魔法俳優

オッコー勝森

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「『ほらよ』」

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「早く着いちまったな」

 朝の教室には、オレ以外誰もいない。
 性別もタイプも違う、メル・マノという少女の演技に挑戦しなければならない、とても、とても苦しい時間まであと四十分もある。魔晶壁を取り出した。

「演劇の難しさと、映画の難しさ……」

 同じ作品、同じシーンの、演劇版と映画版を交互に流す。映画は流す映像を選べるが、演劇は一発勝負だ。俳優にとって、求められる実力のハードルは、映画の方が低い。しかし、あくまで「最低限の」実力の話。上手くやろうと思ったら、演劇には演劇の難しさが、映画には映画の難しさがある。なんとなくなら理解出来る。
 問題の、「難しさ」の中身は? 言語化出来ない。いくら魔晶壁を眺めていても、まったく。見ているだけじゃあダメなんだ。四日後には他の塾生を混じっての稽古も導入される。何かを掴みたい。

「本当に分かんねえのは、二つ目の方なんだよな」

 観てくれるお客様は、精霊でも妖精でもない。当たり前だ。人間なのだから。
 整理しよう。精霊も妖精も、ともに魔力生命体だ。精霊には自我がなく、妖精には自我がある。その一方で、自我のない分、精霊の方が魔法式の計算速度が圧倒的に早く、一度にインプット出来る魔法式がとても多い。妖精は基本的に馬鹿で幼稚、人レベル以上の知性を持つ者はごくわずか。
 そう言えば、オレの目に宿ったあいつ。妖精かと思っていたが、明らかに異なる存在だった。精霊でもない。なんだったんだ、あれは。
 今はどうでもいいか。

「……~~っ、分かんねえ~」

 何も得られなかった。すでにやり尽くしたプロセスだ。頭が痛くなってきたぜ。時間の無駄なのか? 答えを見つけるには、もっと違うアプローチが必要ってことなのか? 思いつくなら苦労しない。
 あるもんを吟味するしかねえ。

「こっちもやっぱ、実際に経験してみねえと、分かんないんじゃねえのかな」

 レノの劇団で、短い映画と演劇を一本ずつやらせてもらうとか? 博打だな。彼らの技術は高くない。ともに成長出来るのが理想だが、方向性を誤って、おかしな方向に曲がったまま終わっちまう未来も十分考えられる。ダメな点で止まれば、抜け出すのに苦労する。傭兵団で、そういう仲間をよく見た。
 他の塾生と合流後のカリキュラム次第で出方を決めよう。彼らの授業内容をサージェント先生に尋ねても、「知らん」の一点張りだった。隠している様子はなかった。教師の気分で変わるらしい。いいのかそれで。
 とにかく、課題のヒントになりそうな授業が行われるとは限らない。やはり今から、危険を承知でレノの劇団に頭を下げてみる? コスタスさんに相談してみるのはどうだろう。確実だが、彼の意見に引っ張られ、出した答えが自分の考えと言えなくなる可能性は高い。サージェント先生への受けは悪いだろう。
 腕を組む。項垂れる。唸る。もし相談するなら、一番いいのはレノか?

「お、おはようございます~」「……メル。おはよう」

 滑舌の良くない挨拶が、教室に響き渡る。無遠慮に視線を送った。全身隈なく、皮膚の下に隠れる筋肉の動き含めて、ジロジロと眺める。彼女を演じられるよう、なるべく観察を怠らない。許可は取っている。というか、お互いどこをどう眺めても怒らないと、精霊を介した契約を結んでいる。

「見られるのも、見るのも、どちらも恥ずかしい、ですねぇ……」
「オレが慣れ過ぎなのもあるが、メルはさすがに慣れてなさ過ぎじゃないか?」
「昔から、その、人の視線が苦手で。ふと人と目が合うのも」
「そうなのか? 先に言って欲しかったな。悪かった。抑え目にするぜ」
「いや、あの、ラキさんに見られるのは、ちょっと恥ずかしいですけど、でも、なぜか、えっと、大丈夫な感じがします。だから。大丈夫です」

 リュックサックのショルダーハーネスをギュッと握りつつ、「大丈夫」を強調する。本当に問題ないのか、自分に大丈夫って言い聞かせてるのか、どっちともつかないな。どう対応すればいいか悩む。異性との経験は、ミナスという都市に住む少年少女の中じゃあ、かなり多い方だと思う。が、メルみたいなタイプは初めてだ。手探りで会話している状態。
 話を変える。

「にしても早いな。まだ十五分もあるぜ。ん? 学校とやらは?」
「わたし、その、不登校でして……」「フトウコウ? なんだそれ」
「え? えっと、色々な事情で、生徒が学校に行かなくなること、なのかな?」

 あたふたと答えるメル。レノも成績優秀を理由に授業をサボっていたが、あれも不登校に数えられるのか? オレはどうなんだ? 入学すらしてないから、「学校に行かなくなった」ではないか。

「サ、サージェント先生は多分、時間通りにいらっしゃるんでしょうねえ」
「時間にタイトだよな。軍人だった頃の習慣が抜けてねえんだろ。軍はその辺、かなり厳しい」「へえ。よ、よく知ってますね」
「元傭兵でな。五歳から十一歳まで、戦場が家だった。当然、正規兵とも付き合いがあったから、軍についての耳寄りな愚痴をたくさん聞かされたぜ」
「わあ。その、隣の国との戦争って、二年半も前に終わってますよね……?」
「ああ。戦争が終わった後も、二週間と少し前、ヨルナさんに拾われるまで、寂れた街でゴロツキやってたんだ」「なる、ほど」

 頷いたのち、伏目がちになる。右手の人差し指で、机の上をトントンと叩き始めた。タップはどんどん加速する。かと思えばピタリと止んだ。
 しみじみとした様子で呟く。

「生きるために頑張ってきて、頑張った結果の姿が、今のラキさんなんですね」

 ダボついた言い回しだ。
 魔晶壁をカバンにしまう。筆箱を出そうとして、メモ帳を床に落としてしまった。メルに向かってスライドする。

「おっと。悪い」

 謝った。拾いに立つ。
 彼女の体から、俄かに魔力が立ち上った。メルの身体強化は、お世辞にも上手いとは言えない。元々の雑魚さも相まって、強化を使ってない男性成人の平均レベルほどにしかなってないだろう。
 それでも。
 まるで、鏡を見ているかのようだった。二日前、何度も確認した自分の姿。もちろん、体格や身体能力がまったく異なるから、「ラキ・ベスティンがメモ帳を拾っている様子」をコピー出来ているわけじゃない。にもかかわらず、「ラキ・ベスティンがメモ帳を拾っている感じ」が、ほぼ完全に再現されていた。意識せずとも体幹はブレず、指に埃がつかぬよう、周りの机にぶつからぬよう、素早く掬い取る。ついでに、他にも落とし物がないかも調べる。

「『ほらよ』」

 投げて寄越された。掌にすっぽり収まる。
 これまでの彼女とのギャップに、驚愕で目を丸くするより他はなかった。
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