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三章
ストーカーと遭遇してしまった
しおりを挟む「ついたよ。起きな」
車を停める。助手席で眠りこける孫に対し、鋭く低く言った。
おっかなびっくりな様子で覚醒する孫。どうにかあくびを噛み殺す。
「婆ちゃんの怖い声、ガキの頃を思い出すぜ。いつも叱られてばっかり」
「あんたはいたずらっ子だったから。従妹のパンツを盗んだり。まったく、誰に似たんだか」
「いいだろ。彼女は今や俺の妻だし」
老婆は肩を竦めたのち、短刀を持って外に出た。追従してくる孫に、「少し歩くよ」と伝える。
「陰気な場所だな。産婦人科があるとは思えない」「病院ですらないよ」
「家でおとなしくしときゃ良かったぜ」
「相棒が生きてたら、あんたじゃなくて彼女を連れてきた」
狭く汚れた道を進む。
とあるマッドな実験施設――外見は偽装してある――の前で、老婆たちは足を止めた。短刀を抜き、不敵な笑みを浮かべる。
「ここだね」
◇◇◇
クリスマスプレゼントに靴を買ってもらったから、お散歩に出かけた。
「ふんふふんふふん♪」
鼻唄を奏でながら、なだらかな山道を歩く。豊かな自然に囲まれていると、気分がとても安らぐ。腕時計を眺めた。十二月二十八日の午後四時十分を示している。シフトは三時までだった。今日はもうシゴトなし。
小学校低学年の女の子らが、坂道を駆け上ってきた。なわとびを振り回しながら。顔見知りだった。公園で一緒に遊んだことがあるし、「まだい」にも何度か、お父さんお母さんとともに来てくれている。
お部屋でお人形さんごっことかいうタイプじゃない、非常に活発な子たちだ。
「成子お姉ちゃん!」「なるこ!」「あそぼーっ!」
「いーよー。なにしてあそぼっか?」「んー」
「かんこうバスごっこ!」
なわとびを連結して、輪っか状にした。私がバスガイドさん役らしい。
先頭に入る。うろ覚えバスガイドさんセリフを、低性能な頭から引っ張り出した。深呼吸する。
「はぁい、みなさんこんにちは~。本日はまだい観光バスを利用していただき、マコトにありがとうございます! ワタクシ、バスガイド兼店長見習いの未韋成子と申します。目的地は丘のてっぺん。くれぐれもバスを壊さないよう! それでは出発いたします。短い間ですが、ごゆるりとお楽しみくださいませ!」
「成子お姉ちゃんすごーい!」
結構テキトーだったけど、年長の子から褒めてもらえた。嬉しい。
子供たちの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。それでも、丘のテッペンまで残り三分の一というところで、一番小さな子は疲れてしまったようだった。なわとびしながら坂道を走った後だし、しかたがない。
「ストォップ」
休憩がてら停車する。バスの輪っかから片手を離した。「皆さん、右手をご覧ください!」と、大きな声で元気よくガイドする。
「ホムンクルスです」
「人間ですが?」
隣を歩くメロウに、真顔で返された。
此度の散歩には、なぜかメロウもついてきていた。護衛のつもりらしい。何もしなけりゃ、人間はもうすぐ滅ぶ。
「人類が滅亡したのは一月五日です。成子ちゃんが我を失い、街を彷徨っている間に調べました」
とのことだ。だから危ないかもしれないと。「一月五日まで大丈夫なんじゃないの?」と尋ねると、「油断が過ぎますよ」と叱られた。
過保護だし、ありがた迷惑だ。蟲のエキスを広めるためとはいえ、お前の暗黒魔術のせいで人がたくさん来てるんだから、むしろ積極的にシフトに入ってくれと私は思っている。
分身しろよ。メヂカラでパワハラ的プレッシャーをかけてみる。どこ吹く風、のれんに腕押し。まぢとうふ。
「馬耳東風です」「うっせ」
頂上にたどり着いた。観光バスごっこは解散する。ガキどもはかくれんぼを始めた。「日が暮れる前までには下りなよー」と注意喚起しておく。
丘の名前が彫られた岩に、メロウと二人で腰掛けた。
「成子ちゃん、引率の先生みたいですね。小学校の先生とかも向いてそうです」
「やだよ。いじめとか重いのあるでしょ」
「あえて厳しく接することで、先生側にヘイトを集めていじめを予防。とか出来ないんですかねえ」
「生徒のストレスが大きくなって、逆にいじめ増えそうじゃない?」
「難しいですねえ」
「メロウ」「はい」
「人類って、パンデミック一つで滅亡するほどモロいの?」
旅行から帰ってきた時の街は、たった一夜にして滅んだという有り様だった。
ウイルスによる感染症について、詳しい知識は一切持ってないけど、なんとなくおかしいというのは分かる。昨日ちょいとググってみたら、「エボラ出血熱」ってヤバい病気が流行った場所でも、死の広まりはそこまで速くなかった。
「エボラウイルスよりも感染スピードが大きいウイルスはごまんとありますが。とはいえ、パンデミックとして異常であることには変わりありません。おそらく、何か超自然的な存在がバックについてます」
「『時間の神』とか?」「でしょうね」
メロウは眉を顰める。
「未来からの招かれざる聖女たる私は、『時間の神』に嫌われています。嫌がらせとして裏切り者たちの味方についたとしても、別に不思議じゃありません。尤も、彼は感染スピードを大きく出来るでしょうが、毒性を強めたりする能力はありません。こりゃあ、別のパトロンもいますねえ……成子ちゃん」
「ん?」「伏せてください」
言われた通りにした。メロウは虚空からナイフを取り出し、ヒュンと投げる。
私の髪をかすめて、後ろに飛んでった。「きゃっ」と悲鳴が上がる。女にしては低いが、男にしては高い。立ち上がり、茂みを覗き込む。
黒装束を着込んだ人間がいた。メロウに胸ぐらを掴まれ、グイッと軽く持ち上げられる。黒装束も抵抗するが、ホムンクルスの腕力には歯が立たない。
「所属を言いなさい。マッドサイエンティストの使いですか?」
「なにそれ!? 違うっ、わたしはそんなのではっ……」
低いが、女性の声だ。アルトとテノールのまんなかくらい。ジタバタともがくうちに、黒装束からヨレヨレの紙切れが落ちてくる。拾った。
私の写真だった。背筋がゾワっとする。
「ウイルス馬鹿のマッドサイエンティストに雇われたんですよね? そうですよね? 十秒以内にイエスと言わないと殺します」
「だ、だからっ、そんなんじゃないっ。わたしは断じて怪しい者ではない!」
「どこが怪しくないの?」
自然な疑問が口を突いて出る。黒装束で、顔が見えなくて、物陰に隠れていて、かつ私の写真を持っていると。こういう人間をどう呼ぶのか、いくら頭の悪い私でもちゃんと覚えてる。
ストーカーだ。
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