。

「マノ夫人から、私の話を聞いたと伺いましたが」
「ええ。ミナスを救ったヴァルキュリア様を讃えて作られたドラマに、主役として出演されたと」「それだけですか?」
「? はい」「そう。良かったぁ」

 すごく安心している。撮影中の恥ずかしい裏話でもあるのだろうか。当時十三歳だったと聞くし、失敗談とかがあっても別に驚かない。茶化すなど出来ようはずもない。むしろ、十や二十くらい失敗してくれていた方が、後塵を拝す者として心が軽くなる。
 ヨルナさんはホッとしたついでに、コーヒーとチョコのパフェを空にしてしまった。バクバクの爆速を、つい見逃しそうだったぜ。

「『ミナスのヴァルキュリア』は、見てみたいと思ってます」
「それは全然構わないのだけれど、くれぐれも、あのヴァルキュリアと私を混同しないこと。君は私を、ヨルナ『ちゃん』とは呼ばないでね」
「そんな恐れ多い。言葉遣いは丁寧だし、物腰に気品ってのがあるし、新人スカウトのために自ら外に出ようって発想がすごいし。ヨルナさんはとても大人っす。子供扱いする理由がないでしょ」
「よろしい」

 見間違いだろうか。かすかににやけていた。
 三層のチーズケーキがなくなっている。コスタスさん及びネル義兄さんとともに見て、ともに「キャー」と叫んだ、「そして誰もいなくなった」系のホラー作品を彷彿とさせた。

「それで?」「え?」
「先ほど君は、とても落ち込んでいたようですけれど」
「……分からないことばっかで。上手くいかないことばっかで。頭がゴチャゴチャで。脳みそが水脹れしたみたいで。さっきなんて、固有魔法ってのが暴走して、昔の恋人が出てきて……せっかくヨルナさんに拾ってもらったのに、申し訳が立たなくって」

 俯き、上手く言葉にならない悩みを、ポツポツと漏らす。自分の雑魚さが染みていく。悔し涙も流れそう。

「……演技は、楽しくなくなった?」「楽しいっすよ」

 だからこそ。チーズスティックに手を伸ばし、止める。

「演技だけでなく、歌もダンスも勉強も努力するよう、私は君に言いました。厳しい課程を示した自覚はあります。でも、まだ一週間も経っていないのよ?」

 さらさら優しく頬を撫でられた。顔を上げる。

「別に、早く芽吹いて欲しくて、君を拾ったわけではありません」
「じゃあ、どうして」
「いつかは分かりませんが、必ず咲くと思ったから」

 虚を衝かれた心地になる。途端、残りのチーズスティックが、すべて口に突っ込まれた。ヨルナさんはお淑やかに笑う。大人だとは思うけど、子供っぽい部分も多い。
 二分かけて咀嚼した。アゴが疲労している。当然、ヨルナさんの皿はすべて空っぽだった。物足りなさそうだ。「奢るよ」と立ちかけて、オレの腰ポーチに注目する。

「それは?」「杖っす。ほら」
「ふーん。変わった形だね。少し見せてよ」

 アンティークな店にて中古で買った、雷型の杖を手渡す。
 魔力が弾けた。青色の煙が舞う。パニック混じりの悲鳴が辺りに飛び交った。
 思わず閉じた瞼を開く。ヨルナさんがいた位置を確認し、キョトンとする。
 彼女の代わりに、ヒラヒラゴージャスな服を纏った十歳ほどの少女が、プルプル震えながら立っていた。顔を真っ赤にして。
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