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三章
つい斬ってしまった
しおりを挟む前回のあらすじ:私は中学生料理人、未韋成子。自称聖女で同居クリーチャーのメロウと神社へ遊びに行って、親衛隊メンバーの怪しげな行動を目撃した。彼女を尾行し気配を消すのに夢中になっていた私は、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。私はその女(多分)に頭をぶん殴られ、目が覚めたら……、
誘拐されたっぽい。
うすらと目を開ける。やった。生きてる。ぼんやりと、暗い天井を眺めた。完全な闇というわけではなさそうだ。暖房もきいてる。
上体を起こす。かすかなノイズが耳に届く。
波の音だ。海の近く。ショッピングセンターのある隣街とは、反対側の隣街に連れてこられたのだと推測する。いい漁港があって、定食屋「まだい」が安く魚を仕入れることの出来るヒケツ。だから細々と生きのびられた。まあ、メロウが来るまでよわよわ定食屋だったため、売り込み先としての優先度は高くなかったのだけど。最近「まだい」のネームバリューが上がってきて、ウチと取引したいという業者が増えてきてる。
立とうとした。うまく動けない。手足がしばられていた。「あー」とうめき、大あくびした。ゴロンと横向きに転がる。
ねむい。ねよ。
「ズイブンとヨユウがあるようだ」
後ろから、女の声がする。なまりのある日本語だった。
人がいたんだ。「よっこいしょ」と再び上体を起こす。うす暗くって、シルエットしか見えない。とりあえず尋ねる。
「テレビない?」「ン?」「格◯け見たいんだけど」
「ホントウにヨユウがある」「今なん時?」「Seven o’clock」
「日本語で言ってちょうだい」「ナナジだ」
えーもう始まってるじゃん。なえる。お母さん、録画してくれてるかな。
「で、なんのための誘拐なの? 身代金? なんたってウチは近ごろ羽振りいいけど、一千万とか一億とか払えるほどじゃあないからね」
「イマサラ金なんて。ははは。キミをさらったリユウはシンプルだ。シスター・メロウに対してのセイシンテキユウイを得るため」
女は淡々と言う。精神的優位を持ちたい、ってことはつまりこの人、メロウの敵というわけか。
ちょっと考える。
「あんたがナンシー・レイチェル?」「そう。シスター・メロウから聞いてたか」
「マッドサイエンティストって感じじゃないけど」
「そうだな。ワタシは狂ってなんかない。ワタシはただ……」
黒い影がうつむいた。数秒だけタメてから、使命感のにじむ声で、迷いない決意を表す。
「ジンルイを、ツギのダンカイに進ませたいだけ。そのためにウイルスを使う。生きるにアタイしない弱いイデンシは滅び、強いイデンシを持つモノはテキオウして、イマのニンゲンよりさらに優れたソンザイへとシンカする」
「なんだ。ちゃんと狂ってるじゃん」
よかったよかった。ウイルスを使って人を選別・進化させようなんて考えるのは、悪の組織に所属するマッドサイエンティストだけだ。映画じゃいっつもそうだもん。間違いない。
実験が失敗するか、サメやティラノサウルスにくわれるかで終盤に死んじゃうキャラ。
「佐伯さんもあんたたちの仲間なの?」
「アイツはアクマに操られてるだけだ。オマエがダイスキなだけのヘンタイ」
「ワタシを殴ったのはあんた?」「違うとだけ言っとこう」
じゃあ誰に殴られたんだ? 佐伯さんの他にも、親衛隊のメンバーで悪魔にとりつかれたマヌケな奴がいるのかな。
「なんでメロウを裏切ったの?」「カミのコエに従ったのだ」
ユメを叶えてくれそうな声だったんだ。
コーコツとした様子でそう言った。たとえマッドがついていたとしても、サイエンティスト--真実の探求者が聞いてあきれる。
しばらく黙りこくってると、離れていく足音がひびく。飽きたのか、この場に用はないと感じたのか、カンキン部屋から出ていくつもりらしい。
なにげなく呼び止める。
「ねえ」「ナンダ?」
「ずっと座ってて、おしりしびれちゃった。立ちたいんだけど手伝って。逃げたりしないから」「はあ? ジブンで立てよ」
「手が後ろに、両足もしばられてたら、バランスを保てないよ。それに、走ったり坂道を歩いたりで、今日はかなり疲れててさぁ」
「しょうがないな」
ため息をついて、近づいてくる。
近づいてくる。
ピョン、と背筋を跳ねさせた。反動で立ち上がる。
虚空から、むき出しの短刀を出現させた。口でキャッチする。
重力に逆らわず、倒れるように前へとジャンプ。
「え?」
ぼんやり驚くナンシーの左腕を、サックリと斬り落とした。
血がふき出る。うす暗やみであっても、その色は、新しい赤だと分かる。
「え……へ?」
鈍感なナンシーさんは、自分が斬られたという事実を、飲み込めないでいるらしい。弱い。なんて弱い生き物なのでしょう。
ふ。ふふ。ふふふ。肉を斬ってやった感触が、刃、柄、歯、そして脳へと伝わってくる。荒く呼吸する。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……あははっ!」
ダメなのに。味わってしまう。味わいつくす。ドクンドクンと心臓が鳴る。
もっと。ダメなのに。もっとちょうだい。食材はともかく、斬っていい人間なんているわけないのに。頭の中で、心地のいい音楽が演奏される。
かじったままの柄を、ベロンと舐めた。
「キッ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
断面を抑え、ナンシーは逃げていく。泣きながら。無様な足取りだった。部屋の扉にも手間取る。どうにかカギを開け、しかし閉めずに去る。
手足の縄を切った。自由だ。短刀を握りしめた。
床に落ちる血のあとをたどる。逃げる獲物という、極上の素材を調理したい気持ちでいっぱいだった。ダメなのに、ダメなのに。
笑う。クウィンと、おかしくなった播磨くんをぶった斬った、忘れられない感触が、じわじわと脳を侵す。
戦うのも、命のやり取りも楽しくって。でもそれ以上に。
「ああ――生きてる人間を斬るのって、なんでこんなにキモチイイの?」
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