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三章
ティラノサウルスに追いかけられてしまった
しおりを挟む短刀を異空間にしまう。「佐伯さん」と呼びかけた。
「なんだい?」「今から私の言うこと、疑わずにすべて信じてください」
「もちろん、成子ちゃんの言うことなら全部信じるともさ」
「そこに転がってるナンシー・レイチェルは、悪魔および『時間の神』と組んで、人類を滅亡させようとたくらんでました。『時間の神』は分かりませんが、悪魔はまだこの世にいる以上、ナンシーを殺しても安心は出来ません。探し出し、始末します。きっとメロウもそうしてる」
「悪魔がいるの? 今、この街に?」
佐伯さんは、スマホを操作する手を止めて、驚いたような反応を返す。かみ合わなさを感じた。
にらみつける。
「あなたたちが呼び出したんじゃないの?」「まさか。いつも寸止めさ」
建物の外に出た。一戸建てタイプの宿泊施設という様相だ。波の音が、よりはっきりと聞こえる。海からふく風が寒いし、それに暗い。
小さな駐車場に止められていた、佐伯さんの車に乗り込む。暖房をつけた。
「二十八度に設定っと……地下室見ましたよ」
「我々『成子ちゃん親衛隊』は、花屋の地下を使わせてもらう代わりに、花屋店主の祖父から伝わる悪魔召喚の儀式をサポートしている。悪魔そのものは呼び出さずとも、現世と魔界のチャンネルを定期的に開いて、風通しを良くするためにね。花屋店主曰く、それがいつか役に立つって、彼のおじいちゃんが言ってたって。彼自身も親衛隊メンバーだけれど、悪魔召喚の儀式と親衛隊活動は、今のところ無関係だ」
「なるほど。じゃあ誰が悪魔を……ナンシー自身?」
「召喚者は召喚にリソースを食われまくってる。そのまま契約しようとしても肉体を乗っ取られるのがオチさ。召喚者と契約者は別にしなくてはいけない」
「へえ。じゃあ召喚者は、私を殴って気絶させた奴かな」
「そんな奴がいるの? 許せないね。ありとあらゆる痛みと苦しみを味わわせた上でぶっ殺して地獄に送ってやらないと気が済まないな。ところで……どうしたものだろう。悪魔はどこにいるんだろうか。運転しようにも、目的地がなくっちゃ」
「さっきまで佐伯さんを操っていたのだし、そう遠くにはいないんじゃない?」
「そうだといいけど」
メロウなら分かるだろうか。あいつスマホ持ってないんだよな。連らく手段がない。コメカミを押さえる。
「スポーツドリンクとかあるけど、飲む?」
「飲みます。ちょうどのどが乾いてたところ」「はいどーぞ」
紙コップだった。飲み干したら注ぎ足される。今度は少しだけ飲んだ。コップおき場のくぼみに収める。背もたれに寄りかかり、一息つく。
眠い。
ズン、と重い低音がひびく。白みのかかった水面が、ゆれた。
「…………」「…………?」
佐伯さんと目を合わせた。首を傾げられる。ズン。また鳴った。
なにか近づいてきてる。やばい。背筋に冷たい電流が走る。
「出して」「……え?」「いいから出してっ!」
急発進するセダン車。背後から破壊の爆音がとどろく。
ガラガラと、コンクリートのへいが崩れて、現れたのは。
「なあ、成子ちゃん」「うん」「サイドミラーに映ってるの、何か分かる?」
「ティラノサウルス」「だよねええっ!? 意味不明っ!!」
速度メーターの矢印が振れる。道路の法定速度がどの程度かは知らないけど、ヨユーでぶっちぎってるに違いない。バーを強くにぎった。
海岸沿いまっすぐの道に入る。
「グブオオオオッ!!」
後ろでティラノサウルスがほえた。すべてが震える。巨体に似合わぬ軽やかな足取りで、私たちの車を追いかけてきた。
ありえないスピードだった。その大きさと重さゆえに、ティラノは早く動くと骨がくだけるとテレビで言ってた。せいぜい時速四十キロ程度だったはず。現代の自動車に、速さで勝てるわけがない。なのにキョリをつめてきてる。
サイドミラーのティラノサウルスは、だんだん大きくなってきてる。
「ギャーッ、ギャーッ、ギャーッ、ギャーッ!?」
「落ちついてっ。落ちついて佐伯さんっ」
「なんで成子ちゃんは落ち着いてるのっ」「食われた時はその時じゃん」
「いやあああああああっ!! 食われる前に成子ちゃんが殺してっ」
車の速度がもうワンランク上がる。隣の人に焦られると、こっちも焦っちゃう。唇をかんだ。
「グルルウルオオオオオ!!」
あのティラノサウルス、明らかに普通じゃない。ハクア期の怪物が現代によみがえったのはひとまずおいといて、ただのハンターならとっくにあきらめ、別の獲物をねらってもいいはずなのに、ブレない。私たちにシューチャクしてる。
スマホで電話をかけた。すぐにつながる。
「沐美っ」『はい』「いまどこっ? メロウは?」
『私は未韋家に。メロウさまは帰ってきてません』
「あああ、もう。……メロウに出された体液から本人召喚するヤツ! あれやって! それで伝えて! 海方向の隣街っ、海岸沿いの道路っ、ティラノサウルスッ! はだかのままでいいっ! あんたも来なさいっ」『了解しました』
「成子ちゃん」「なにっ!?」
電話を切る。ついいら立ちを込めて返してしまった。佐伯さんは、涙を流しながら言う。
「もう、ダメだぁ」「っ!?」
すさまじい衝撃が走った。横を見る。ウロコばかりのゴツい顔。
巨大な目。
アゴをぶつけられたらしい。言葉にならない叫びを上げる佐伯さん。さらにスピードが上昇した。限界まで。それでもティラノは振り切れない。
カチリと、頭の中でスイッチが入った。まばたきせずに、夢中になって、敵をつぶさに観察する。ティラノの形、走り方、歯並び。
いける。
シートベルトを外した。腰をかがめて立ち上がり、佐伯さんからハンドルをうばう。驚きで固まる彼女に、「減速ぅっ!」と命令した。
「はっはひっ!」
ブレーキが強まり、アクセルがゆるむ。カンにしたがってハンドルをさばいた。道路をグルグルと回転しながら、トップスピードで走るティラノを引き離す。
ティラノは、面食らったように立ち止まった。描いていた未来絵図と大きく異なる展開だったのだろう。足のツメがガリガリとコンクリートを削る。突然の停止は、ヒザへの大きな負担となる。ガクン、と胴体が下がった。
それだけじゃあ終わらせない。
なぜいけると思ったのか、自分でも分からない。
窓を開ける。高速回転する車から、勢いよく飛び出した。私が。
鉄砲玉みたく、ティラノの巨体に突っ込む。異空間から短刀を出した。
自然体に、ありのままをなぞる。
体に負荷をかけぬよう着地。百メートルは進んだかもしれない。自分で言うのもアレだけど、人間技じゃなかった。
振り返る。首が落ち、ゆっくり崩れる胴体が見えた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
やばい。気持ち良すぎる。
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