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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
戦ってしまった
しおりを挟む播磨くんは、持ち上げたダイニングテーブルを、私に向かって打ちつける。
まったく動けなかった。驚きで。ショックで。虚無で。情けなくも、ただただ呆然と、目を見開いていただけだった。
でも、呆気なくプチッと潰されて死ぬ、そういうモブ的エンドに見舞われることはなかった。机の足が天井に突き刺さり、引っかかったからだ。
漆喰の粉、コンクリートの破片、折れた机の足が落ちてきた。意識が再起動する。踵を返した。逃亡を選んだ。うっそうとした森の、ひどく歩きにくい地面を体験したばかりなので、狭く障害物の多いアパートの一室も進みやすく感じる。
が、リビングを出る前に、播磨くんに先回りされた。彼の運動能力は、中二男子の中でも並程度。私よりも若干低いくらいのはず。机を軽々と持ち上げていたし、なぜか分からないけど、明らかに肉体性能が上がってる。
意思をなくした代わりに?
冷たい無表情の播磨くんに、震える声で語りかける。
「正気に」
殴りかかってきた。メロウからもらった短刀を取り出す。中段に構えて牽制した。刃は鞘に納められている。間違って斬りつける心配はない。
「元に戻って……」
魂を込めて言う。播磨くんは、相変わらずの能面だった。私の心が届いた様子はない。こちらの隙をうかがってるだけ。
不意に腕を下ろした。願いが通じて、正気に戻ったのか。ほんの少しだけ、心に希望の火が灯る。
奥に引っ込んだ。すぐに戻ってくる。彼の手には包丁が握られていた。
唇を噛む。
大振りで仕掛けてきた。私の短刀を弾こうとしている。刀を引き寄せ、かつ一歩引いた。播磨くんの包丁は、空振りに終わる。
反射的に、包丁握る手首を叩いた。鞘入りの短刀でパシンと。肉の硬さ、力強さが伝わってくる。ひよわで、守りたくなるような播磨くんはもういない。包丁も落としてくれない。料理道具にこだわりがあるようでうれしい。
飛びかかってきた。ヒラリ、と擬音がつくほど華麗じゃないとは思うけど、なんとかかわす。後の壁に穴が空いた。壁はそれほど薄いわけじゃあなかったのに、隣の部屋に繋がった。住民だったと思しき死体がある。
まだ子供だ。私より小さい。
哀しむべき場面なのかもしれないけど、今は自分のことで精一杯だ。お父さんもお母さんも死に、メロウが言うには世界は滅びた。客となる人間は、少なくとも激減した。それは、定食屋の店長となる夢がついえたことを意味する。加えて、ダイスキな播磨くんも、生きていたけど、生きているのに、おかしくなってしまった。
希望はない。でも死にたくない。積極的には。
見る中身のない肉塊には、まだなりたくない。
コンクリートのカケラを、播磨くんに向かって投げる。頭に当たった。血を流しつつ、彼はフラリとよろける。罪悪感を覚えるが、グッと堪えた。
動きを止めるのはダメ。追撃しないと。刀を斜めに振り上げる。播磨くんの胴体を打ちつけた。「グッ」とうめいて脇腹を抑え、前傾姿勢を取った彼の頭を殴る。膝を突いてくれた。
そのまま、めったうちにする。めったうちに。気絶させるんだ。衝撃を与えれば元に戻るかもという淡い期待。縛り付けとけば大人しくなるだろうという、いくぶんかは現実的な計算。
連続攻撃に慣れられたのか、包丁の背で受け止められる。掴まれないよう短刀を引っ込めた。すると突きを放ってきた。狙いは心臓あたり。回避する。
側を抜けていく無防備な背中に、ホームランをかっ飛ばそうとした。読まれていたのか、振り返りざまの包丁に防御される。グイッと近づかれた。時代劇でたまにあるあれ、つばぜり合いってヤツ? 短刀と包丁のシーソーゲームをそう呼んでもいいのか、無学な中学二年生には分からない。でも、ああいうのに持ち込まれたら、力で劣る私は確実に負けてしまう。
あは。
あはは。
こんな状況なのに、気づけば笑っていた。
私にはどうやら、料理以上に、戦いの才能があったらしい。命を宿すより、命が危険に晒される方が、命を感じて気持ちいいのだ。
押さえつけてくる力を逆に利用し、くるりと刃を回す。身を逸らし、播磨くんから離れると同時に、再び、包丁持つ手首へと打撃を放った。どうしてこんなアクロバティックな動きが出来たのか、自分でも説明不可能。センスによるものとしか言いようがない。
さすがに痺れたのか。彼は得物をゴトリと落とす。
一気に畳みかける。顎に衝撃を与えると、脳がバカスカ揺れてなんかヤバいって話だ。漫画で読んだ。顎だ。顎を狙うのだ。
しかし。常人なら立っているだけで困難な姿勢の中、彼は左足を踏み込み、ダイナミックなタックルを敢行する。咄嗟に鞘入り短刀を引き、柄によって防御した。直接の被撃は避ける。
とはいえ、ぶっ飛ばされるのは必然だった。自分から跳んだという事実も相まって。
パリィンと割れる窓ガラス。服と体に、細かな切り傷がたくさん生まれる。
ベランダの手すりに受け止められた。背中が痛い。頭をぶつけぬよう、差し込んだ腕もバリ痛い。いやもう、全身が痛い。どっかの骨折れたんじゃない?
死にそう。歯を噛んだ。
足は大丈夫だ。立ち上がる。濁った煙に、彼のシルエットが浮かぶ。
「はぁ~~…………ふゅ~~~…………」
深呼吸した。気持ちが通じ合った上での心中ならともかく、いくら播磨くんであっても、今の空っぽな彼に殺されたくはない。
背に腹は変えられない。
鞘から、刃を抜く。利き腕に逆手で持った。
「ふ」
諦めたように小さく微笑んで、一歩前に踏み出した。播磨くんとの距離、約八十センチ。彼の全身を、視界に鮮明に灼きつける。
私をみとめた彼は、拳を強く握った。目前、煮湯を飲ませてくれたチビに、全力で殴りかかろうとしてるのだろう。
二歩目。殴られる前に斬る。首を。
メロウにやったのと、まったく同じ要領で。
「ごめん」
胴体がガタンと倒れる。ゴロゴロ、地面に転がる播磨くんの生首を、力いっぱい抱きしめた。再生系クリーチャーではないから、もちろん蘇ったりはしない。
さめざめと泣く。とにかく泣く。
全部に泣く。バカな頭じゃ、なんにも考えらんない。
「成子ちゃん」
しばらくメソメソ泣いてると、背後からメロウの声が聞こえた。
振り向く。沐美もいた。そういえば、彼女の死体はなかった。
「……メロウ」
今まで、どこに行ってたの? 尋ねる前に、有無を言わさぬ調子で、彼女はこう命令してくる。
「ついてきてください」
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