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三章
蹴り飛ばしてしまった
しおりを挟む十二月二十九日の夜。朝から晩まで料理作ったり料理運んだり注文聞いたり会計やったり大忙しだったけど、仕事納めと考えるとすこぶるやる気が出た。とはいえ、終わった後はクタクタだ。バイト含めた従業員一同で一本締めして、今年は解散。
晦日から正月の三ヶ日いっぱいまで、つまり年末年始の五日間、定食屋「まだい」は休みを取る。毎年晦日と大晦日は年末大掃除タイムだ。でも、今年は自称聖女と奴隷兵がいるため、いつもより早く終わるかもしれない。
「ふぁーあ。もうそろそろ寝ようかな」
「早いですね。まだ九時半ですよ。年末の特番とかやってますよ」
「別におもしろくないじゃん。年終わりのバラエティって。芸人呼んでダラダラ喋らせるより昔の神回を再放送した方がいいとは思わんかね? それに、明日の掃除のために体力回復しときたいの。床ふきから立ち上がる時に『どっこいしょ』とか言いたくないの。私はこれでもピチピチの中学二年生なの。ダサいし。分かる? だから早くベッドからのいて」
「無理ですね。動けません。一緒に寝ましょう」「いや」
四肢と乳をもがれたメロウが、私のベッド上で寝転がりつつしてきた提案を断る。正確にはもがれたわけではなく、手足と乳をベースに六体の分身を作り出し、外に派遣し、現在進行形で街の捜査を行なっている。
捜査とはもちろん、近い将来に世界滅亡ウイルスをばら撒くマッドサイエンティスト、ナンシー・レイチェルについてだ。メロウは瞼を閉じた。寝る気かこいつ。ベッドから突き落とすための準備として体操を始める。
すぐに半目開けた。ダウントーンで報告するメロウ。
「いませんねえ。影も形もありません」
「この街にはいないんじゃないの? もっと別の場所でウイルスを撒こうとしているとか」「いえ。ウイルスがばら撒かれる場所は間違いなくここです」
少なくともここもターゲットに含まれています。メロウはそう断言する。いつもなら聞き流すけど、そういう受け身な姿勢ではリーダーとしてダメだと、お父さんの部屋で積ん読されてたビジネス本に書いてた。
レシピ本はすぐ読むくせに。
尋ねる。
「なんで?」「ナンシーのバックには、必ず『時間の神』もいます」
説明しながら人差し指を立てる。
「そして、『時間の神』は『シスター・メロウへの嫌がらせ』という大義名分の下、現実世界に干渉出来ています。私の暮らすこの街以外への攻撃はこの『免罪符』にあまりそぐわず、上司の最高神から罰を受ける可能性が高いのです」
「へえ」
スケールがでかい。小さな人間に神のリクツなんぞ理解不能。強がることなく年末特番見て笑っとく方が性に合ってるのかもしれない。
リモコンを手に取る。少し考えて、電源ボタンを押さずにそのまま置いた。
「そもそもどうして、メロウは『時間の神』から目の敵にされてるの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」「聞いてないよ」
「まあ。聞かれませんでしたからね」
腹立つ言い回し。ベッドからメロウを蹴り飛ばす。ゴロゴロ床に転がった。
「短気は損気ですよ成子ちゃん。なぜ『時間の神』から目の敵にされていると言うとですね。奴の不倫旅行中に妻を寝取ってやったからです」
「昼ドラとギリシャ神話を足して二で割ったようなキレられ方だね」
「嘘です」「嘘なんかい」
「話はもっと単純ですよ。本来『今』に居るはずのない人間――『神』たちによって管理出来ない人間が、我が物顔でこの時代の現実世界に干渉してるんですもの。そりゃあ奴らに目の上のたんこぶ扱いされますよ」
神の監視が行き届くのは、本来その時代に生きている者のみらしい。未来からやってきた自称聖女であるメロウは、神にとっての異物。彼女の運命や寿命のコントロールは利かない。プラスして、メロウは「聖女力」を操り、強力な再生能力を持っている。世界を混乱させるポテンシャルの持ち主。
よって秩序を守るべく、違法タイムトラベラーを管轄とする『時間の神』が、直接的手段でのメロウの排除に乗り出したのだと。
「しかし、『神』による干渉は世界を歪めます。最低限の嫌がらせしか出来ません」
「最低限の嫌がらせ? 世界滅亡ウイルスをばら撒くことが? 私の価値観とはイマイチそぐわないんだけど」
「その感覚は正しいですよ」
眉をしかめる。自称聖女に価値観を肯定されても、あんまりうれしくない。
「『神』は世界秩序の保護者を気取ってまして。人類もまた、現在世界の秩序に含まれます。人類滅亡は、彼らにとってもまずいことなのですよ。ナンシーの後ろには、神のほかに、まったくの別枠で、人に対して大きな悪意を持った超自然的存在も控えていると考えていいです」
「へえ。悪意を持ったチョー自然的存在ね。そんなのいるの?」
「はい。たとえば。悪魔とか」
悪魔。メロウの仲間だろうか。
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