聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

文字の大きさ
上 下
52 / 64
三章

聖女の過去を見てしまった

しおりを挟む

 おどらされ、転がされている。
 カップラーメンをご馳走になったのち、播磨くんに見送られつつ、アパートを出る。誰もいない道のりで、私はメロウに問いかける。

「つまり、神や悪魔による介入があったってこと? 倉巳さんに目をつけるまでにやってきたプロセスの、どこかで」「あるいは」

 冬らしい風が吹いた。枝だけの木が揺れる。あまり掃除されてないのか、足元では落ち葉が舞う。さみしい景色だ。街のゆるやかな衰退を意識させられる。
 はたしてこの先、定食屋「まだい」は生き残っていけるのだろうか。
 移転の二文字がチラつく。その前に、人類が滅亡する可能性もあるんだけど。

「倉巳の引っ越しからして、仕組まれたことであるという線もあります」
「どうやって仕組むのさ」
「『時間の神』はともかく。悪魔の得意技は『運命操作』なのです」

 うんめーそーさ。なんかすごそう。

「すごいですよ。悪魔の『運命操作』は。尤も、特殊な条件を満たさない限り、現世においては全力は出せないでしょうが……」
「運命の操作とか、そんなのされて違和感とかないの?」
「その時その時は、自分の意思で自然にやってると思い込まされるんでしょうが……振り返ってみるとあるかもしれませんね、違和感」
「ふうん」

 スマホを取り出した。電話帳に登録したばかりの名前をタップする。
 大みそかだからと電源を切ってなかったら良いけど。たまにいるんだよね、年末年始はゾクセから解放されたいと、携帯電話をブラックアウトさせちゃう人。
 ワンコール目も終わらぬうちにつながった。

「もしもし。佐伯さん」『もしもし成子ちゃん! どうしたの?』
「親衛隊サイトにのせる私の写真について。スタジオ、一月六日か七日に押さえといてもらえる?」「もちろんオーケー!」
「ありがとう。ところでだけど」

 スタジオ予約は、ただの電話をかける口実。雑談から入る。

「今なにしてるの?」『親戚の家に集まってボドゲやってるよ』
「邪魔してごめんね。どんなボードゲーム?」
『ゴールした順番と、ゴールするまでに集めたお金で勝敗を決めるヤツ』
「せちがらいね。しょっぱいよ。集めたお金で勝ち……価値が決まっちゃうなんて。あれでしょ? 人生系のなんとかでしょ?」『そうそれ』
「たとえお金がなくても、振り返ってみていいと思える人生ならそれでいいと思うんだけどなあ。ねえ。人生振り返ってみてどう? 特に最近」
『うーん……』

 悩み始める佐伯さん。急すぎるフリにとまどってるんだろう。もうちょっと準備すべきだったか。あせったかもしんね。

『私のせいで、親衛隊の存在が成子ちゃんにバレちゃったわけじゃん』
「うん」『あの時はヤバいと思ったけど。でも、これで良かった』

 ハレバレとした声だった。

『やっと、始まったって気がする。私の人生が。神に報われたって気がする』

 報いたのは悪魔かもよ。
 この後もう少しだけ話して、電話を切った。感じてるのは違和ではなく、むしろ幸福というご様子。

「成子ちゃん。先帰ってもらっても良いですか?」
「いーけど。どうしたの?」「調べたいことがあって」
「分身しないの?」「数は増やせても、思考力は落ちるんですよあれ」

 そういえば、言葉のレパートリーがだいぶ減ってたね。
 メロウと別れて十分後、帰宅。お父さんが厨房で、既存メニューのクォリティアップのための研究をしていた。二時間ほど手伝ったのち、自室の回転椅子に身を投げ出す。宿題ノートが目についた。気分が悪くなる。ストレス要因。
 視線を転ずる。隅っこで、沐美がちょこんと正座してる。ウツロな目で。口からヨダレがたれてる。
 首元からのびる、見た目ぶよぶよしたキショク悪い肉の糸が繋がる先は、ツルンとした丸っこい肉塊。無印沐美をネオ沐美に改造したヤツだ。さらなるアップデートが施されてるのかもしれない。かわいそうに。
 側に寄り、肉塊の前にかがんだ。買ったばかりのファンデーション(うすいタイプ)をほーふつとさせるカラーリング。
 腕を組む。メロウは確か、こう言っていた。
 あのお肉は私の脳からちゅーしゅつしたものです。物心ついた時からの思い出がつまってます。見ますか?
 肉塊の気持ち悪さに、あの時は断った。でも。メロウの過去、気にならないと言えば嘘になる。未来からきた自称聖女。どんな人生を送ってきたのだろう。
 振り返ってみて、いいと感じられるものだったのか。そうじゃないのか。
 どうやったら見れるのかな。なにげなく、右手の人差し指でつついてみた。
 にゅるり。肉の糸が二本、ふれた所から生える。ラセンを描き、指、そして腕へと絡みつくようにのびてきて、額につき刺さった。刺さった感触はあるのに、不思議とまったく痛くない。
 刺さった場所は。
 代わりに。

「ぐ」

 頭を押さえる。

「うぎゃ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ!??」

 熱い。脳が熱い。割れる。ハレツする!?
 一秒にも満たない間に、おびただしい量の記憶が、ぐわっと流れ込んでくる。

 実験に次ぐ実験。研究施設からの逃亡。
 生き残るための売春活動。
 圧倒的孤独感。性的快楽への依存。

「やめて」

 彼女の弱った心につけ入る、謎の超常的な存在「エギューバ」。
 聖女認定。生まれて初めてもらったアイデンティティへの固執。
 邪神の思し召しに従って、凶悪な犯罪に手を染める、「操り人形」生活。

「やめてあげて」

 当然なくなる居場所。心を殺す。心が死んでいく。
 神のおっしゃられたことなのだから。
 ある日、もう何度目かも分からない指令が届いた。過去に行き、大事件を防ぎ得たにもかかわらず、不幸にも死んでしまった人々を助けよ。
 優しい指令だ。聖女はかつてない使命感を覚えた。邪神に従ってタイムマシンを作り、過去へ趣き、幾重もの危機を乗り越え、指示された三人を救い出し、そして。
 三人に裏切られ、タイムマシンを奪われた。

 もう。いいです。もう。もう――。

 ブチブチと、肉の糸を引きちぎる。ズリズリと後退ろうとしたら、バランスをくずしてコケた。すぐに立ち上がり、部屋から逃げ出す。
 勢いよく階段を降りる。洗面台に向かって走る。

「お、おえええええ」

 吐いた。正面を見る。鏡に映る私の顔は胃液でぐちゃぐちゃで、それはまた、とてもひどいものだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ! バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ <完結済みです>

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

処理中です...