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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
番外編:なんでも言うことを聞く奴隷となった少女に、滅びた世界で「テキトーに死ね」と命令したらどうなるのか
しおりを挟む「テキトーに死ね」とは、いったいどういう意味だろうか。
空気椅子に座った主人メロウさまと、大好きでたまらない成子ちゃんの姿が、忽然と消え失せた。後に残された沐美は、ボーッと立ち尽くす。一日ぐらい待ってみて、彼女たちはもう帰ってこないと理解した。
地下から外に出る。死体溢れる街を歩いた。
自分はこれから、どうすれば良いのだろうか。「死ね」と命令されたのなら、ただ自殺しただけだった。
だけれど、前に「テキトーに」とついて、解釈にバグが生じた。メロウさまの言葉は絶対だ。なにがなんでも「テキトーに死」ななければならない。しかし自殺したのでは、「明確に死のうとした」ことになって、「テキトーに」というニュアンスに反してしまう。「適当」ではなく「テキトー」なのだ。意図して食事を取らないのも同じ。意図して人食いクマのいる森に赴くのも同じ。
沐美は考え込んだ。どうやったら「テキトー」に死ねるのか。
ハタと気づく。死体が腐って空気が澱めば、メロウさまの手によって生まれ変わった自分であっても、病気になって死んでしまうかもしれない。知ってて、なのに対処せず死んだのであれば、それは「テキトー」に死んだとは言えない。
沐美は、街の死体を片付け始めた。また、スーパーなどから食糧をかき集め、日持ちするものは保存した。本屋で豆類と野菜の育て方を調べ、ホームセンターに置いてあった種を蒔いた。
「死」の可能性が少しでも視える選択肢は、絶対に取れない。「テキトー」でなく死なないための行動の裏で、ずっと「テキトーに死ぬ」方法を考え続けた。が、家が金持ちで、教育に投じられた額も並大抵ではなかったとはいえ、たかが中学生で、かつ元々の思考センスが良くなかった彼女では、「テキトーに死ぬ」ための画期的な作戦は思いつかなかった。
季節はめぐる。お腹が大きくなってきた。メロウさまとの子だ。さすってみると、反応が返ってくる。たまらなく愛おしく感じた。何か間違いがあって、母子ともに死ぬなんてあってはならない。それは「テキトー」じゃない。一人で子供を産むための方策を練る。
難しかったが、どうにかこうにか無事に産むことが出来た。双子の姉妹だ。
姉には成菜、女の子には成美と名付けた。今でも大好きな成子ちゃんにあやかって。かわいい。なんてかわいいのだろう。二人とも、世界で一番かわいいと感じた。ギュッと抱きしめる。
私が「テキトーに死ぬ」までに、この子たちは大きくなれるだろうか。「テキトー」でなくは絶対に死ねない。両の膨らんだ乳房を舐める二人の、まだ髪も生えそろっていない頭を撫でる。メロウさまの意図は、つまりそういうことだろうか。
偉大な主人だ。
十年経った。沐美たちの他は誰もいない街で、双子の姉妹はスクスクと成長した。姉は金髪、妹は茶髪。前者はメロウさまに少し似ていて、後者は自分にそっくりだ。二卵性。
親にしてもらったように、勉強はしっかりやらせた。姉妹が大きくなった時に備えて、自分もちゃんと勉強した。模範を示したのが良かったのか、姉妹は勉強を嫌がることなく、賢く育った。追い抜かれないようにしなければならない。
余談だが、双子の姉妹は深く愛し合っていた。ディナーを伝えに呼びに行った時、二人の濃いキスシーンを偶然目撃し、メロウさまの改造によって態度には出せないものの、沐美は心中で卒倒しかけた。
さすがメロウさまの子供だし、さらに、昔の自分を思い出す。
ある日、仲睦まじく食べさせあいっこしている娘二人に、沐美はふと問いかける。
「成菜、成美」「「なぁに、ママ?」」
「『テキトーに死ぬ』って、どういうことだと思う?」
賢い二人は悩んだ。答えは出なかったようだ。成美に提案される。
「テツガク書でも読んでみたら?」
娘の薦めに従ってみた。本屋の学術書コーナーに並べられていた、哲学的問題を扱ってそうな本を読み耽った。されど分からない。
さらに五年が経過した。娘たちと畑仕事をしていると、十人ほどの集団とばったり遭遇した。男性ばかりだったが、危害は加えてこなかった。むしろ、「生きてる人間がいたぞ!」と大喜びされ、友好的に接された。
彼らの話によると、十五年前の壮絶なパンデミックのちも、「ウイルスの適合者」として生き残った人間はわずかにいたらしい。感染前より腕力や脚力が強くなり、なんと、サイコキネシスなどの超能力を使える者も現れた。尤も、生き残りの大半が知性を失ってしまったようだが。
沐美たちの定期的な清掃によって、多少古びてはいるものの、街は綺麗に保たれていた。旅から旅の根無し草だった男たちにとって魅力的な場所だったようで、居住の許可を求められた。労働力が増えるのはありがたいと判断し、特に渋ることなく許可した。娘はバイセクシュアルで、かつ性に奔放だったために、二年後には孫が出来てしまった。沐美はまだ二十九だった。
自分も男たちから求婚されたが、生粋のレズだったためにすべて断った。
それから、街は徐々に復興した。コミュニティとして回復していった。外から合流してくる人の数も、だんだん多くなっていった。新しい命もたくさん生まれた。メロウさまに改造されてからずっと冷静で、かつ知識も豊富な沐美は、街のリーダーとして敬われた。
さらに五十年も経つと、街は大都市になった。食糧やエネルギーに困ることはない。教育・医療などの社会福祉は充実している。本屋に行くと、新品の本がたくさん並ぶ。道路、線路、ドローン用空路などの交通網も張り巡らされている。ネットワーク技術の進歩は日進月歩。
国会議事堂前の広場には、若い頃の沐美を象った銅像が立つ。
曾孫も、玄孫も、来孫も生まれた。たくさん。メロウさまの血の濃さを感じる。そして、沐美の子孫は誰も老いなかった。沐美自身を例外として。別に、羨ましくはまったくない。ずっと生き続けなければならないことを、むしろ哀れに感じるくらいだ。
八十を目前にして、沐美は病に倒れた。病室には、毎日ひっきりなしに見舞いの客が訪れた。もう長くない。皆が皆、悲しさと寂しさを我慢して、笑顔で彼女の偉業を讃える。しかし沐美は、自身の来歴を誇ったりはしない。
ずっと、ずーっと考えている。
「テキトーに死ぬ」とは、本当に、どういう死を指すのだろうか。
九十歳の誕生日、成菜と成美が、子孫たちを引き連れてやってきた。大人は全員、二十五くらいの若い見た目で成長が止まっている。孫か曾孫か、玄孫か来孫かは分からないけれども、子供たちは「ハッピーバースデー」の歌を元気に歌いつつ、沐美のベッド周りを占拠していた。尊敬の眼差しを一身に受ける。頭を撫でてやると、子供たちは喜んだ。
こんな無愛想な老女の何がいいのか、沐美には理解出来ない。
夕方になり、成菜と成美以外は病室を出た。なんだか体がふわふわする。
黄昏のオレンジに目を細めつつ、沐美は六十年弱ぶりに、二人に質問を投げかける。
「『テキトーに死ぬ』って、どういうことだと思う?」
似てない双子が顔を見合わせる。賢い二人は、答えを出した。
「テキトーに生きて、テキトーに幸せになって」
「うん。で、死ぬときに死ぬことだと思うよ。ママ」
沐美はかすかに微笑んだ。
「じゃあ。これでいいんだ」
そして、静かに目を閉じた。
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