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三章
聖女は満足してしまった
しおりを挟む物言わぬクウィンたちの群れが、津波がごとく襲い来る。まるでゾンビ。
百振り、真一文字。間合いの領域にいた個体はすべて、上と下をサヨナラさせた。終着点の一体は、蹴りで粉微塵にする。さすがパワードスーツ。
が、失われた分は補充される。両断したはずの奴らも、半分は復活する。そのまま動かなくなった奴らは、神のウズに回収された。
無限機関ってわけだ。タイムリミットがなければ。
「こんな神にたてつくなんて、バカのすることだよねぇ!」
『それって私がバカってことですか? ――っ!?』
焼けるような激痛が走る。背後から土手っ腹を貫かれた。悲鳴をかみ殺して振り返る。一体のクウィンの口から、モクモクと煙が上がっていた。
ミンチにしてやる。そう意気込むが否や、周りを囲むクウィンたちの口に、青白く光るエネルギー弾がソウテンされる。
照準の合わせられるは、もちろん私たち。
「ただでさえ暑いのに」
地球温暖化に配慮しろ神。
一斉掃射。次々と熱線を浴びせられる。熱くて痛いのを耐える。泣いたら視界がにじんじゃう、だから泣かない。頭だけには当たらないようにする。
全身、穴ぼこだらけになった。ボロボロだ。だけど刀は手放してない。メロウの力で、生身の体含めて再生していく。いくら再生すると言っても、痛苦の信号が脳から消えるわけではない。
再生箇所をかき毟りたくなる心地も覚える。
致命傷でも死なないというのは、いいことばかりじゃないんだね。
構えた。
「殺してやる」
飢えた獣の叫び声を上げ、命を燃やして猛然と駆けていく。正面、次弾を用意するクウィンたちの首々をぶった斬り、そして、「星の素」をコントロールしようと試みる、「時間の神」本体へと接近した。
背後から熱線の集中砲火がなされる。完全なる回避は不可能。パワードスーツも生身の体も、自然じゃありえない灼熱にさらされる。当たらなかった分は、他のクウィンに命中した。仲良くフレンドリーファイアしとけ。
高らかに笑い咲く。
再び刃に聖女力をノせる。逆手に持った。らせんのウズを斬り刻む。神のカケラたちの動きが、ひどく不規則になった。
どうにか球体を保っていただけらしい「星の素」のリンカクが、ぬらりと崩れる。ゆらゆらと振動する。
不安になった。神という制御手がいなくなれば、あれって暴発しちゃうのではないか。
『タイムリミットが来れば、「時間の神」とともに神界に帰ります!』
そうなのか。ならば、遠慮なく斬り続けられる。
と考えた矢先のこと。パチンと、スイッチが切り替わったような感覚がした。
強烈な悪寒が背筋を襲う。思考が凍る。心臓がしめつけられる。パワードスーツの内側が、大量の冷や汗でムレる。
不安定な「星の素」が、フラフラしながら宙に昇る。
メロウは、冷え冷えとした声音で言う。
『仮にも「神」を名乗る存在が、まさかそんな決断をするとは、思ってもみませんでしたよ。所詮この地球は、無数にある玩具箱の一つに過ぎないってわけですか。チープなクリーチャーですね』
「なに? なんなの? もう。ねえ」
『「星の素」、撃つつもりなんですよ、コントロールを投げ出して。仕事を全うするために。全世界にもたらす被害を顧みず』「……バカだねえ」
『あいつはバカですよ。知ってました』
リゲル色に明るい夜空へと、「星の素」はゆっくり浮上する。周りのクウィンたちがいなくなった。代わりに、最初に海を割って降臨した、彼らが十年分育ったような大人の人型が、「星の素」真下に現れる。
両手をバンザイさせていた。絶望的状況だった。あのまま、無加工で地面に落とすつもりだ。間違いなく、ナンシーのウイルスよりも酷い結果をもたらす。
人類のみならず、世界が滅ぶ。
首を横に振った。ダメだよこんなの。禁忌を犯した私とメロウだけが消されるならともかく。
「止めないと」
カラッカラの口でつむげたのは、その一言だけだった。
必死の思いで切先を上げる。
やばい。やばい。
やばいけど、やる。
『成子ちゃんは、やっぱりとてもいいですね』
突然ガクンと、パワードスーツの自由が利かなくなった。
主導権がメロウに返ったらしい。感覚だけは残っている。
無理矢理に踏み込まされ、跳ばされた。「星の素」と同じ高さまで。
メロウ?
『どうせ私は長くありません。あとは任せます』
あとは任せる? どういうこと?
疑問を口にする前に、
ふわり。
パワードスーツから吐き出される。真っ逆さまに、海へと落ちていく。
最後の輝きとばかりに、禍々しい聖女力が空に広がり、「星の素」を「時間の神」ごとすっぽり包む。
海岸の方向から光線が伸びてきた。見覚えのある色合いだ。沐美か。
光線は、黒紫の丸い膜を押し上げる。空高く。多分、宇宙にまで。
やがて、赤とオレンジに輝く、命の花火が小さく見えた。爆ぜたのだ。
海にぷかぷかと浮かびつつ、私はそれを呆然と眺めていた。
見ていることしか、出来なかった。
◇◇◇
神は言う。
【刺客はまだ二人残っている。今まで貴様を狙ってきたように、未韋成子も狙う。歴史から抹消する。エギューバの使徒、貴様がいなければ簡単な仕事だ】
自称聖女はこう返す。
「その予想、外れますよ。今回だって、どうせ成子ちゃんはナンシーのウイルスで死ぬと思ってたんでしょ? でもあの子は、ただ無事に済むどころか、逆にウイルスを取り込んで進化しましたよ」
神は憮然と黙り込む。
【…………】
自称聖女は、自信満々に言う。
「あの子なら大丈夫です」
「星の素」が爆発すると同時に、「時間の神」はゲートによって、神界に連れ戻される。
バラバラになりつつも、自称聖女はかろうじて生きていた。
ボチャンと、どこかの海に落ちた核は彼女の首を象り、背骨、肋骨と再生していく。が、中途半端な具合で止まった。
ナンシーウイルスの毒によって、彼女の再生能力は停止しつつあった。
暗い海底に沈みながら、自らの過去を振り返る。
ずっと孤独で、性と、与えられた「聖女」という肩書きに縋るしかなかった、弱い女の過去を。本当は理解している。
エギューバ様には、利用されただけだった。
「成子ちゃん、だけでした」
彼女は微笑む。満足そうに。
大好きでした。
「もう、お腹いっぱいです」
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